KINTA 手筒花火
下野手筒会「しもつけてづつかい」

   愛知県の豊橋に私の親方(味岡伸太郎氏)が住んでおり、手筒花火の発祥の地であり幾度となく目にしていた。ある日親方とカメラマンの山本典義氏(手筒熱狂者)が、益子に立ち寄り話をしていたら、手筒を益子のモサが打ったらより祭りが盛り上がるぞということになった。名ばかりの会長に私が任命され、益子で手筒を上げるという大変な許可をとってくれたのは中山、神谷、山口、という祭り好きのメンバーだった。7月24日遂に勇士10名は益子の夜空に手筒の火の粉とひとつになった。

   手筒花火とは、地面に横におかれた直径20長さ約80センチの手筒花火を最初、足でおさえ「よおーーーーーーー」という掛け声から点火され、煙と火と共にゆるやかに持ち上げ、ほぼ垂直にかかげた時点で、無数の火の粉を浴びながら、静止する。わずかに30秒から40秒後ハネと呼ばれるラストにズドンと底が抜け、終了する。実にシンプルな花火だがこれが実に奥行きがあり深いのだ。本場の豊橋の手筒は次から次へと3人1組みでひたすら打ちまくる。火の吹き出し口が肩より下の方が男であるとか、腰を深く落としたほうがいい等それぞれの美学があるようだ。当然、見ている人々に美しさをお見せできるのだが、火の粉の大雨の中にじっとたたずむ本人が、一番感慨深いだろう。見るとやるは大違い。花火を打った後、何度もその感覚が、ふとした時や、色んな時によみがえり心に栄養がしみ渡っていく。当然のごとく赤い鉄の玉が皮膚にくいこみ、いろんなところが火傷するが、さしてなんという事もない。

   年に1度くらいは真っ白になれる時を持つのはいいことだと思う。来年もまた手筒を抱くのが楽しみです。

下野手筒会
    開演前の緊張
火の粉を浴びる
 
  撮影 宮田明里
  "下野手筒会について"
"益子・道祖土の山車"