2007年6月25日 本文へジャンプ


シッコほど簡単ではないキューバ医療



貧しい国だが心臓手術もタダ

ハバナ 5年前に心臓発作があった後、ホセ・ルイス・カブレラ氏は冠状動脈のバイパス外科手術を受けたが、妻は食料や清潔なシートを病院に持参しなければならなかった。だが、夫妻は手術そのものには1円もかからなかった。

「とても感謝しています。彼の命を救ってくれました。米国なら、信じられないほどの大金がかかったでしょう」

妻のダイジィ・マルチネスさんは事務所の清掃婦なのだが、こう語る。キューバの病院は、設備はボロボロだし、器材や医薬品も不足している。だが、フィデル・カストロ政権が打ち立てた医療制度は、発展途上国の資源しか用いずに、豊かな国に匹敵する成果を生み出している。

 専門家は、普遍的な無料の予防医療を重視し、高い治療費がかかるようになる前に、すぐに医者に診てもらい、病気を治療するからだと語る。

 キューバの医療制度は、マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画「シッコ」でも持てはやされた。ムーアは、米国の医療制度は、国民の健康よりも保険会社や製薬企業の利潤の方を重視していると主張し、米国とは違ってキューバでは治療代がかからない点を指摘する。

 WHOの統計を見れば、米国の平均寿命77.9歳と比べてキューバは77.2歳と米国に匹敵しているし、5歳以下の幼児死亡率はキューバでは1,000人当たり7人だが、米国では8人だ。ところが、一人あたりの年間医療費では米国の6,096ドルに比べ、キューバはたった229ドルしかかかっていない。米国は26倍以上も医療コストがかかっているのだ。

輸出のための医師


 キューバには、7万3000人と国民一人当たりでは米国の2倍もの医師がいる。だが、最近は、石油と引き換えに、政治的同盟国であるベネズエラのスラムでの治療活動のために、1万5000人もの医師を送り込んでいる。この医師輸出が、キューバのファミリー・ドクター制度には打撃となり、病院では長く待たされるようになっている。例えば、マイケル・ムーアが2007年の3月に呼吸器障害の患者にタダで診断を受けさせたハバナの病院では、イボネ・トレスさんが、予約の待ち時間に仏教の本を読んでいる。

「治療はまだかなり良いのですが、6年前には100万倍も良かったのです。いつも同じお医者に診てもらっていましたから」

と頻拍誘発性心筋症に苦しむトレスさんは言う。

「良いのは、タダなことです」とトレスさんは言うが、薬が不足していて、市販薬を買わなければならないことさえあることを付け加える。

 マイケル・ムーアはキューバではダダの治療を受けたが、ほとんどの外国人は治療代を支払う。これを「上下分離方式」と呼ぶ批判者もいる。アルゼンチンのサッカーアイドル、ディエゴ・マラドーナ等の有名人や共産党の指導者のためには、エリートのための病院が確保されているのだ。

「エリートのための病院は、ここと同じほど優れています。ですが、庶民向けの病院は悲惨なものです」と、マイアミのバプテスト病院の救急治療室で働くキューバ人のレオネル・コルドバ医師は言う。氏は、医療援助のためにジンバブエに派遣されたが、2000年に亡命した。氏は庶民の病院では、タオル、シーツ、石鹸といった身の回り品や食料すら持参するのだと語る。

 医療制度は1959年のカストロの革命の成果のひとつとされるが、キューバ政府を批判する者たちは、医療他の社会益は、一党独裁国による政治的自由の犠牲によってもたらされていると語る。

「とはいえ、発展途上国では金のかかる医療を受けられませんから、キューバの予防医療は経済的にも意味のある良いモデルなのです」と、キューバの医療制度について最近ドキュメンタリー「Salud!」を政策したゲイル・リードさんは語る。

 ダブリンのボーモント病院の移植外科医、デヴィッド・ヒッキー博士は、ハバナ大学の名誉教授でもあるが、キューバは予防医学に基づくプライマリ・ヘルス・ケアでは世界のリーダーだと語る。心臓、腎臓、膵臓、肝臓移植でキューバの医師に教えるものが何もなかったと言う。

「キューバ人たちが成し遂げたことを目にすることは、豊かな西側諸国から来た者にとっては、とても反省させられる経験となります」と氏は述べる。

 何十年も米国の経済封鎖が続くため、キューバはやむなく、自前でバイテク産業を発展させてきた。移植手術の拒絶反応を防ぐ画期的な医薬品も作り出している。例えば、世界で初めて髄膜炎B型ワクチンを開発したのもキューバだ。だが、第三世界では利用可能だが、経済封鎖のためにヨーロッパや米国では使えない。

 ヒッキー医師は、キューバの医療予算が、彼の病院よりも少ないと語る。
「キューバは、これと同じ予算で1100万人の治療を行い、こと平均寿命、幼児死亡率、ワクチン接種率については、我々よりも優れた医療をしているのです」


 Anthony Boadle, Health care in Cuba more complicated than on SiCKO, Reuters, Jun. 25, 2007.