2002年 本文へジャンプ


はじめに



社会的公正を重視してきたキューバ

 1959年にキューバ革命がスタートした時点から、その社会開発モデルは、社会的な公平と普遍的なアクセスを重視してきた。社会的権利に資金を提供し、それを提供する責務は完全に政府の役割だ。こうした価値観が、40年にわたる社会政策の開発や実現の枠組みとなっている。この間に、キューバは、無料で普遍的に利用できる医療や教育制度を設け、以前の脆弱な年金制度のうえに、政府は普遍的な支援策を構築してきた。雇用、住宅、食料への補助金、公共事業、その他の必需品、そして、恥じを感じることなく弱い家族を支援するための制度が、キューバのセーフティ・ネットの恩恵といえる。

 この成果には、かなり前向きのものがある。成人識字力は約96%で、学校教育を受ける率も劇的に高まり、幼児死亡率は減り、他国と比べても、ドラッグの使用や犯罪は少なく、若者たちの暴力もごく少ない。キューバ人たちは日常生活でこうした成果を感じており、こうした変化は多くの人々にとって革命がそのために機能していることを意味する。

経済危機にもかかわらず、人々は手に入るわずかな資源でやりくりする方法を見つけだした。小学生たちがハバナの通りでハンドボールをしている

 1990年にはキューバは、社会保障、医療、教育を含め、そのGDPの20.08%を公的経費に投じている。日本やオーストラリアや米国、そして、ラテンアメリカ諸国の平均10.4%よりも大きな量が投じられていた。だが、1989年に東欧、とりわけ、ソ連社会主義が崩壊することで、その輸入力は突然に75%も急落し、輸入力が失われたことで、キューバ経済は劇的に変わる。キューバはこの危機に対処しようと試みるが、米国政府は、その経済封鎖を強化し、貿易さえ縮小させた。この2つの出来事が同時に起きたことが、経済を揺るがす。農村では農業生産が事実上停止し、深刻な食料不足が引き起こされ、都市では、公共交通がほとんどなくなり、自家用車のガソリンもそうだった。国中で、電力は配給され、キューバが1990年代の経済危機を乗り切ったとしても、普遍的な価値観への継続的な財政的なコミットメントや社会益への政府責任が可能かどうか、そして、かくも深刻ですべてを取り巻く危機の下でも生み出された幅広い恩恵が生き残れるのかどうか、多くの人々は疑った。だが、現在のところ、その答えはイエスなのだ。かなりの打撃を受け、しかも難題に直面してはいるものの、制度は持ちこたえたのだ。経済的な大地震の揺れがおさまると、セーフティ・ネットを維持するための政府の強力な政治的な意志は明白となる。「ただひとつの病院すら閉鎖されず、ただ1人の教師も仕事を失っていない」と、キューバのテレビのアナウンサーはよく主張するが、それは真実なのだ。

 1990年代には、キューバの社会プログラムに費やされるGDPのシェア率は34%も増えた。だが、これほどのレベルの資金を投じたにもかかわらず、制度はさらに高いニーズに直面し、こうした資金の購買力も落込む。現在、病院や学校の維持や老朽化は大問題となっている。医薬品と医療機器、教科書の不足も医療や教育の制約となっている。栄養水準も1989年時よりもはるかに下にとどまっている。そして、最も危機的だったことは、過去10年で、キューバの平等へのコミットメントに挑戦する複雑な社会変動がもたらされたことだ。所得配分の急速な変化で、新たな富裕層と経済的に傷つきやすい世帯が増え、すでに消耗している制度にさらに需要を加えたのだ。

 現在のキューバ経済のもとでは、強力な政治的意志をもってさえ、キューバ人たちがほとんど経験してこなかったやり方で、経済的な要請に対処しなければならない。しかも、社会的な格差が10年前よりもはるかに一般的となった環境下でしなければならない。

 これまでのキューバは、大量の予算をサービスに投じることで、前向きな社会的な成果をあげてきた。だが、今は、そうした成果をあげるのに、新たな方策を見出さなければならない。キューバには無限の資源がないうえ、徐々に増えつつある一連の需要にも直面している。新たな経済環境では、有効であると同時に効率性が求められている。

