書評 『世界がキューバ医療を手本にするわけ』  本文へジャンプ


日刊ゲンダイ
年 月 日 紹   介
2007年9月5日(水)  専制が続くキューバは、国民所得はインド並みの低さだが、乳児死亡率は米国以下で、平均寿命も先進国と肩を並べているという。医療崩壊に悩む先進国が注目するキューバの医療システムの秘密に迫る現地リポート。
 予防医療のための「コンスルトリオ」と呼ばれる自宅兼医院を拠点にしたファミリードクター制度をはじめ、B型肝炎も根絶間近というオリジナルワクチンを開発した高度な先端技術の数々、ネットワークを活用した情報革命や教育制度まで。医療大国・キューバの知られざる姿を報告。

人民の星

年 月 日 書   評
2007年9月7日(土)  著者は農業の専門家なのだが、キューバ医療の全体像を理解することのできる本がなかったので、この本をまとめたのである。読みすすむなかでわれわれは、キューバ人民の生活と医療がどのようなものであるかを知るとともに、キューバ人民の生活観、革命観、国際主義の精神がどのようなものであるかについても、理解を深めることができる。

崩れ始めた日本の福祉医療
 著者は、この本の出だしを「崩壊する日本の福祉医療」という小見出しのもと、「世界に冠たる日本の福祉医療が、いま制度改革の名のもとにがらがらと音をたてて崩れ始めている」と書きはじめている。そこでは日本につづけてイギリスやアメリカの実情も簡潔にふれて、これらの国でも深刻な現状にあると指摘し、「持続可能な福祉医療は可能か」という問いをたてるのだ。
 著者は「経済水準が低くても高度な医療水準を保つことができれば、解決策を見出せることになる」と考える。だが、そんなことがはたして可能なのだろうか。そして著者は、キューバにむかう。すなわちキューバ医療の実情を知ることは、いまの日本の切実きわまる医療問題を、どのようにして解決していくのか、という問題とかかわっているのだ。
 著者は「数百、数千人という単位で世界の僻地へと飛んでいく、キューバの医師たち。“先進国が医療崩壊に悶々とする中、なぜ、こんなことが貧しいカリブの小国で可能なのか”。思わず口にしたくなる素朴な疑問を自分なりに納得させるには、まずこの国の福祉医療制度を大づかみに俯瞰してみる必要があった」と書いている。
 こうして著者は、二回にわたるキューバへの現地調査と、海外の豊富な英語文献・統計も利用して、この本をかきあげる。「キューバの福祉医療は歴史も実績もある」ので、ぼうだいな文献や統計数値が存在している。ところが「日本には、米国経由の極端にバイアスがかかったキューバ批判の情報か、半世紀も前の革命を賛美するノスタルジックな政治色の強い情報しかない」現実につきあたったからだ。
 その状況は、日本人のキューバ認識が米日反動派によって、どれほどせまい、一面的な認識をおしつけられているかを物語っている。

全国網羅する地域予防医療
 著者はこの本の第一章に「群を抜くキューバの地域予防医療」をあてている。「高い医療水準を都市の下町から過疎山村まで全国土を網羅して支える予防医療」こそ、キューバ医療のもっとも重要な特徴をあらわしているからである。
 キューバの医療関係施設は、発展途上国のなかでは傑出して充実している。だが、もっとも重視されているのがコミュニティ(住民の居住単位)に重点をおくファミリー・ドクター制度である。〇五年には国内の医師七万五九四人のうち、三万三七六九人がファミリー・ドクターで、ほぼ同数の看護師とともに、全国民をカバーしている。担当の医師は、地域内の約一二〇世帯、七〇〇~八〇〇人の家族の健康状態をチェックし増進する。
 これが日本の地域医療などとちがうのは、“病気”を受け身でまつのではなく、日常的な患者・家族との接触をつうじてコミュニティ内の健康上の課題を探り当て、未然に予防するために活動し、真の健康増進に向けた住民たちのライフスタイルの変化をつくりだす活動にある。こうして住民参加型の福祉医療がつくられていきつつある過程がのべられている。

