夕方、近くの公園に散歩に行った。
その公園は、中央に大きな池があって、その周りを木々がずっとならんで植わっている遊歩道といくつかの広場が取り巻いている。
その遊歩道は木々と土の匂いがつよくて、私は鼻をふくらませてその匂いをかぎながら歩く。
私は一人で歩くのが好きだ。
一人で歩くときはすこし早足で歩く。
ただ歩く。
ひたすらに前へ前へと。
そうしていると時々奇妙な感覚にとらわれる。
その感覚は本当に時々しか感じないのだけれど、私はその感覚にとらわれたくて、毎日毎日歩くんだろう。
それは、ふいに聖様があらわれてこちらへと歩いてくる。
ただ、まっすぐと、こっちに向かって。
そういう感覚だ。
その時私は、あぁ、聖様だ、と思う。
なんで、とか、本当に、とかではなくて、あぁ、聖様だ、と。
聖様は微笑をその美しい顔に浮かべてこちらに歩いてくる。
きっと聖様にはわかっていたのだ、こちらから私が歩いてくるのが。
だって聖様はなぜだか知らないけれど、いつも私の心がわかっていたのだから。
私と聖様はどちらも走ったりはしない。
一歩ずつ、一歩ずつ、地面を踏みしめながら歩く。
互いの姿をしっかりと確認しながら。
そうでもしないと相手がたちまちにまわりに霧散して消えてしまいそうだから。

近くから音楽が聞こえる。
聞こえるほうへと歩いていくと、池の近くの小さな広場で数人の若いお兄さん達がギターを持って、それぞれがそれぞれの歌を歌っている。
その周りではバスケットをしている人達や、スケボーをしている人達、
そして何組かのカップル。
私は近くにあった屋台でたこ焼きを買って、石段に腰掛けて食べた。
カップル達を見下ろしながら。
彼らは互いに談笑していたり、静かに水面を眺めていたり、口づけをかわしていたりする。
そんな彼らを見ていると、私は悲しくなってくる。
彼らはそれぞれ違っているけれど、彼らは皆、私の持っていないものを持っているから。
それは思いの人と同じ時を過ごしている、ということ。
それは今の私が持っていないものであり、そして願っても手にはいらないもの。
家に帰れば、私を思ってくれていて、私の傷ついた心を癒してくれる可南子がいるけれど、
でも・・・可南子はどこまでいっても可南子でしかないから。
決して聖様のような存在にはなりえない。
だから、今、幸せなカップルを目の前にして私が感じている悲しみを可南子が癒してくれることはない。
だって、この悲しみを癒せるのは聖様だけなのだから。
他の誰にもその代わりを出来る人はいないのだから。

見上げると、空はすっかり暗くなっていて、
はりだした木々の枝と紅葉しはじめている葉が、夜空にすこし明るい墨色の濃淡をつくっている。
今、聖様もどこかにいて、
私が見上げているこの空と同じ空をどこからか見ているのだろうか。
見ているのだとしたら、
早く、早く、帰ってきて、祐巳の隣に帰ってきて、
と、そう叫んでいる私の心が聞こえているのだろうか・・・。


家に帰ると、寝室で可南子が寝ていた。
私は服を着たまま布団に入り、可南子を抱きしめて、口づけをした。
可南子はすこしだけ苦しげに身動きをして、

「寒い。」

と、つぶやいた。
そして目を開け、私の顔をしっかりと見据え、

「おかえりなさい。」

と言った。
だから、私は、

「ただいま。」

と言った。
今、私の隣にいる愛しい人の体温をすこしでも感じるためにしっかりと抱きついて、
愛ではないけれど、それに限りなく近い感情をこめて頬ずりをしながら。



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〜一息〜
話のつながりをおもいっきり無視して祐巳ちゃんの話をいれました。
もしかしたら完結したあとで順番は入れ替えるかもしれませんし、そのままにするかもしれません。
きまぐれな管理人なものですから許してください。