かなえてほしいこと



秋。
食欲の秋ということだけはあって、とにかく食べ物がおいしい。
そして食べ物がおいしいと会話もはずむ。
私が今いるケーキ屋『フランシス』も学生やOLでにぎわっていて、
みな思い思いのケーキを食べながら、楽しく談笑している。
今日は日差しの柔らかい日だったので、私はテラスにある席に座っている。
それにここからだと待ち人をすぐにみつけられるし、向こうも気づいてくれるだろうから。

私は持ってきた本を読みながら、それでも時々あたりをみていると、
私の待ち人が、トレードマークのかわいいツインテールゆらしながら近くまでやってきた。
キョロキョロと辺りを見回している。
どうやら向こうは私を見つけられずにいるみたい。
だから私は

「祐巳ちゃ〜ん、ここ、ここ。」

と呼んであげた。
すると相手も私に気づいて、ぱあっ、とうれしそうな表情になって、足早に店へと入っていった。
ほんとうに感情がすぐに顔にでる子だ。
だから私に気づいて、うれしそうな表情を浮かべられると心から喜べたりする。

「すみません、聖様。待ちました?」

待った?と聞かれて、待ったよ。なんて答えるような野暮なことを私はしない。
第一、そんなことを言うカップルなんているのだろうか。
デートっていうのは恋人を待つ時間も含めてデートだと思うわけで。
だから私は

「ううん。
 それより祐巳ちゃん、いつまでもたってないで座って。
 あ、店員さ〜ん。モンブラン二つに、紅茶、あとコーヒー追加でおねがいします。」

「はい、かしこまりました。すぐにおもちします。」

「あ、祐巳ちゃんモンブランじゃないほうがよかった?」

「いいえ、別になんでもいいですよ。」

「そう、よかった。いや〜ここのモンブランってこの季節限定ってだけあってとってもおいしいんだよ。
 私もこの季節になるとよくここにくるし。」

「そうなんですか。でも聖様ってよくこの近辺にくるんですか?」

「ああ、そうか。確かに祐巳ちゃんの行動範囲とは全くの逆方向だからね、ここは。
 うん、よく来るよ。ここらへんってあんまりリリアンの子達には知られてないんだけど、
 おいしい料理屋さんとか、いい洋服をうっているお店が結構多いからね。
 祐巳ちゃんこの町に来るのもしかして初めて?なら、色々案内してあげる。」

「え・・・、でも、どこかに行く予定があったんじゃないんですか?」

「いや、実は今日は予定たててきてないんだ。だからね、いいでしょ。」

「はあ、まあ別にかまいませんが。」

なんだか祐巳ちゃんはにえたぎらないような返事をして、
もしかしたら、何処か行きたい所でもあったのかなと思って、

「何、祐巳ちゃん。何処かいきたいところでもあった?」

「いいえ、ありませんけど。」

「なら決定ね。でもなんで祐巳ちゃん、ため息なんかついてるの?」

「はあ・・・。普通デートに誘っといて行き先を決めてない人がいますか?」

「うん、目の前にそんな人がいるじゃない。」

はあ・・・。と祐巳ちゃんはまたため息をついたのだけれど、そのため息は蓉子が私に対してついていた
ため息になんだかよく似ていた。

もちろん予定をたてていないわけではない。
本当はK駅に行って、映画を見るつもりだったのだけど、
K駅にいったらリリアンの生徒達に会ってしまうかもしれないから。
今ではもう祐巳ちゃんも紅薔薇様。
それに祐巳ちゃんはこれまでの薔薇様とはちがってとても親しみやすい人柄だから。
だから町でデートをしているときでも声をかけてくる生徒がそれなりにいたりする。
で、祐巳ちゃんは優しい子だから、そのたびに愛想よく相手をするのだけれど、
私はそのたびに複雑な気分になる。
嫉妬とかいう気持ちではないのだけれど、

どうして私だけを見てくれないの。今は私とのデートの最中なんだよ。

というような気持ちをどうしても祐巳ちゃんにいだいてしまう。
もちろんこれは私の我が侭なのだけれど、
でも、やっぱりデートの最中は誰にも邪魔されずに心穏やかにすごしたい。
だからちょうど良かったのだ。
この町ならリリアンの子達にでくわすこともなく、
祐巳とのデートを楽しむことが出来るのだから。