米欧医薬資本からの自立へ
 いくつかの印象深い点を紹介しておきたい。
 一つはキューバの地域資源を原料とした医薬品の開発や、バイテク医薬品の開発に力をいれていることだ。キューバはひじょうに困難ななかで、輸入医薬品にたよらず、米欧の多国籍企業から自立する道を追求したのである。
 髄膜炎B型対抗ワクチンは世界で唯一効力のあるワクチンとしてみとめられ、世界各国に輸出されている。B型肝炎対抗ワクチンも効果が高いと評価されている。サトウキビの蝋を原料とした抗コレステロール剤は、動脈硬化や心筋梗塞に効果があるため多くの国に輸出されている。
 著者は「キューバの近代バイテク産業は、米国からのバイオテロに対抗するためのやむなき自衛手段から始まったともいえなくもない」と記している。キューバのインターフェロン生産は、一九八一年に出血性デング熱が同時多発し大流行したことへの対応であった。これはCIAによって持ちこまれた疑いが濃厚であった。キューバの医師たちは、バイオテクノロジーを駆使して、このデング熱の治療薬のインターフェロンをつくりだすのである。この基盤のうえに、その後のバイテク産業の育成がすすめられた。
 キューバ医療の特徴はバイテク開発にもあらわれている。それはカストロのつぎのことばにあらわされている。「資本主義では、すべての研究センターは、互いに戦いあっている。だが、わが国ではどの研究センターも互いに協力しあっている。……医師も科学者も誰もが互いに協力している。社会主義ほど科学技術を進展させることができる制度がほかにあろうか」と。

68カ国で働く無料の医療団
 キューバは「国境なき医師団」の主力をになっている。凍てつくヒマラヤに、灼熱のアフリカに、熱帯アジアの農村に、病人やケガ人がいれば、世界のどこにでも無料で医療団を派遣しつづけているのである。〇五年現在で、二万四九五〇人のキューバの医師たちが六八カ国ではたらいている。
 そして、これらの医師たちにアメリカが移住をはたらきかけているが、帰国せずに亡命したものの数はきわめて少ないのだ。著者はなぜだろうかと問いかけ、小説家から文相になったアベル・プリエトのつぎのことばをひいている。
 「確かに豊かな生活へのあこがれはあります。一人当たりのGDPでは米国の一三分の一にすぎない。キューバは、とても資本主義とは競争できません。ですが、ベネズエラや中米、アフリカ等で活動している医師たちは、映画には描かれない資本主義の残酷な姿を目にします。帰国後の彼らの証言から、多くの人民はそれが真実であることをわかっているのです」
 著者はキューバの追求方向にこそ、「格差社会を解消」する基本的な考え方があると考えている。
 その一つの例として、九〇年代にソ連崩壊のもとでキューバ経済は非常な苦境におちいったが、「社会福祉予算は公共支出比で一九九〇年の六・六%から九七年には一〇・九%も増額されたのだ。……医療費は一三四%、社会保障予算は一四〇%ものびている。そして、この経費を捻出するため、軍事は五五%と半分も削減されている」ことをあげている。
 これらをふくめて、日本の現状とあわせ考えさせる、多くの事実を提供している。

朝日新聞

年 月 日 紹  介
2007年9月8日(日)朝刊 読み・解く 経済が描く医療

キューバのカストロ首相とベネズエラのチャベス大統領が「医師と原油」を交換している、と以前この欄に書いたら、多くの読者から驚きの反応をいただいた。 キューバは医師の育成に力を入れ、地域医療の先進国であることは、日本で案外知られていない。 キューバの1人当たりの国民所得はインド並みで、中国より低い。 貧しい国ではあるが、乳児死亡率は米国より低く、平均寿命は77歳。先進国並みなのだ。

 「世界がキューバ医療を手本にするわけ」(築地書館)の著者である吉田太郎さんは「下町から山村まで地区ごとに担当医がいて予防医療が徹底している。 がん治療から心臓移植まで医療費はすべてタダ。独特のワクチンを開発する先端技術も備え、WHO(世界保健機関)が太鼓判を押す医療大国だ」と指摘する。

