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キューバの女性は全レベルで労働力に統合されている。これらの女性はサンチアゴ・デ・クーバ州のパルマ・ソリアノ「大豆旅団」のメンバーだ
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1959年にキューバ革命が権力を掌握すると、その開発のモデルは、社会正義での進歩に経済成長をリンクすることを目指した。その始めから、経済改革の転換は平等な社会的なイニシアチブの転換に伴っていた。例えば、1959年に、キューバはラティフンディアを終わらせる抜本的な農業改革を実施し、以前に土地を手にしていなかった小規模農家に数千に土地を分配した。これと並ぶ抜本的な改革は、農民やその家族にヘルスケアを教育を提供することに向けられたプログラムだ。全国的な医療制度と農村での医療サービスは1959年に導入される。当時、農村住民で医療サービスを利用できたのは8%だけだった。最も成功した政策のひとつとして認められる。1961年のその種類の最も成功したイニシアチブの1つとして認識される全国識字キャンペーンは、読み方を70万人以上の人々に教えるため、教師、労働者、中等学校の学生を動員した。このキャンペーンは1年の間に非識字率を23%から4%まで低下させた。都市のイニシアティブも野心満々だった。都市改革は、キューバ人の家賃を半分とし、自宅を所有する機会や貧民街に住む人々のために野心的な住宅建設計画をもたらした。雇用を創出し、失業を減らす政策、とりわけ、女性たちの間での政策は、新たな住宅とあいまって、以前の貧民街を急速に変えた。
この革命当初の迅速な改革のペースは、その後、より慎重なものに道を譲ることになるが、こうしたイニシアチブの枠組みとなった価値観は、キューバにおける社会政策に大きく影響したのだった。キューバの社会政策は、全プログラム、全国民のための教育、医療と社会益を普遍的に適用させることを重視することに特徴がある。これらは、労働者たちが彼らの通貨での賃金に加え、生じさせる「社会的な賃金」の一部として見られる。社会政策は、国民のすべてのセクターでの利益の公正な分配を含め、時には最も傷つきやすい人々を支え、社会の公平さの開発を支持してきた。また、過去40年で収入格差も大きく減少した。1959年には最高の20%の収入のシェアが最低の25.5倍(57.9%対2.1%)だったが、1996年では最高の2%の収入は最低の6倍とされる。女性もかなり革命から恩恵を受けた。自分たちを教育し、多くの数が労働力人口にはいったからだ。現在の労働力への女性の参加は1959年の12%と比べ1996年では41%だ。また、1996年では大卒の53.6%は女性で、2000年の国会議員の28%も女性だ。そして、キューバ共産党の中央委員会の13%も女性なのだ。異なる人種のキューバ間の違いも減少した。
「国民一人当たりのGDPの規模を考えれば、社会開発におけるキューバの成果には印象的なものがある。国連の人間発達指標は、多くの他の国から羨まれ、表面上よりもはるかに豊かに年々キューバがなっていることを明らかにする。キューバは正しいプライオリティ医療、教育、そして、識字力に重点をおけば、どれほど国がその持てる資源でやれるかを示している。
コフィ・アナン、国連事務総長、2000年4月11日
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その社会政策の開発や実施を公共部門が一手に引き受けているのもキューバの特徴だ。社会的計画に資金を投じ、すべての社会益を提供する責務は政府が負っている。このキューバのセーフティ・ネットをなすプログラムや補助金は、揺りかごから墓場まで全市民をカバーする。これらが、キューバをアクティブにし、とりわけ、医療や教育では誰しもが前向きに認める成果につながったのだ。人間開発指標は、人間発達のベーシックなディメンジョンを測定するものだが、平均寿命、知識、そしてかなりの生活水準から、1999年にはキューバは174カ国中、58位にランクづけられる。その主な指標は平均寿命(75.7歳)、成人識字率(95.9%)、学校入学率(72%)だ。開発途上国の人間貧困指標は、1997年に、なされた分析結果を考慮して、90の発展途上国のうち、キューバを5位にランクづけた。その指標に含まれたのは、40歳以上まで生きられない人々の割合(4.5%)、成人の非識字率(4.1%)、安全な水を利用できない人々(7%)、医療サービスを受けられない割合(0%)、そして、5歳未満の体重不足の子どもの割合(9%)だ。