そんなことを思っているうちにケーキが運ばれてきて、

「さあ、祐巳ちゃん。どうぞ遠慮なく召し上がれ。」

「あ、ありがとうございます。それじゃあ遠慮なくいただきますね。」

「うん。どうぞ、どうぞ。」

「う〜ん、とってもおいしい。ほんとおいしいですね、このケーキ。」

そう言ってケーキを食べる祐巳ちゃんは、本当においしいものを食べているという表情をしていて、
この表情を見れただけで私はこの店に祐巳ちゃんを連れてきて良かったと思えてしまう。

「ね、おいしいでしょ。特にこのクリームが絶妙なんだよね。」

「ええ、本当に。それにこの紅茶もとても香りがいいですし。」

「だったら帰りにその紅茶買っていく?ここは紅茶も売っているから。」

「ホントですか!だったら是非買って行きましょう。そしたら私が淹れてあげますから。
 聖様もたまにはコーヒー以外のものを飲まないと健康に悪いですよ?」

「あはは、そうだね。でも、祐巳ちゃんの淹れる紅茶かあ。なんだかとっても甘そうだなあ。」

「あ〜どういう意味ですか、それは。それに何笑ってるんですか。私は聖様のためを思って言ってるんですよ。」

「くすくすくす。ああ、ごめん、ごめん。だって怒った顔の祐巳ちゃんの表情もかわいいんだもの。」

とたんに祐巳ちゃんは茹蛸のように顔を真っ赤にして、

「も〜何言ってるんですか!聖様のことなんかしりません!」

そういって祐巳ちゃんは顔を真っ赤にしたままそっぽを向くのだけれども、
だからその顔がかわいいんだってと私は思いながら、
やっぱり私は笑ってしまうわけで。

ひとしきり笑ったところで、これ以上笑ったら本当に祐巳ちゃんが怒っちゃうかなと思って祐巳のほうを見ると、
もう祐己ちゃんは怒っては無くて、ずっと私の鞄のほうをみている。
私は不思議に思って、

「ねえ、祐巳ちゃん。どうかした?」

「ええ・・・。いえ、それ本ですよね。聖様が本を持ち歩いているなんて珍しいなあと思って。
 その本はどんな本なんですか?」

「ああ、これ。まあこれは童話かな。ありきたりなお話なんだけどね。」

それはなんとなく大学の図書館で借りた本で、ほんとうによくあるお話の童話だ。
魔女やなんやらがでてきて、主人公の願いを叶えてくれる、そんなお話。
本当によくある話。
けれど、思う。
もし、いま自分が、何か願いを叶えてあげよう、そう言われたら私は何を願うだろう?
そんなの改めて考えるまでもなく決まっている。
今の私なら、
祐巳ちゃんの腕に抱かれて最後を迎えること。
それ以外には考えられない。
自分の最愛の人と一緒に、楽しい時をたくさん共有して、
時々すれ違いや、互いに反発しあったりして、つらい事を経験して、
でもそれをやっぱり最後には二人で乗り越えて、
そして二人の絆が以前よりもすこしだけ深まって。
そんなことを何回も、何回もくりかえして、
数年が過ぎて、また数十年が過ぎて、
そのうち二人ともおばあちゃんになって、
そして最後には愛しい人の腕に抱かれて、
その温もりを肌にしっかりと感じながら安らかに逝く。
これ以上に幸せなことがあるだろうか、いや、ない。
少なくとも今の私にとってこれ以上に幸せな願いなんてない。
そう、私にはこれ以上の願いはない。
でも・・・・・・でも祐巳ちゃんはどうなのだろうか?
私と同じようなことを願ってくれるのだろうか?
それとも全く別のことを願うのだろうか?
祐巳ちゃんが何を願うのか、なんだかとても気になった。



「ねえ、祐巳ちゃん。」

「なんですか、聖様?」

祐巳ちゃんは私が突然真剣な表情になったので、すこし訝しげにしているけれど、
私は聞かなきゃならない。
だって、それはとても大切なことのような気がするから。

「ねえ、祐巳ちゃん。この本の中で妖精が出てきて、主人公の願いを叶えてあげようと言うんだけど、
 祐巳ちゃんなら何をお願いする?」

「願いを叶えてくれるんですか?」

「そう、どんな願いも叶えてくれるの。けれど一つだけ。」

「一つだけですか?う〜ん、私なら何をお願いするかな?」

考え込む祐巳ちゃんを見ながら、私の心は、
どうか私と同じことを願って、という思いと、
全く違うことを言われたらどうしよう、という思いとで、
希望と不安とが入り乱れていたのだけれど、
でも、祐巳ちゃんの出した答えはそのどちらでもなかった。

