2001年5月8日 本文へジャンプ





キューバの医療

 小さな熱帯の国が、針療法やハーブ薬品を医療に組み入れている。なぜだろうか。その答えは、あなたを驚かせるかもしれない。

 緑が多い通りとして知られるベダド地区のアヴェニダ23。高い鉄製の門、通りから奥まったところにモンカダ・診療所)がある。以前は、個人の大邸宅だったが、現在は、国立ダンス・スタジオ、精神クリニック、作家組織のクラブとして使われている。

 朝早く、この診療所のそばを通ると、隣接した庭で10人から12人の高齢女性たちが、太極拳の練習をしている姿をふつうに目にできる。彼女たちは、高血圧、糖尿病、その他の慢性病にかかっている高齢者むけに政府が支援するグループの会員である。この熱帯の首都にしては珍しく肌寒い朝、すり切れたセーターやズボンを暖かく着こんだ女性たちが、丸く並んで、アジアの屈伸運動やポーズをとる練習をしているのだ。

 この塀に囲まれた中庭の外では、老若男女が通勤途中で、沸かした魔法瓶から早朝のコーヒーを入れているショップに群がり、ハバナはその通常のあわただしい日々のペースに向けて暖まりはじめている。

 モンカダ診療所から数メートル下れば、一人の青年が、拾い集めたエアゾールの缶をしつこくすすめる。このミニ企業家は、たった数ペソで、使い捨てライターにガスを詰め替えてくれるだろう。こうした態度は、学校の教室にある子どもの机や椅子から立ち現れているようにも見える。机の上には手で書いた落書きがある。

 「Se llenan fosforeras」

 先進国ではちょっと調子が悪くなれば捨ててしまうものをリサイクルするという運動は、1959年の革命以来、この小さな社会主義国の伝統となっているが、それが国を維持・存続させている発明的な生き残りの技能の証でもある。普通のキューバ人は、その成果を称賛しても、それは「invento」の結果であるとして、無視してしまうことだろう。
「invento」とは翻訳すれば、「経済の必要による独創的な発明品」のことだ。

 だが、現在、改革中の国家福祉医療制度ほどこのユニークなキューバの原則が際立って目立つ分野は他にはあるまい。キューバの人口は1130万人だが、その全域で、病院の救急治療室に行かなければならないにしても、ただ健康診断のために近隣のクリニックを訪ねるにしても、伝統的な療法とオルターナティブ医療を組み合わせたもので治療されることになるだろう。実際、キューバの全医療施設には、ハーブ療法に基づく薬局を含め、オルターナティブな診療所がある。

 ハバナのオルトピディコ病院は、大規模な教育施設でもあるが、従来の病棟と並んで、患者たちが骨粗鬆症、関節炎、その他の退行性疾患のため、泥療法、マッサージと針療法の最新のものを受けている。他のフロアーでは、激しいやけどから思春期のニキビまで、藻を基本とした最先端の皮膚療法を受けるため、患者たちが、広々とした皮膚科の診療所で仰向けにねっころがっている。待合室には、人体を流れる「気」(生命力やエネルギーの中国の単語)の複雑な流れを明るい色で描いた中国の針療法の図がある。もし、あなたが診察を待っていれば、看護婦が、この図をちょっと見て自分の記憶を確認してから、痛みを和らげるために、指圧療法のツボを押すかもしれない。小学校のときから子どもたちが、薬用植物の多様な用途を学び始めるので、オルターナティブ医療はひろく普及している。まず最初に学ぶのは自分たちでアロエ、カモミール、ミントを栽培することで、次に子どもたちはその用途について科学的に勉強する。指圧療法は、キューバでは日常単語となっており、ラジオやテレビの番組で、ツボを押すことでどうふつうの腹痛や頭痛を和らげるかを人々に教えている。

 いったい、キューバは、なぜ、予防医療においてこうした抜本的な転換を行ったのだろうか。この疑問は、2000年後半に、ハバナで開催された「第一回国際オルターナティブ医療会議」で探求されたものの中にある。当然のことながら、その答えは、米国とキューバとの関係と結びついている。1990年代前半にキューバが貿易相手としていた旧ソ連が失われた直後に米国の経済封鎖が強化されると、キューバは途方にくれた。米国製の医薬品や設備は国内に入らなくなり、経済は大混乱に陥った。キューバ保健省は、金のかからないオルターナティブ医療を模索せざるを得なかった。そして、彼らが、作り出したのが、オルターナティブと西洋医療とを統合したシステムだったのである。そして、15年後、今、健康のための「青写真」としてキューバのプランを当てにしている発展途上国もある。

 経済封鎖の以前は、30年間、キューバの医療制度は、ラテンアメリカはもちろん、さらに進んだ国からもうらやまれてきた。平均寿命は高まり、幼児死亡率は急低下し、その数値は、はるかに豊かな国々のそれに匹敵するか、上回ったりするほどキューバは成功をおさめていたのである。だが、その主要貿易相手国の喪失と経済封鎖の強化によって、高度なキューバの医療制度は、たった2年の間に困窮した。キューバ人が「スペシャル・ピリオド」と呼ぶ経済恐慌が1990年代前半に大打撃を与え、全システムは研摩し停止した。痛み止め、抗炎症剤、その他一般的な抗生物質を含め、ごく初歩的な医薬品やビタミンも入手できなくなってしまう。

