2008年5月5日 本文へジャンプ


有機農業はなくなるのか



有機農業への大転換

 キューバの農業体制は1991年のソ連崩壊によって、その向きを転換する。それは、近世史上、最も劇的な農業崩壊のひとつだった。キューバの補助金を受けたロシアや東独への輸出が突然にして消えうせ、大規模な国営農業は、その数千台のトラクタの走行を維持する燃料やスペアもなく、慣れっこになってきた化学投入資材も手に入らなくなった。ほぼ一夜のうちに、キューバ農業は根本的に転換する。

 大規模国営農場のほとんどが収穫をあげるために、小規模の民営化された協同組合へと解体され、農薬や化学肥料もごく少量しかないために、必要に迫られ、こうした民間協同組合は準有機農業だった(図1)。

図1キューバの化学肥料使用量、1961~2002年
図2キューバの食物一人当たりの食料生産1961~2005年
出典: EarthTrends, 2008


 才略にたけたキューバの農業者はトラクタの代わりに雄牛へと転換する。1960年代に打ち捨てられた鋤で耕す「農民」の農法だった。雄牛チームによる鋤での耕作では、絞め固めや養分の溶脱が少ない。化学肥料がなくても健康な土づくりができるというメリットもあった。

 そして、技術的な解決策の選択肢がなかったことから、キューバの農学者たちは、ローテクの持続可能なオルターナティブにその研究を専念させる。農業者たちは、病害虫を管理して生産力をあげるため、益虫、土壌細菌、輪作、間作を使用し始める。それは、米国の有機農家が同時に実験していたイノベーションの多くと同じだった。 慣行農業から準有機農法へのキューバのスイッチは世界の最大の転換だった。だが、それは確実となるには完全な解決策ではなかった。一人当たりの食料生産は、1993年には劇的に低下し、最近ようやく1960~1980年代の食料生産のアプローチが始まっている状態なのだ(図2)。

 最近の生産増の先頭に立つのは民間協同組合で、国が所有する農場よりもはるかに成功している。政府は耕作地の約65%を所有し、個人農業者と協同組合はそれ以外の35%を所有しているが、たった土地の35%で、こうした農業者は現在のキューバの総農業生産の60%を生産しているのだ。

より多くの食料需要

 とはいえ、キューバの多くの人々は、いまだに十分に食べられてはいない。問題は二つある。
 ひとつは、住民がその配給カードを使える政府の店舗では、しばしば主食がなくなってしまうことだ。そして、政府への割当てを達成した後で農業者が過剰分を販売できる自由市場店が最近追加されているのだが、その価格は多くの普通のキューバ人が調達できないほど高くなる。本質的には、国を養うには、成功している協働組合体制をさらに伸ばす必要があるわけだ。

 国家評議会議長となってわずか数カ月で、ラウル・カストロはこのビジョンを支持する。様々な意味で、ラウルの提案は、1993年に始まった民営化の継続だ。だが、明確に、ラウルが対応しはじめた協同組合農業では3つの主な改良点がある。

  • より地方でのコントロール 政府が生産するための供給資材へのアクセスを管理し、その条件下で生産物が販売できたために、協同組合は自治の不足が障害となってきた。だが、これは変化し始めている。既に、農業者はより多くの物資を買うことができ、直接生産物を販売できている。そして、政府のリストラは、農業の監視監督を分権化させ、「ムニシピオの農業代表団」の手により意志決定の権限をゆだねている。


  • より多くの資源 ラウル・カストロは、3月下旬に個人農業者の耕作用に国有地を賃貸できるようにすると発表した。国営農場の長期にわたるマネジメントの失敗から、国内農地の半分が遊休化しているか休閑中となることとなったからだ。さらに、国は生産を刺激するため、生産者への支払い価格を上げ、社会主義の正教には破門と考えられてきた個人農業者への除草剤や肥料を販売も始める。


  • より多くの自由 農業副大臣は、より多くの融資や何を生産し、どこでそれを販売するかの意志決定の権限が公立の協同組合に与えられると3月に発表した。例えば、非常に低価格で生産された作物の80%を国に販売しなければならなかった以前の政策から抜け出て、個人や公立の砂糖協同組合はひとたび生産割当てを達成すれば、何でも望むものを栽培するのに過剰な土地を使える。


地平線上の別の変化

 とはいえ、多くのキューバ人たちは、自分たちの農業が米国の経済封鎖で被害を受けているといまだに感じている。だが、米国の政治情勢の変化は封鎖を解禁するかもしれないし、その変化は、再びキューバ農業を変える立場に置くだろう。そして、それは1993年からのものとは逆に、米国で一般的なより大規模な工業的農場に向かってであろう。

 こうした農場と助成金を支給された米国産の食料の流入が、最終的には全市民に食料を手に入るようにし、何10年間もキューバを苦しめてきた食料問題への答えなのかもしれない。

 だが、それは持続可能な農業のキューバの壮大な実験のあまりにも早い終わりでもある。その実験は、その生産性がほとんどコスト的に並ぶときには、より良き米国とキューバとの関係の前夜には潜在的に終わるであろう。その時、持続可能な農業でのキューバの農業者や科学者の蓄積された知識の多くは、最終的には米国の生産者とわかちあえる開かれるルートが持てよう。

 今までのところ、改革は現実ではなくほとんどが憶測だし、経済封鎖の将来は不確かだ。とはいえ、それが具体化すれば、1993年にそうであったように、ほとんど一夜のうちに今のキューバ農業は認められなくなるだろう。



 Lisa Raffensperger, Changes on the Horizon for Cuba's Sustainable Agriculture, 2008-05-05.