「ごめんなさい、聖様。なんか色々うかんじゃってすぐに一つには決められません。」

色々、色々って何?
私の事が一番じゃないの?
私と一緒にいるよりも別の誰かと一緒にいたいの?
それは祐巳ちゃんの家族?
そりゃ祐巳ちゃんの家族は本当にいい人たちばかりだけれど、
私は祐巳ちゃんの恋人なわけで、
それは祐巳ちゃんにとって今一番大切な人は私なんじゃないの?
だったら・・・

けれど、こんな私の思いを祐巳ちゃんに言うことなんて当然できなくて、
だから私は・・・

「いや、ごめんね。こっちこそ突然こんなこと聞いちゃって。
 まあ確かに色々浮かんできちゃうよね。」

「はあ・・・。あの、聖様だったら何をお願いするんですか?」

「私?それは内緒だよ。」

「え〜そんな。人に聞いといてそれはないですよ。」

「だって、祐巳ちゃんは話してくれないんだもの。祐巳ちゃんが話してくれたら話してあげる。
 さあ、それよりそろそろ外にいこ。」

そういって足早にその場を離れた私の後から、
あ〜待ってくださいよ。とすこし非難めいた声を出しながら祐巳ちゃんがかけてきた。
本当はおしえてあげてもいいんだけど、
でもなんだか今私だけが言うのは祐巳ちゃんが‘ずるい’と思ったから。
それに今のなんだかもやもやした心で言いたくはなかったから。
どうせ言うなら、この秋空のように澄んだ心で言いたい、そう思う。



店をでたあと私達二人はウインドウ・ショッピングをして楽しみ、
私のお勧めのハンバーグ屋でおいしい夕食をいただいた。
途中でリリアンの生徒に会うこともなく、とっても楽しいデートだったのだけれども、
その最中でも私の心のどこかにはもやもやとした不快な感じがあって、
結局それは祐巳ちゃんにさよならを言って、自分の家に帰宅した後も消えることはなかった。



帰宅しても心のもやもやは消えなくて、
私は、私をこんな風にする祐巳ちゃんをすこしうらめしく思った。
それと同時に祐巳ちゃんにこんなにも依存している自分の心に気づいて、
なんだかそんな自分にすこし腹が立った。

もう、どうでもいいや。早く寝よ。

そう思ってベッドに横になり、そこで携帯を見てみるとメールが一通、祐巳ちゃんから届いていた。
なんだろうと思ってそのメールを開くと、


       聖様といつまでも、いつまでも一緒にいること。
       それが一番叶えてほしい願いです。


そこには確かにそう短く書かれていて、
それを読んだとたん心のもやもやなんか直ぐに消し飛んでしまって、
なんだか今までの自分がひどく馬鹿らしくなって、
同時にあまりにうれしくて、おもわず涙が溢れそうになって、
こんなに幸福な気持ちになれるのなら、
今は心がたっぷり祐巳ちゃんにつかっててもいいや、とそう思えた。
それに今度は私が祐巳ちゃんに私の願いを教えないと。

私はそのメールを消してしまわないように保護をかけ、
だれもいない薄明かりの天井にむかって、

おやすみなさい、祐巳ちゃん。

そう言って、幸せな気分に包まれながら私はまぶたを閉じた。

まぶたを閉じると、そこには顔を赤らめて携帯に向かっている祐巳ちゃんの姿があって、

その姿がしばらくの間、目にはりついて離れなかった。



なお、後日談ではあるが、デート現場には運悪く新聞部の部員がいたらしく、祐巳ちゃんはしばらくの間、
ひつこく新聞部に追い掛け回されたそうだ。







〜あとがき〜
今回は聖様と祐巳ちゃんのデート話を書いてみました。
個人的には甘〜いお話のつもりで書きました。十分甘いお話にはなっているかな?
こんなのもいいなとおもったわけで。う〜んでもどこか単調な感じになっちゃうんですよね。はあ・・・・・・。
読んでくださった方々、よければ感想なんかありましたらBBSにでも書き込んでくださればありがたいです。
やっぱり読んでくださった方々の反応ってのは気になるわけで。
それに思ったことを書いてくださると今後の参考なんかにもなりますので、
お暇だったらおねがいします。
ではでは〜。







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