ハバナのマリアナオのムニシピオでコミュニティに基づく住宅修復プロジェクトに参加している女性たち。ハバナの住宅の半分以上は修理や建て替えが必要だが、自助住宅修理ブリガーダは、こうした難題へのコミュニティに基づく対応策のひとつだ

 しかしながら、指導部は、サービスを低下させたり民営化することで効率化をしようとはしていない。キューバは、枠組みやサービスの提供方法を転換するというより困難な道を選択している。キューバが資源を大きく開発することにだけ依存せず、効率性を高めようとしていることは、これまで蓄積されてきた予防的なアプローチでの問題へ対処法の多くの経験を用いる必要があるだろうし、地元のニーズを特定し、資源を重点化し、適切なサービスですばやく対応するためのメカニズムを開発する必要もあるだろう。

 強力な普遍性に依存しつつも、ゆっくりと新たな多様なイニシアチブが制度に導入されている。キューバは、例えば、女性、子ども、身体障害者といった特定の住民ニーズにいつもアテンドしてきた。だが、新しいことは、こうした社会問題に対処するうえで過去には成功をおさめてきた普遍的な政策や中央集権化された政策だけでは、より困難な現在の環境下において、特定領域や新たな傷つきやすい人々の特別なニーズを見逃すかもしれないとの認識が広がりつつあることなのだ。新たな複雑な問題が社会制度に挑戦しているとき、より協力的で統合されたアプローチでの解決策が、とりわけ、サービス提供のレベルで、発展しているのだ。

最後に、過去10年での地元でのコミュニティ開発運動の経験から、小規模で、その地区に基づく、参加型の計画やサービスのモニタリングのモデルが立ち現れることとなった。それは、現在のサービス提供モデルの到達範囲や効率性を大きく補完するものとなっている。

 コミュニティ・レベルでの経験は、以下のような役立つ方法を生み出した。

  • 家族とコミュニティに重点
  • 地元団体活動の横の連携とコーディネート
  • コミュニティ・ネットワークを強化するため家族とコミュニティとをつなぐ
  • 地元の政策開発や地元サービスのモニタリングに参加するための地元住民やローカル政府の能力開発


 キューバはかなり蓄積された強力な武装をもって、こうした挑戦に対応している。まずなにより、キューバ人たちは自分たち自身をどうケアするかのやり方を知っている。比較的時間をかけずに、国内の医療状況を抜本的に改善・維持し、実際に文盲を根絶し、半球で最も教育を受けた労働者たちを作り出してきたのだ。異常なまでの高水準の教育があり、キューバ人たちが、過小評価できないほどのイノベーションや転換のための高い能力を持っていることが立証されている。このことは過去40年でも示されてきたが、経済危機の始まりほど確実に示されたことはなかった。経済の転換や都市農業運動、環境にやさしい農業の実践の開発、オルターナティブなエネルギー源の適用等の大きな努力を通じて、キューバ人たちは、逆境にもかかわらず適合と発明ができることを実証しているのだ。

 そして、最後に、過去の社会政策の開発の枠組みとなった公平さと責任の価値観、そして、人間的で公正な社会を築こうとする実践は、将来彼らが課題に直面することになったとしても、キューバ人によく寄与し続けることであろう。

このリポートについて

 このリポートの1章、2章、3章では、過去40年にわたるキューバの社会政策やその成果を分析した結果を示す。この分析は、経済危機を打開するために設けられた経済対策の社会益と同様に1990年代の危機のキューバ社会への影響を調べる。
なお、この分析は、世界銀行、国連、キューバの統計やキューバ内外の社会政策アナリストの著作物を含む出典からの既存データをもとに書かれている。4章ではキューバの社会サービスの提供で現れつつある「これまでとは異なる働き方」を分析する。この章は、著者自身がキューバで行ったコミュニティ開発過程の研究とともに、コミュニティ開発に取り組むキューバ人の社会政策アナリストや研究者の仕事を元に書かれている。


 Miren Uriarte, Cuba:Social Policy at the Crossroads: Maintaining Priorities, Transforming Practice, Oxfam America,2002