以下の節では、キューバ人たちが得られるメリットやこうしたメリットが提供された結果を調べてみよう。医療や教育の分野では、データが比較的簡単に手に入り、半球のキューバとそれ以外の国々での指標の比較ができる。この分析はアメリカ大陸のともに先進国であるカナダ及び米国、そして、人間発達の点で最高水準にあるラテンアメリカの国のひとつコスタ・リカとカリブ海で最もキューバに近い隣国、ドミニカ共和国とキューバの指標とを比べたものだ。
米国とキューバとの対立は40年目に入っていたが、米国議会はさらに米国の貿易とキューバを旅することへの封鎖を強化することにキューバの危機の瞬間を選んだ。それが、経済状況をさらに悪化させた。 1992年に、米国議会は「キューバの民主化法」を通す。それは、それ以外の各国にある米国の子会社がキューバと貿易するのを防げたし、キューバに納品した船舶は6カ月米国の港に停泊することが禁止された。ワールド・ヘルスアメリカ協会のリポートによれば、これは、キューバの運送料にさらに40%を加えた。1996年に、キューバが対外投資を歓迎しはじめるとまさに始めると、米国議会はヘルムズ-バートン法を通す。それは、米国市民から収用されたキューバの資産に投資する外国企業を規制した。法の論議を招く規定は、以前後に米国市民となったキューバ市民が以前に保持していて収容された資産も含む。第3項として知られるこの条項は、現在のところ、6カ月毎に大統領によって放棄され続けているが、キューバ、そこへの海外からの投資家、そして、米国とキューバの関係のうえにダモクレス刀のように掛かっている。
表1 教育、医療、社会保障、社会扶助での重要政策と恩恵の概要(2000年)
分野
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政 策 |
| 教育 |
- 教育はキューバ市民の権利
- 中等卒業生後の教育を含めて、全レベルの教育は無料
- 特殊教育を含め、初等教育、中等技術プレ大学教育への普遍的なアクセスと二次技術的なプレ大学教育
- 大学と大学院レベルでの学習プログラムは競争で入学
- 入学は経済的な優先事項や必要性と密接に連携
- 教育の提供は国が唯一の責任者で、全市民が教育制度にアクセスすることを担保し、全国の教育機関のネットワークの水準を発展・維持することに従事
- 全レベルが国家のプログラムでガイド
- 仕事の価値観が重視され、生徒たちはたいがい農村で学習と労働の経験に参加することを奨励
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| 医療 |
- 健康は、キューバ市民の権利で無料
- 医療の提供は国が唯一の責任で、全市民が一次、二次、三次治療にアクセスすることを保証し、同時に全国の医療サービスの質を発展・維持することに従事
- 予防医療と分散型の医療サービスを強力に支援
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社会保障と障害者
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- 普遍的な退職年金プログラムは国が支援。賃金は雇用者が支払う
- 定年は、女性で55歳、男性で60歳
- 全労働者の一般的な事故や病気と同じく、仕事と関連する障害、事故、病気を疾病給付金がカバー
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| 社会扶助 |
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| 補助金 |
- 配給カードを通じ普遍的な補助金付食料は、2000年に国民の栄養需要の65%をカバー
- 子ども、妊娠中の女性、高齢者、病人のための特別栄養食
- 住宅の家賃は収入の10%に固定。抵当権のための補助金
- 水道、電気、ガス、電話を含む公共料金への補助金
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出典:(a) Centro de Investigaciones de la Economía Mundial, 2000, pp. 79;
Lutjens, 2000, p.56-57; (b) Centro de Investigaciones de la Economía Mundial,
2000, p. 98; (c) Centro de Investigaciones de la Economía Mundial, 2000,
pp. 69 and 73; Mesa-Lago, 1997, p. 505; (d) Centro de Investigaciones de
la Economía Mundial, 2000, p. 74; (e) Centro de Investigaciones de la Economía
Mundial, 2000; Segre, Coyula, and Scarpacci, 1997; Ferriol, 2001.