 M・ムーア監督の話題作「シッコ」は、貧しい人が医療から見放される米国社会の暗部を描いた。 監督は医療難民を引き連れマイアミからキューバに渡る。米国で得られなかった医療を施された人々が涙する皮肉たっぷりのシーンもある。 1人当たりの医療費が先進国でも突出している米国の医療制度は、中国と似ている。 中国では国有企業や人民公社が地域を丸抱えしていた旧制度が崩れ、医療・年金など安心ネットワークがずたずた。金持ちは最高の医療を受けられるが、貧乏人は病院に行けない。 安心して医者にかかれる国民皆保険制度が無いことが米中に共通している。 「民間でできることは民間で」の米国は任意加入の医療保険がビジネスとして広がっている。 社会の底辺には約4500万人が無保険でいる。加入しても保険が下りないケースが少なくない。 保険会社が支払いを絞って業績を上げようとする。「小さな政府」の行き着いた先、医療を利潤動機に委ねた姿を「シッコ」はしつこく追っている。

 日本は乳児死亡率も、平均寿命も、世界に誇る水準だ。その国で、産気づいた妊婦を受け入れる病院が見つからず、救急車で搬送の途中に死産した。 産婦人科医の不足、都市と地方との医療格差は深刻だ。命を守る医療が採算というモノサシに振り回されている。 「揺りかごから墓場まで」の英国もそうだが、国民皆保険は膨張する医療費の重圧に悩んでいる。

 サービスを切りつめればいいのか。長野の農村で地域医療に取り組んでいる医師の色平哲郎氏は「医師の人格教育と地域に根づく予防医学を重視するキューバにヒントがある」という。

 キューバには薬漬け医療はない。生活指導と伝統医療の工夫、それを支える地域の連携。 低医療費による良質なサービスの母体が共同体で、その中核に医師がいる。 その気になれば米国で高収入を稼ぐ生き方もある。にもかかわらず多くの医師がグローバリズムの風圧にめげず貧しい国に踏みとどまり、地域医療に取り組んでいるのはなぜだろうか(朝日新聞編集員 山田厚史)


日本経済新聞

年 月 日 書  評
2007年9月16日(日)朝刊 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」に、米国の患者をキューバの病院に連れていき、治療を受けさせる場面がある。キューバではがん治療から心臓移植まで医療費は無料だからだ。そんなキューバの「医療大国」ぶりをリポートしたのが本書。低い乳幼児死亡率や先進国並みの平均寿命の背景には、過疎山村までを網羅した地域予防医療や、地域資源を利用したユニークな医薬品の開発があるという。曲がり角を迎えた日本の医療制度を考える上でも参考になる。


民医連医療10月号


年 月 日 書  評
2007年9月16日(日)朝刊  マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」に、米国の患者をキューバの病院に連れていき、治療を受けさせる場面がある。キューバではがん治療から心臓移植まで医療費は無料だからだ。そんなキューバの「医療大国」ぶりをリポートしたのが本書。低い乳幼児死亡率や先進国並みの平均寿命の背景には、過疎山村までを網羅した地域予防医療や、地域資源を利用したユニークな医薬品の開発があるという。曲がり角を迎えた日本の医療制度を考える上でも参考になる。


出版ニュース9月下旬号

年 月 日 書  評
2007年9月21日(金)発行  カリブ海に浮ぶキューバは米国による経済封鎖を受け続けている貧しい島国だが、その医療システムは米国をしのぐ先進性と利便性をもつ国に育った。
 すでに乳幼児死亡率は米国以下で、平均寿命は先進国並み。がん治療から心臓移植まで医療費は無料で、世界のどこにもないワクチンを作りだす高度先端技術をもち、鍼灸、ハーブ、気巧、ヨガといった大胆な代替医療を導入し、その技術はリナックスOSを通じて普及が図られ、キューバはWHO(国際保健機関)も絶賛する医療大国になっていた。本書は、このキューバの「持続可能な医療福祉社会」作りの実態を綴った現地レポートで、曲がり角にある日本医療を救うためのヒントをこの一冊が教えている。


