1999年3月29日 本文へジャンプ





キューバの医療

 マタンサス― 伝統的な中国の音楽に、初老の女性がぎこちなく体をゆすって、伝統的な術である太極拳を行っている。パーキンソン病として知られる神経上の不調を治療するためにである。伝統的・自然医学クリニックのホールの下では、循環系に障害がある患者が、素手と素足を、治癒力があるとされる金属元素、コバルトの大きな塊の上に乗せている。  これとはまた別のフロアーでは、一人の男性が前立腺の腫瘍を治療するため、カボチャの種からの抽出物の投与とあわせ、鍼処置を受けている。
 また、別の診療所では、高血圧の治療のためにパッションフラワーを、糖尿病にはバジルやニンニクを使い、消化障害への音楽療法の効き目を称賛している。 米国他の豊かな国々の医療機関には、そうした治療は「インチキ療法」のように聞こえるかもしれない。だが、共産主義政権が、高度な保健医療制度を長らく誇ってきたキューバでは、医師や患者は、オルターナティブ医療として知られている幅広い範疇の治療に大きく依存するようになってきている。キューバは欠乏から長所を生み出そうとしている。キューバを支援してきたソ連の崩壊は、長期にわたる米国の経済封鎖とあいまって、1100万人のこの島に、深刻な医薬品と医療資材・設備の不足を引き起こした。
 キューバにある273の病院の多くでは、備品がないために治療設備が、使われずに放置されている。アスピリンでさえ希だ。そこで、フィデル・カストロの政権は、鍼、ヨガ、その他のアジアの療法と同じく、ハーブ療法やホメオパシー療法を開発し、広範に使うことを奨励しているのである。同時に、キューバは、その効果については長く懐疑されているにもかかわらず、医療にこれを導入するよう動いた。

 カストロ政権は、憲法上の権利として、全人民に無料の医療サービスを提供している。だが、そうする際に、キューバ医学の資産として、土着植物を利用した。キューバには自然療法で普通の病気を治療する長い伝統がある。こうした方法は、長年にわたり、数少ない中国系移民たちが奨励してきた。今、キューバの169の各ムニシピオには、伝統・自然医療サービスを提供する国営クリニックがある。現場での、専門医学の実習や修士プログラムが確立された。多くの薬局では、近代的な医薬品やその他の医薬資材の棚は空っぽだが、ハーブやホメオパシー療法の薬品を備えている。  全米健康機構によれば、全国民のほぼ半分にあたる500万人が、ここ4年で伝統的な自然な治療を望んでいるという。ひとつには、それ以外の治療法が利用できないためだが、報告によれば、キューバの医師の5人に1人が、患者に自然の産物を処方しているという。
 1989年のソ連崩壊。キューバへの石油供給は劇的に落ち込み、公共輸送機関や個人自動車の利用は大きく削減が強制された。キューバにおけるオルターナティブ医療の出現と自転車数の爆発的な増加との間に類似線を引く観察者もいる。 「両ケースとも、資金がかかるハイテク・アプローチから、より廉価で高度ではないアプローチへと向かうことを含んでいます。そして、両者の動きは、必要に迫られて着手されたのです」

 米国とラテンアメリカとの関係を専門的に研究する政策研究組織、マイアミ南北センター大学のキューバ専門家、マックス・カストロ氏はこう語る。

 「ですが、必要性は認めるとしても、政府が、両者の長所を正当化するのは、ある意味では皮肉なことです。なぜならば、伝統的な共産主義イデオロギーは、国を近代化と科学技術の方向へ向けて、とりわけ健康の分野では推進してきたからです」
 3年前、キューバ保健省は、国の医療制度を改善するため、5つの柱となる戦略の中に、オルターナティブな医療を含め、オルターナティブ医療を承認した。そして、あらゆる部局や保健省内に自然・伝統医療部局が設立されたのである。

 オルターナティブ医療の効果については、多くの議論が続いている。

 「いくらかの病気の治療には役立つが、より深刻な重病を治療するには、その治療には限界がある」

 そう論じる医師もいる。

 キューバの医療は、ある側では驚くほど進んでいる。例えば、アメリヘイラス兄弟病院の外科部局は、ここ10年にわたって90以上の心臓移植手術を行っている。また、キューバの研究者は、髄膜炎C型ワクチンを開発し、コレラ用のワクチン開発にも取り組んでいる。キューバは、積極的な予防接種を通じて、小児麻痺、はしか、耳下腺炎、ジフテリア、結核と数多くの病気を根絶してきた。キューバの平均寿命は、感動的なことに75歳で、米国よりもたった1年低いだけである。  オルターナティブな医療には、キューバ内で多くの支持者がある。

 「自然療法は、毒性が少なく、医学的な基礎があります。最も重要なことは、それが科学的に適用できることなのです」

そう語るのは、ハバナの東約100キロ、港町マタンサスの診療所のフベンチノ・アコスタ院長だ。

 「私どもは、科学的な根拠がないものは、ひとつとして受け入れません。オルターナティブな医療は、とりわけ、従来の医学を補完できるのです。1998年には、甲状腺から乳ガンの治療まで、麻酔の代わりに鍼を用いた治療が広く実施されました」

 タムパ(Tampa)にある南フロリダ医科大学のアンソニー・カークパトリック助教授は、キューバの医療制度を詳しく研究しているが、心理的な理由だけからもハーブ療法には価値がある、と語る。

 「少なくとも、喘息で苦しい呼吸をし、パニックに陥っている子どもには、プラーシボ効果はとても効果があります。子どもが呼吸困難に陥っているのに、吸入器を探し求めてある薬局から、また別の薬局へと走るよりはです。それは、何かなのです。政府は、人々に何かを提供しなければならないと感じているのです。そしてその何かは、何もないよりはましなのです」

 パトリコ・アルバレス氏(49歳)は、偏頭痛に常緑植物からの抽出物リコポディウム(Lycopodium)を使っているが、その結果に満足していると語る。

 「長年、誰かが私の頭を斧を動かしているように感じてきましたが、いまは偏頭痛はほとんどありません。あるときでも、我慢する必要はないのです」  だが、一方で、ハバナでタクシーを運転するラモン・エスピノサ氏(29歳)は、懐疑的である。

 「診療所では他に何も利用できなかったので、私はホメオパシー療法のドロップを静脈洞炎の伝染病に使っています。そして1週前にしても、同じほど悪さを感じるのです。私たちのほとんどは、ドロップやハーブやお茶よりも、錠剤の方をもっと信頼していると思うのです。ですが、今のところは、私たちは手にできるものでやりくりしなければならないんです」
 


 Serge F. Kovaleski, With Drugs Scarce, Cuba Tries Natural Cures,
Alternative-Medicine Clinics Provide Herbs and Homeopathic Remedies, Washington Post Foreign Service, March 29, 1999.