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図1 1000人あたりの乳児死亡率
出典: World Bank, 2001
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図2 1000人あたりの乳児死亡率
出典:World Bank, 2001. |
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図3 免疫率(%)
出典: World Bank, 2001. |
図4 平均寿命
出典: World Bank, 2001 |
医療はキューバ市民の権利と考えられ、無料で提供されている。現在でもいまだにごく少数の医師は民間で営業しているが、医療は1961年に国有化されている。1959年にキューバは国民の健康状態を改善する取り組みに着手するが、いくつかの難題に直面する。そのひとつは、ほとんどの医療が都市に集結し、民間病院と不十分な公共制度によって提供されていたことだ。
二つ目は、革命後の初期に、医療の社会主義化によって約半数医師たちが国を去ったことだ。キューバはこの減った資源の中で、その国民をケアしなければならなくなる。そして、ほとんどすべての医療関係者を訓練する必要性もあった。だが、それは、ゼロからの医療制度を開発する機会でもあった。こうして、その到達範囲や利用、予防重視で世界の注目を浴びる制度を開発していく。健康の成果は、革命初期の10年間は悪化したが、制度が動き出すと、1970年には回復し、以降、現在まで向上し続けている。専門的な医学研究や治療機関、分権化した医療制度を含めた医療活動を指示するのは、厚生省だ。最重視されているのは、普遍性、利用率、そして、予防医療だ。医療制度の入口となるのは、伝統的には全地域のコミュニティにある総合診療所であり、そこでは米国のヘルス・センターと同系の利用しやすい予防医療を提供するとのミッションがある。そして、必要性に応じて、キューバ人たちは、総合病院から、専門家や先端治療まで利用できる。
1983年からはじまる、プライマリ・ケアは、コミュニティに住み込みで働くプライマリ・ケアの医師「ファミリー・ドクター」の登場によって一変することとなる。医師は、自宅と備え付けの診療所、看護師の支援を受け、約250家族をケアする。ファミリー・ドクターはその診療所でプライマリ・ケアを行い、各家庭を訪問し、妊娠している女性全員や新生児、子ども、慢性病患者、高齢者、そして、病院から退院したばかりの患者をきめ細かくフォローする。
ファミリー・ドクターは、より洗練されたケアや専門家がいる地区の総合診療所と連携し、プライマリ・ケアや予防活動を農村と都市で行い、現在では国内のほとんどをカバーしている。
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子どもが健康かどうかを調べるハバナ市内のファミリー・ドクター
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いくつかの医療の成果
乳幼児死亡率は、国際的に認識された人間の幸福の指標である。なぜなら、それは母親や赤ちゃんの健康状態に影響する医療の質や貧困、食料へのアクセス等、多くのファクターが関るものだからだ。1,000人当たりの幼児死亡率は1950年には35人だったが、1970年にわずかに増えた後、それは劇的に減退し(図1)、深刻な経済危機に苦しめられた1990年代でさえ減り続けた。1999年では7.2人となっているが、これは半球では米国とカナダだけが匹敵するものだ(表2)。
それ以外の健康指標も同じく改善され、5歳未満の児童の死亡率は、1960年の54人が、1999年年には8人と減った。子どもの死因はたいがい伝染病によるものだったが、その多くが免疫キャンペーンや国の広範な中間媒体の管理、保健教育を通して、根絶されたのだ。1990年までには、はしか、風疹、発疹チフス熱、ジフテリアが根絶され、破傷風と結核の発生もかなり下がった。子どもたちは一歳になる前に予防注射を受けるが、その率はカナダや米国に匹敵する。平均寿命も延び、現在では、はるかに裕福な米国より1%下なだけだ。その平均寿命はコスタ・リカよりわずかに低く、ドミニカ共和国よりも高い。
現在のキューバの死因は先進国と同じで、心臓病、癌、脳卒中だ。第三世界で最も一般的な死因である伝染病はなくなった。だが、キューバの統計(表3)によれば、1959年以前は、ジフテリアとはしかが、3番目と4番目の死因だったのだ。
表2 医療指標(1999)
| 項 目 |
米国 |
カナダ |
コスタリカ |
キューバ |
ドミニカ |
| 一人当たりGDP |
32,778 |
20,882 |
2,942 |
2,208 |
2,091 |
| 乳幼児死亡率 |
7 |
6 |
12 |
7 |
12 |
| 5歳以下の死亡率 |
8 |
6 |
14 |
8 |
49 |
| 平均寿命 |
76.7 |
79 |
76 |
75.7 |
70.6 |
| エイズ患者(19~49歳)% |
0.6 |
0.3 |
0.5 |
0.03 |
2.8 |
| 1000人住民当たり医師 |
2.6 |
2.1 |
0.85 |
5.81 |
1.5 |
出典:United Nations Development Program, 2001
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政府は5歳になるまで一日に1リットルのミルクを提供している。シエゴ・デ・アビラ州のラ・フロレンシア村
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表3 キューバの死因
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1位 |
2位 |
3位 |
4位 |
5位 |
| 1958 |
心臓病 |
悪性腫瘍 |
ジフテリア |
はしか |
脳卒中 |
| 2000 |
心臓病 |
悪性腫瘍 |
脳卒中 |
事故 |
インフルエンザ |
出典(a) Centro de Investigaciones de Economía Mundial, 2000, p. 104; (b) Oficina Nacional de Estadísticas, 2001, p. 65.