新聞赤旗

年 月 日 書  評
2007年9月23日(日)  著者はキューバがソ連崩壊に伴う経済危機、米国による経済封鎖のきびしい状況の中から、世界に引けをとらない医療をどのようにして育ててきたのか、また未来の医療のあり方を予感させる取り組みと成果をどのようにしてあげてきたのかを紹介している。
 医療が専門ではない著者の「先進諸国が医療崩壊に悶々とする中、なぜ、こんなことが貧しいカリブの小国で可能なのか」という当初の思いは、映画「シッコ」のマイケル・ムーアの思いに共通している。人口千二百万人のキューバには七万五千人余の医師がいる。その半数近くは約百二十世帯の住民を受け持つファミリードクターである。生活の中から住民の健康管理を行っているキューバの医師はどのようにして養成されてきたのか、彼らはどのような思いで医療に携わっているのかを知ることができる。またそこにプライマリーケア(初期医療)の高い到達点を見ることができる。
 多国籍企業の輸入医薬品に頼らず自前で開発し、またせざるをえなかったキューバはすでにラテンアメリカ最大の医薬品輸出国になっている。様々な薬剤開発で優れた業績をあげ、サトウキビの国からバイテク産業立国に向っている一方、代替医療にも国を挙げて取組んでいることも紹介されている。医師の国際貢献にも目を見張るものがあり、被災国や援助を要する国々で活躍するキューバの医師たちの紹介には感動すら覚える。一般には紹介されることの少ないキューバ医療が具体的に紹介されており興味深い。
 キューバの医師たちは施設ではなく自宅で患者が往生することを支援し、病気にかからないよう予防を重視している。同様のことは先進諸国でも目標として掲げられてはしていても、持続可能な医療として、実践し現実に成功を収めつつあるキューバに学ぶべき点は多く、今後多くの関心を集めるであろう予感さえ感じさせる(評者:馬場淳 全国保険医団体連合会役員)


医連医療10月号

年 月 日 書  評
2007年10月15日(日)発行  おもわず、Viva Cuba!(キューバ万歳)と叫びたくなるような「驚きのキューバ医療」を紹介した本である。
キューバ憲法9条は「治療を受けない患者はあってはならない」と規定しているという。この本で紹介されるキューバの医療は、まさにこの憲法の具体化であり実践である。ソ連崩壊といまも続くアメリカの経済封鎖で窮乏生活をしいられているキューバが、なぜアメリカよりも乳児死亡率が低く、健康度は世界トップクラスなのか?。
 量質ともに秀でた医療教育、ファミリードクターによる徹底した地域予防医療体制、代替医療と電子情報ネットワークなど、逆転の発想ともいえる楽天性と情熱には圧倒される。ノスタルジックな表現にはなるが、キューバでは今もチェ・ゲバラが唱えた「革命的医療」が継続し発展しているようだ。