 「突然、私ども全区でモルヒネが2服しかない状況になったのです。ほとんどの手術が麻酔として針療法を使って施術しなければなりませんでした」

 ハバナで「BIONAT2000」として知られる国際会議を組織化した精神科医、マルコス・ディアス・マステジャリ博士はこう語る。

 「1960年代以来、脇におかれてはいたものの、オルターナティブな医療システムが、平行して着実に機能していたのは幸運でした。私どもは、その実践が急場しのぎになることを期待しました。それ以外の選択枝は全くありませんでした」

 だが、それを構築する間も、キューバの医師たちは、健康の危機的状況に圧倒されていた。トラクタ用のガソリンも種子もなく、国は十分な作物を植えることができなかった。市場にも食卓の上にも十分な食料はなく、多くの人々が12時間続く停電や水不足に耐え、飢えに近い状況下を生き延びていた。5万人以上のキューバ人、とりわけ子どもと老人が、ビタミン不足から神経性の神経障害となった。

 スペシャル・ピリオドが始まると、中国は200万台の自転車をキューバに出荷することで支援しようとした。通常ならば、サイクリングは良い運動である。だが、それは空腹状態下では推奨されるものではない。

「キューバ人民の健康に深刻な危機を引き起こしたのは、肉体活動の増加に結びついた摂取カロリーの大幅な落ち込みでした。食事をとらないか、ちょっとしか食べずに、人々は職場にいくため、何キロも歩いたり自転車に乗ったりしました。いまだに、私どもは、当時流行していた神経障害に対処しています。ですが、今はもうそれは流行病ではありません」とマステジャリ博士は言う。

 マステジャリ博士は、ハバナの国際神経回復センターの東洋医学部長でもあるが、スペシャル・ピリオドの間には、しばしば1日の主要な食事が、ブイヨンとハーブのスープしかなかったことを想起する。そして、夜に寝つくのに空腹を抑えるため、砂糖を混ぜた水を飲んだのだった。経済封鎖の職業への影響を尋ねると、カリブ海のスタイルのストイックで落ち着いた顔つきで、しかし、肩をすくめて、博士はこう述べた。

 「例えば、よく、私の内視鏡は壊れました。ちょうど先日もそうです。それを修理するのは簡単なことだと思われるでしょう。ですが、この内視鏡の端、小さな部品は米国製なのです。そうしたことが、キューバ人の人生のあらゆる場面で増殖したのです」

 いま、全国各地の病院や診療所では、オルターナティブな治療法の効果の臨床試験が行われている。例えば、ハバナのディエス・デ・オクトゥブレクリニックでは、12週間、ホメオパシーによる高血圧の抑制効果の研究が実施された。そして、全体としては、ホメオパシー療法を使うだけで、82%が高血圧を通常の範囲内に収めることに成功したのである。他の場所でも、研究者たちは、骨関節炎、十二指腸潰瘍、そして、外科麻酔の代用品としての苦痛緩和の針療法の成功率を定量化しようと試みている。

 ハバナのオルトピディコ病院の研究によれば、2000年には、ハバナで1,412の手術で針療法は使われ、成功している。


 皮肉なことだが、キューバの医療制度を助けているのは、米国人である。統合的な医療モデルの実施支援者として称賛されている80歳の鍼師、教育者、フロリダ、マイアミのラルフ・アレン・デール氏である。氏は、交響曲のミュージシャンとして成功した経歴を持つが、メニエール病(注)にかかってしまった。そして、針療法でうまく自己治癒した後に、米国の中国医療の大御所となったのである。デール氏は、マイクロ針療法システムとして、耳へのポール・ノギエルの研究から得られた手法を用いることで革新的な針療法を開発し続けている。さて、デール氏やそれ以外の現代思想家によれば、肉体のごく一部分も全体の小宇宙として働いているという。デール氏はこう語る

「キューバ人たちは、とても信じられないことに、あなたの思想を吸収し、かなりすばやくそれを創造的に適用してしまうので、それが、自分のアイデアであったと認識するのが困難なほどです。そして、彼らはすべてを最大限に使っています。私が10年前に寄贈した一冊の本がマタンサスの診療所で医大生用の教科書になっていました。ここでは何も無駄にはなりません。それはとても喜ばしいことです。今後10年、キューバが生み出したことは、それ以外の国も後に続くことができる医療のモデルになれるのです」

 そして、デールはこう言い足した。

 「キューバには、病気の治療制度ではなく、本当の医療制度があります。なぜなら、ここでは病気はビジネスではないからです」
 


 Barbara Jamison Alternative Health Care Flourishes in the Caribbean, May 8, 2001, Consumer Health Interactive.