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図5 非識字率(%)
出典:World Bank, 2001 |
教育も全市民の権利とされ、全レベルで無料で提供されている。キューバの教育制度は、就学前教育、初等教育(1~6グレード)、二次教育(7~9グレード)、プレ大学若しくは技術・専門教育(10~12グレード)からなり、大学教育も受けられる。この分野の進展ぶりも同じだ。キューバ人たちの1959年の学力は小学校3年レベルで、かつ、小学校の子どもの45%が学校に通えず、10歳以上の国民の23%が文盲だった。1961年に実施された全国識字キャンペーンは、この非識字率を一挙に4%まで下げる。現在の非識字率は6.8%で、それ以降、国民の10%未満のままとどまっている(図5)。国連によれば、15歳以上のキューバの識字率は97%で、カナダや米国の99%よりは低いが、コスタ・リカの96%、ドミニカ共和国の83%より高い(表4)。
1960~1970年代にかけ、学校が建てられ、子どもたち全員がどこに住んでいようと、家族の家計状況がどうであれ、学校に通えるように奨学金制度が設けられた。労働力人口に占める子どもの数は、1960年時点でも全体としてはラテンアメリカよりも低かったが、最初に減少し、その後ゼロとなった(図6)。学校に通えるようになったため、初等、中等(高等学校)、第三次(大学か専門学校)への入学率は劇的に高まっていく。
就業前教育への入学は1970年の52%から1995年に94%まで増え、1980年には、6~11歳の子どもの98.8%が小学校に通っていた。二次教育への入学も1960年の14%から1990年の90%に高まる(図7)。
1990年代の経済危機の間には、とりわけ、専門学校で退学が多かったため、この率はいく分下がる。プレ大学と専門学校の全退学率は8%だ。現在、キューバ人の学力レベルは9グレード(中3)となっている。
表4 教育指標(1999)
| 項 目 |
米国 |
カナダ |
コスタリカ |
キューバ |
ドミニカ |
| 一人当たりGDP |
32,778 |
20,882 |
2,942 |
2,208 |
2,091 |
| 成人識字率a |
99 |
99 |
96 |
97 |
83 |
| 若者非識字率b |
- |
- |
1.7 |
0.2 |
8.9 |
| 子どもの労働力c |
0 |
0 |
4.13 |
0 |
13.2 |
| 合計入学率(%)c,d |
95 |
76 |
67 |
97 |
72 |
出典:Notes and sources: (a and d) United Nations Development Program, 2001; (b) United Nations, Statistics Division, 2001; No data is available for United States and Canada; (c) World Bank, 2001; (e) 初等、中等、三次教育の合計
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キューバ人は音楽、ダンス、芸術を通してアイデンティティを形成している。新しいCDのリハーサルをする全員が女性の最初のサルサ・バンドのアナカオナのリードシンガー
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図6 14歳以下の子どもの労働(%) 出典:World Bank, 2001
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図7 二次教育への入学(%)
出典:World Bank, 2001 |
就学前から12グレードまでの教育制度は文部省が管理し、カリキュラムは国家プログラムによりガイドされ、これがマニュアルとして全国でかなり均質の教育水準を保つこととなった。様々な地域、とりわけ、都市や農村部の学校、歴史的にさほど豊かではない都市の地区の子どもが受ける教育格差を相殺することにつながったのだ。
小学校、二次、プレ大学・技術専門学校の全体の入学率は、適切な年齢人口の76%であり、比較するために選んだ他国と比べると、カナダや米国(それぞれ97%と95%)の高入学率よりは低いが、非常に低いコスタ・リカ(67%)やドミニカ共和国(72%)よりは高い。
大学や大学院レベルでの学習プログラムは競争によって受けられるかどうかが認められ、大学入学競争は非常に激しい。進学先は、経済的に優先される部門と密接に関係し、学生の選択希望にいつも応じているわけではない。高等教育への入学率は1970年の7%から1990年の21%まで高まる。この入学は1990年代の経済危機の影響を大きく受け、1996年には12%に落ちる。とはいえ、キューバの学力は高まり、労働者の教育水準も高く、キューバの全労働者の14%は大卒だ。一般、技術、教育大学を含め、37の高等教育機関があり、いずれも高等教育省の監督下におかれている。