文化連情報10月355号

年 月 日 書  評
2007年10月発行  現在日本公開中のマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「シッコ」。この映画でムーア監督は、米国医療の問題点を浮き彫りにするため、キューバ医療の取材を行なつた。
 05年l月12日のニューヨークタイムズ紙には、「もしも、米国の乳幼児死亡率がキューバ並であったならば、わが国は1年で2212人の子どもを救うことができただろう」という記事が掲載された。また、イギリスではBBCが、「ブレアが真剣に医療問題に対処するには、カストロの医療制度を視察するべき」と、主張したという。
 平均寿命は先進国並みで、医療費もタダ、しかも世界各国に無料で医療団を派遣しつづけているキューバ。日本でこそあまり話題にされないが、本害を読むと世界各国がキューバの医療に関心を持つ理由がよくわかる。
 キューバは革命以前から、医学の面で進んでいた。キューバで開発されたB型肝炎のワクチンはWH〇に認定されており、06年現在、イギリス、カナダを含め豹20カ国に輸出されている。また、欧米人も含め毎年5000人以上の患者が、高度医療を受けるためにキューバを訪れるという。
 社会制度としての医療の確立は、キューバ革命後であつた。革命政権が目指したのは貧困の根絶である。革命初期から、最も劣悪な健康状態に苦しめられていた農村医療が重視された。農村での社会医療サービスは都市部の医療にも影響を及ぼし、現在では「フアミリー・ドクター」が顔の見える範囲で各家族の健康状態をチェックしている。05年の時点で、国内の医師7万594人のうち、3万3769人がフアミリー・ドクーであり、ほぼ同数の看護師とともに全国民をカバーしているという。キューバでは医療費を捻出するため、90年から97年までに軍事費を55%も削っている。革命後もこの国の軸はぶれていない。
 キューバで教育を受けた医師は言う。「良い医師になるには二つの専門が必要だと教えられました。ひとつは医学。もうひとつは人間性という思想です」。日本の農村医療に尽力した故若月俊-先生の理念を思い起こさせるような言葉である。(神)


ジャーナリスト第595号

年 月 日 書  評
2007年10月25日(木)発行 愛と誠実と平和が健康を守る。これからの医療を考えるために
 
 乳児死亡率は米国以下、平均寿命77歳、医療費は原則として無料。キューバは都市の下町から過疎の農村まで、高い医療水準を達成している。
 アメリカの経済封鎖のなかで、どのようにしてそれは可能だったのか。
 革命政権はその初期から「医療、福祉の向上は国家の責務であり、すべての国民は健康への権利をもつ」ことを宣言し、教育の充実、市民の援け合い、新しい情報システムの構築、独自の医薬品開発、伝統医療の活用などを積極的に取り入れる。その特長は、医療の格差を最も貧しい農村から是正し、農村で培われた発想を都市にひろげたところにある。
 プライマリーケア、ファミリードクターというと、日本では風邪や怪我などで受ける治療と思いがちである。しかし、キューバでは、これが全国民の健康を守る基礎となっている。地域の医院に医師と看護師が住み込み、診療、リハビリの他に、予防、保健教育などを担い、往診もする。診療と同時に、手洗いをすすめ、コンドームの使い方を教え、家族間の心の健康の相談にのる。合間には母校の学校の臨床教育まで行う。社会的弱者の生活を守るソーシャルワーカーも共に働く。
 世界中の貧しい人々への医療援助、医療チームの派遣、医学教育の門戸開放なども注目をひく。人材の育成、制度を支え発展させてゆく仕組みなど、医療福祉を営利の手段としてではなく、人が生きる基盤として豊かにする取り組みが具体的に紹介される。
 愛と誠実と平和があれば人は元気になることを教えられた本である(田沼祥子)。