| 誰しものための文化 |
現在のキューバの社会政策の強力な普遍性を反映するそれ以外の領域には、芸術と文化がある。1959年には、いくつかの新たな文化機関が早くも設立され、ラテンアメリカを超えた芸術や文化の発展で重要となった。アメリカの家、国立映画芸術産業庁(ICAIC)、国立劇場、国家バレエ、国立交響楽団、そして、国家民俗学グループだ。
識字力向上キャンペーンも芸術や文化に関るための能力を高めた。この開発だけでも、キューバの住民の人生を充実させたであろう。だが、キューバの文化発展を最も特徴づけるのは、人々が芸術や文化をよく利用でき、かつ、参加していることだ。
芸術トレーニング、芸術的文化的な表現の開発、そして、芸術や文化に参加し楽しめることを可能にする制度を開発することに大きな投資を行ってきたのだ。世界のそれ以外の場所でそれらを経験する際、決定的な前提となるのは、キューバの文化はきわめて非商業的だということだ。観光の高まりで、文化の開催地のいくつかには入れないないというバリアも生じてはいるものの、例えば、映画やコンサートはまだ簡単に利用できる。
だが、国民が芸術に参加する際に、最も重要な手段となっているのは、小学校、中等学校、専門美術学校、高校、大学レベルの芸術教育、そして、全ムニシピオにある芸術機関、文化の家を通じて、無料で運営される国の芸術教育体系である。文化の家は、子どもや成人に無料や安い授業料で芸術のレッスンを行い、展示会やパフォーマンスの場を提供している。そして、とりわけ、若者たちの間に、全部門で芸術的な表現を促進し、組織化するファンたちの強い運動がある。
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図8 キューバの65~74歳、75歳以上の人口 出典: World Bank, 2001
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キューバの社会保障資格は、国が支える高齢者年金、障害者年金、そして、農業労働者を含め、キューバの全労働者が利用できる生存者保険からなっている。年金は、給与と働いた期間と比例し、年金受益額の差も小さく平等が維持されている。定年は、女性が55歳、男性が60歳で、1995年には人口の約12.3%にあたる135万2200人が年金を受けていた。最低の年金は月94.61ペソで、最低給与でキューバの労働者の平均給与の約49%である100ペソに近い。
革命以来、その適用範囲も分配もかなり改善されている。年金制度は1930年代からあり、キューバは、ラテンアメリカでも年金制度をいち早く確立した国のひとつであった。それは独立した年金の資金からなり、1959年には労働者の約63%をカバーしていた。しかし、その利益にはかなりの幅があり、専ら労働者の支払いに依存していた。
1959年以来、プログラムは完全に政府が財源を提供している。1958年に高齢者、障害者年金と遺族保険金でカバーされていたのは、労働力人口の約63%だったが、現在はその適用範囲は普遍的なものとなっている。
社会保障は、急速に高齢化が進んでいることから、国の主要な懸念事項だ。2000年では国民の10%が65歳以上で、米国の12.7%よりわずかに低いだけだ。平均寿命が長く、亡命者の中に若者が多いことがこの要因だ。世界銀行は2040年には、65歳以上が人口の26%を占め、75歳以上の人々が最も急速に増えているとする(図8)。これと比べ、米国では65歳以上は、わずか20.4%を占めるにすぎない。
経済的な助けがない家族のため、政府は現金での補助金や特別なサービスを通じて社会的援助を提供している。適格者となるには、家族は、自分達が一家の生計を立てるだけの収入が生み出せないことを示さなければならない。受益者には、適切な保育が得られない幼い子どもを抱えたシングルマザー、死亡給付金を受けることに該当しないまま死亡した労働者の家族、社会保障年金を受けるだけの最低限の期間を満たせずに退職した高齢の労働者だ。そして、もし、問題のあるティーンエイジャーのための専修学校や高齢者のための特別なサービス等、さらに追加サービスが家族に必要ならば、こうしたサービス事業に携わるムニシピオの機関が優先的にこれらを提供する。それ以外の提供された恩恵には、貧しい高齢者用の食事や洗濯サービス、収入源がない母親向けの職業訓練がある。後者は、その子どものために、デイケアや奨学金も望めば受けられる。
しかも、キューバ人たちは、普遍的に利用でき、中央政府から提供されるいくつかの補助金によってもカバーされている。これには配給カードで利用できる国庫補助金を支給された食料、学校や職場での助成金付の食事、水道、ガス、電気代への補助金、働く母親の子どものためのディケア・センターでの補助金、家賃の使用料や抵当権への補助金がある。こうした補助金がキューバの「セーフティ・ネット」をさらに強力なものとしている。
| まじかで見る住宅政策 |
キューバで問題となり続けているのは、適切な住宅を増加する人口に提供することだ。家賃や家の分配では全国的に改善がされてとはいえ、住宅の不足は重要な問題だ。キューバの住宅は市場で個人的に買われたり販売される商品ではない。資格ではないが、それは利益となっている。まず、最初に革命がとった政策のひとつは、テナント料を下げ、どの借家人も持ち家主になれる手段を提供したことだった。高齢者や病人を除き家賃は家族の所得の10%とされ、高齢者や病人ではさらに安い。現在、借家人なのは世帯の10%未満で、ほとんどのキューバ人が、自宅を所有しているか、購入している。
住宅を建て、維持する支援をするのも主に政府の責任だが、住宅には政府のその責務を軽減するブリガーダがある。非常にシンプルな住宅を建築するため、建設ミクロ・ブリガーダが特定の労働センターのボランティアの労働者たちから編成され、1970年代と1980年代にかけ、国中にかなりの量の住宅を建築したのだ。それらは労働者の家族に分配され、専門家とボランティア建設労働者の両方で構成される社会的なマイクロ旅団は、現在、ムニシピオ用の住宅を建築しており、次に、ムニシピオはその分配にかかわる。だが、1980年代からは、家族自身が建設で最も熱心な主体となった。自分たちで住宅を建て、広げ、改新し始めたからだ。
住宅政策では、首都から離れた農村部に政府住宅を建設する傾向があったが、全国、とりわけ、都市部では、住宅が深刻に不足しており、最も危機的なのはハバナだ。多くの家庭は独立した住居が得られない親族で広がり、1995年では、ハバナの家庭の16%以上に6人以上がいて、家の約3%は1家庭以上を収容していた。人口統計学者、マリア・エリーナ・ベニテズ・ペレスは、「ハバナでは、人口が集中し、とても人数が多く、住宅では多くの問題に直面している。借家が最も集中し、辺境地区も最大で、数多くの住宅の条件が悪い」と書いている。
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| ベダドの地域集会で住民の発言を聞く地区の人民委員会のイリス代表 |
1960年代前半の国有化で、医療や教育の全領域は、キューバ中央政府のコントロール下におかれることとなった。過去40年以上、制度は中央政府が完全に資金提供する社会主義化されたモデルに沿って発展している。
1980年代と1990年代の経済危機の間に、多くの中央政府は、地方分権化や段階的な事務移管を経て、社会政策への責務が下の段階の政府や中央政府の管轄外の他の民間団体にゆだねられる場合もあった。このように、経済活動においては、いくらか分権化が進んでいる。しかし、社会政策の分野では、この方向に向けたどのようなめぼしい努力も見られない。中央政府が社会政策を管理しており、サービスは公共部門にしっかりと残されている。実際のところ、キューバ人たちのほとんどは、社会政策やサービスが公的管理されていることを誇りに思っており、医療、教育、社会保障が過去40年の最も重要な成果と見られている。
キューバ政府は、国、州、ムニシピオと三層から組織化され、全レベルに行政統治と同じく政策立案や立法機関がある。しかし、権力はきわめて中央集権化されている。全国レベルでは、人民権力全国議会(最高の立法機関)が年に二回開かれ、その間は、国家評議会が人民権力全国議会を代表してなされた決定を実施する。閣僚会議は、最高幹部と管理職からなり、人民権力全国議会国家評議会と閣僚会議が中央政府における主な政策主体をなす。
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| キューバ女性連盟のマリア・ズレナ代表が大豆収穫を祝うためにサンチアゴ・デ・クーバの協同組合の女性を訪問。人民委員会の実施の前に、8つの大規模な組織がコミュニティよりもむしろセクターで国民を組織化している |
州レベルでは、人民権力州議会が議会にあたり、これに対応する行政機構は、州評議会で、州で利用できる資源を管理する。14州と青年の島特別区があり、169の各ムニシピオには、最も草の根に近い審議組織、ムニシピオの人民権力議会とムニシピオ評議会がある。ムニシピオ評議会は、キューバ人が日々遭遇する政府サービスの大半を管理することに従事する。国民は地区住民の中からムニシピオ議会の代表を選出し、代表は、自分たちの地区が直面する状況を報告し、その特定課題に対応することを助ける。