週刊読書人第2711号

年 月 日 書  評
2007年11月2日(金)発行 キューバ医療事情を一望~国際主義派遣団の活躍も紹介

 1970年代初めキューバで、「医師は治療するが、それは修理するのと同じだ。労働者は生産する。だから労働者の方が医師より上位にある」という言葉を聞いたことがある。ソ連圏の崩壊でキューバ経済がどん底に陥っていた1990年代半ばには、ハバナで「無料で心のこもった医療を常に心掛けている。医師たちが皆、同じ考えを抱いているわけではないが、医師は、医療を必要とする者のために尽くすという共通の目的の下で働くよう義務づけられている」と言い切り、歯を食いしばって日夜奮闘していた四〇代の医師に会ったことがある。まさに「医は仁術なり」を地でいく迫力ある〈赤髭医者〉だった。
 最高指導者フィデル・カストロは、ソ連からの援助が停止し未曾有の経済苦にさいなまれていた1990年代初め「平和時の特別期間」を宣言し、その状態は今日まで続いている。やや大げさになるかもしれないが、一般のキューバ人にとって日常生活は生存のための闘争であり、この点において医師も労働者も同じなのだ。だが医師は、カストロ外交の最大の柱である「国際主義」の中核を担う対外派遣団の一員になることができる点で、一般労働者とは大きく異なる重要な使命を負っている。
 日本絡みの逸話を一つ挙げれば、キューバ政府は物資が極端に欠乏していた1990年代半ば、日本政府に対し、キューバが医師団を、日本が医薬品を、それぞれ提供して合同で第三国への救援医療団を組織しようと持ちかけた。日本は1998年にハリケーン災害に見舞われた中米ホンジュラスで、キューバの提案を受け入れて医薬品を提供したが、それ以後、米国への気兼ねもあって応じていない。
 本書はキューバの医療事情の興味深いルポルタージュで、2005年のパキスタン大地震の際、派遣された医師団の救援活動に細かく触れた部分などは、日本のメディアジャーナリズムが黙殺してきたキューバ国際主義外交の優れた面を的確に伝えている。キューバが開発した高度技術による医療品の存在なども、米政府の横槍もあって実情が知られにくくなっているが、その紹介も含め、この本は、医療をめぐる現代キューバの状況を一望できるようにまとめてあり、便利だ。
 だが難点が幾つかある。たとえばキューバが、ソ連からの援助が途絶えた後も国際主義医療活動を継続させることができるのは、「ベネズエラという新しいパトロンができたからだ」と断定している。この捉え方は乱暴だ。ベネズエラ大統領ウーゴ・チャベスは、カストロを「革命家の大先達」、「政治的父」などと尊敬し、キューバから国際主義医療・教育支援、社会変革政策への戦略支援、警備・諜報・対米戦略支援などを受け、代価として原油などをキューバに送っている。「パトロン」という記述は完全に的外れだ。
 スペイン語の片仮名表記が間違いだらけで、これも気になる。また「特別期間」という定訳があるにもかかわらず「スペシャル・ピリオド」と英語の片仮名表記をするなど、翻訳的な部分でも工夫すべき個所が目立つ。肝腎の「国際主義外交」という位置付けもなされていない。キューバと向かい合う著者の積極性は大いに買いたいが、読者たちのために、そして真剣に生きるキューバ人のために、精進し、推敲を重ねてほしい
(伊高 浩昭氏=ジャーナリスト)。

女のしんぶん 第954号

年 月 日 書  評
2007年11月10日(土)発行  妊産婦たらいまわし事件に象徴されるように、日本の保健医療制度をはじめ、生活環境、家庭、コミュニティなどが音をたてて崩れている。どうしたら良いかと思いを深くする人も多い。少しばかり医師を増やしたところで問題の解決には程遠い状況だ。ところが、あの小さな国キューバが、その答えを出している。
 本書は「群を抜くキューバの地域予防医療」、「外貨の稼ぎ手~高度医療と医薬品」、「代替医療と電子情報ネットワーク」、「国境なき医師団」、「持続可能な医療と福祉社会の仕組みづくり」の五章から構成されているが、キューバの血の通った医療制度について、事例を通じて概説している。
 例をあげると、人命を最優先させる医療システムであり、医療や教育は大学まで無料だ。さらに、途上国の人々のために「ラテンアメリカ医科大学の創設」、被災国に飛ぶ国際救援隊の活動などもある。創造的で多様な活動は実に素晴らしい。経済的には決して豊かな国とは思えないこの国の人々が、どうしてそんなことができるのかと、本を読み進め舌を巻く。
 西洋医学一辺倒にならず、医療や健康増進に役立つものは、東洋医学や民間医療も取り入れている。予防と自然治癒力重視で成果をあげ、医療費を低く抑え、また、平均寿命を延ばすことに成功している。
キユーバは、絶えずいろいろな危機にさらされながら市民の健康を守り続けている。軍事予算を減らしても福祉予算は充実させてきている。実におもしろい国だ。
 ひるがえって、日本ではいま、深刻な医師不足、地域医療崩壇の危機が進行しているが、このキューバの「成功」を日本でも手本とするにはどうすればいいのかを考えさせる、示唆に富む本である(みゆき)。
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