キューバの構造はきわめて中央集権化されている。例えば、各州には州議会に報告する医療の代表部局があるが、その業務は厚生省やその優先事項に主に指導される。同じく、各ムニシピオには、ムニシピオの医療代表部があり、地元の医療サービスの状況を監督し、この地元の仕事はムニシピオ議会によって監視されるが、再び厚生省によっても指導されている。
この中央集権化によって、国家が優先する事項に資源を集中し、それを直ちに配備し、大がかりなイニシアチブが可能となった。しかし、中央からの指令は、現場の状況に適合させるという目標があったにもかかわらず、州やムニシピオは、いずれも地元のニーズを中央からの指令にマッチさせ、ユニークな地元の問題に資源を導くうえで大きな困難をかかえていた。時がたつにつれ、解決されないままに放置される地元の課題が増え、とりわけ、全国レベルで熟慮されない特定課題がそうであり、この問題は、都市部、とりわけ、ハバナで強く感じられたのだった。
社会政策を実施するために資源を割りふり、政策展開する役割を持っているのは、中央政府や各省庁だ。ローカル政府は、国民のニーズを中央政府の政策立案者に伝えはする。そして、下から「泡立つ」政策事例もある。とはいえ、普通はトップから指令が「滴り落ちる」のが傾向だ。また、中央政府には、国の公共政策を全体として決定するために、国の研究機関とシンクタンクが集まり、国会や国家評議会に集まる代表を通して最良の情報が集まり、最高の専門家がいることになる。
政策展開に市民の声を入れるにはいくつかの道があるが、その有効性は非常に限られている。ひとつのやり方が、様々なレベルの政府の意志決定の局面で存在する大規模組織だ。
キューバ人たちは、大規模組織が、国民のニーズの情報を運び、それを治すために取られるイニシアチブの「滑車」として機能する役割がある、と主張する。大規模組織は女性(キューバ女性連盟)、隣人(革命防衛委員会)、農業者(ANAP)、若者(パイオニア、中級学校学生連盟、共産党若者連盟)からなる。うち、キューバ女性連盟と革命防衛委員会は、ブロックレベルで組織化されている。大規模組織にも、政府と同じく3層構造からなり、その専門スタッフを通じて政策立案に参加している。
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| 「子どもたちは幸せになるように生まれてくる」はキューバでよく口にされる言葉だ。サンクティ・スピルトゥス州のポロ・ビエゴ農業協同組合の子どもたちが馬に引かれた馬車に「タダ」で乗っている |
地区代表は、ユーザがサービス提供で直面する問題の解決をアドボケートする。代表に持ち込まれる苦情のほとんどは、社会サービス、教育、ヘルスケアを含め、例えば、地域の健康ハザードといった深刻な問題や特定の個人問題の双方に対処するものだが、ムニシピオのサービスについてのすべての問題となる。ところが、代表は住民側に説得する力しか手にしていない。彼らは、ほとんど権威を持たず、資金も全く管理しない。代表は選挙民に説明委員会(asambleas
de rendición de cuentas)を通じて報告し、苦情の約70%は、この委員会に訴状・決議され、代表段階で解決されている問題が増えているとの証拠がある。しかし、財源不足や代表が利用できる情報不足、権威の不足、そして、彼らがボランティアである事実がその効果に制約を加えていた。また、サービスの代替手段が乏しく、意見や苦情を明らかにする道も乏しいことがあいまって、問題がとても深刻で、解決策が手元にない場合には、サービスの質への期待は下がり、苦情をあげることも躊躇することとなっている。
「全く解決策がないとわかっていれば、人々は問題を持ちこみません」とハバナ市の議会の前代表であるペドロ・チャベス氏は言う。
困難を意識し、サービスを維持するために政府によりなされている努力の支持しているユーザは、その苦情を悪化させる傾向がなかった。同時に、その質の問題にもかかわらず、キューバ人たちは医療や教育益を受けている。サービスがすべて普遍的で、適格者の判断や複雑な適用の過程を経ずに提供されているから、その分、余計な社会的コストもあるようには見えない。キューバ人たちは利益よりも資格があるものと自分たちを意識している。そして、これは国民の間でサービスの所有権の非常に強い感覚を見いだす傾向があった。
| キューバの配給カード |
食料配給制度は、最低限の助成金を支給された価格で全国民に食料が手に入ることを保証する手段として1961年に創設された。各家庭には、小冊子、家族の構成員を記載し、毎月提供されたことを記録する配給表(la libreta)がある。配給には、化粧品類、料理燃料等の項目と同じく食品が含まれ、以前は衣服や靴も含まれていた。歴史的には、配給はその所得に関係なく、基本的な食料を全国民に保証していた。1990年代には配給を通じて得られる食料は大きく減ったものの、全員がほぼ数カ月間は少なくとも以下の配給を受けていた。
1ポンドあたり24セントで5ポンドの米。1ポンド30セントで1.25ポンドの黒豆。ポンドあたり11セントで2ポンドのスプリットピー、ポンド14セントで3ポンドの白砂糖と同量の黒砂糖。各19セントで12個の卵、2オンスのパッケージあたり12セントで0.5ポンドのコーヒー。
7未満の子供は25セントで1日あたりの1リットルのミルクを受け取り、それらの8~14歳は同様に低価格で大豆ヨーグルトを受けた。助成金を支給された価格での鶏肉、鮮魚、肉、ホットドッグ、ポーク缶詰他のタンパク質源は、散発的に入るだけだった。
配給は月のうち、2週間分の食料を供給しているだけである。家族は、ペソの農業者市場か、配給価格の10倍もする闇市場、都市菜園(手頃なペソ価格で野菜を販売)と交換可能通貨だけで購買できるドル・ショップから余分の食品を買わなければならない。
「食費は平均したキューバの給料の66%を占める」と、シンクレアとトンプソンは報告している。
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| 感動的な子どもたちへの社会政策 |
「子どもたちは幸せになるように生まれてくる」これはキューバ人たちの子どもに向ける態度で聴かれるリフレインだ。世界の多くの地域で子どもたちが感じる貧困や暴力と比べ、キューバの子どもたちが経験しているのは特権だ。路上生活する子どもは皆無で、圧倒的多数の生徒たちが高校を卒業する。子どもや若者はドラッグにおぼれず、都会でも若者に向ける暴力や若者による暴力がほとんどない。
子どもたちのニーズへの思いやりは、子どもたちが生まれてくる前から始まる。医療は無料だから、母親はコミュニティの診療所で胎教を受けられる。危険な妊娠をしている女性も専門病院のひとつでケアを受け、おそらく、子どもは標準体重で生まれる。92%のキューバ人の赤ん坊はそうだ。ラテンアメリカ人の新生児の69歳の平均寿命と比べ、キューバの新生児は74歳まで生きられる望みがある。また、その子どもは、1歳まで生きられるチャンスは半球のどの子どもよりもある。1000人あたり8.4人というキューバの乳児死亡率にはカナダと米国が匹敵するだけだ。
子どもたちは、たいがい数世代からなる家族のもとで生まれる。祖父母は子どもの人生にとても重要だ。両親は共稼ぎで、ほとんどの家族が家計の帳尻を合わせるために苦闘しているが、彼らには、暮らしを少しは楽にする基本益がある。配給が少なくとも2週間分は提供されるから、そのゆとり分だけは、闇市、農業者市場、ドル・ショップで、さらに高い、豚肉、鶏肉、米、豆、野菜を買える。両親の雇用は確保され、法律によって家賃は給料の10%だけだから、家族にはマイホームがありそうだし、公共料金も補助金が支給されている。だが、ほとんどの場合、子どもは家庭に住み、不可欠のケアは受けるが、贅沢さのゆとりはない。
デイケアも正式な学校教育の経験となるであろうが、まだ子ども全員には利用可能ではない。小学校は、地区の学区に所属する公立校で簡単だが清潔だし、すべての教科書が無料だ。中学校では、芸術と文学の授業があり、卒業するまでには、生物学、化学、物理学も学ぶ。全員が数学の代数を習得し、その時にリテラシーがあるようになるであろう。7グレードからは、「農村の学校」で農村で働くのに3週間を費やすだろう。地区でのボランティア活動は学校によって評価される。ほとんどの子どもが学校教育の9グレードを完成し、中学校から中退するのは約4%だけだ。
9グレードの子どもは、エリートのプレ大学校、技術的、芸術学校の入学を競争する。プレ大学校は厳しいアカデミックな準備を伴い、学生の大半は大学に進学する。専門学校は大学教育を要しないキャリアをもたらし、約8%は「プレ大学」や専門学校を落第する。にもかかわらず、ほとんどの子どもはその十代後半まで学校に通う。子どもの労働はキューバでは皆無だし、子どもたちは17歳になるまで働くことができない。ラテンアメリカでは、約10人の子どものうち、一人は14歳前から食べるために働くのだ。もし、子どもがトラブルに陥れば、それはたぶん学校かコミュニティの大人の知るところとなる。軽微事件は学校レベルで管理される。重いケースでは、委員会が矯正教育のための専修学校にいかせることになる。これは、全ムニシピオで組織化されているが、ほんのわずかな子どもだけで、1995年では10~16歳の0.3%の子どもしかこうした学校にはいなかった。また、16歳未満の子どもは裁判に送られることもない。
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