ここは和風茶房日向の二階にある、私の部屋

今日は東大の合格発表から十日後、つまり

あの日から三日後



 




ふたりの、ものがたり            第九話



 




あの時素子を怒鳴ったのには

『・・・・・・お前らに・・・干渉される謂われはない!!』

自分でも驚いた。

別にパラノイアではないし、何より大声を出すのは趣味じゃない

パラノイアなら―――妄想症なら、どれほど楽なことか

それならこの胸を締めつける痛みを全部引っ掴んでその世界に行ってやるのに

私が怒鳴ったのは

私が

アイツを――――

・・・カラン

琥珀色の液体と氷が入ったグラスを揺らす

「もうこれで・・・何本目だろうな」

部屋の座卓の上にはビールの缶、ウイスキーの瓶、スコッチのボトルなどが綺麗に並べられている

もちろん日本酒・古酒・泡盛・チューハイ・ワインなんかも・・・本当にたくさん。

・・・よくもまあこれだけ呑んだもんだな

・・・しかも、三日で。

それらの中には後から載せられたものに押し出されて床に転がっているものもある・・・中身は全部、カラ

「このグラスが最後か・・・」

もう人差し指の第一間接くらいの深さしかないし・・・フン

グイッ・・・

一気に煽る

味が、しない

もう舌が馬鹿になってる

ブンッ

――――ガシャァアッ!

氷が入ったグラスを格子状の窓の間の壁に投げつけてやる

・・・見事にばらばら。

床に転がった氷が室温でゆっくりと溶けて、表面に薄い膜を張っていた酒も、床のシミになる

両膝を立てて合わせ、それに顔を伏せる

「私の・・・・・・馬鹿」












―――――三日、前

「景太郎?」

景太郎が返事をしてくれない・・・なんで

『そうですね』って・・・何?

自分で相手に同意を求めたんだ。その意味ぐらいわかる・・・・・・例え皮肉でとはいえ

脳が拒否した

その『コトバ』を受け入れることを

だから

だから呼びかけた

震える声を気づかれないように・・・少し大きな声で

「景太郎!」

それでも景太郎はこっちを見てくれない

どこか遠くを見ているようなそんな瞳

胸を掻き毟りたくなる――――そんな不安が湧き上がって

胸の奥が異常な速さで鐘を鳴らす



今考えれば・・・・・・それは

――――――――――――警鐘に、違いなかったのに。

その大好きな

見つめられるだけで震えがくるその瞳に自分が映っている事を

・・・無性に・・・無性に確認したくて――――――

景太郎の肩を掴んでこっちを向かせる





 


涙?

 






――――息が、止まる

なんで・・・・・・と思う間もなくアイツは――――――

笑った

今までに私が見たことのない

色々な――――そう

喜び

哀しさ

諦め

そしていつもの・・・慈愛

それ以外にも私が見つけられなかった混沌とした感情が描く

超然とした笑顔

なにもかもを包み込むかの・・・ような――――

涙を流したまま景太郎は笑い・・・そして

何らかの言葉を言おうとして・・・・・・諦めた様だった

そしてFAX機の前から離れ、後ろを向いて――――

玄関に向かって・・・・・・歩き始めた

「お、おい・・・」

その行為が意味する

・・・・・・意味する、ところは――――!?

機械から吐き出される紙なんて知ったこっちゃなかった

なんで

なんで――――景太郎・・・・・・!

振り返った拍子にFAX機を備え付けてる台に足をぶつけて、今までに吐き出された紙が床に散乱する

邪魔、だぁ!

景太郎はもう、玄関に――――

「景太郎!!」

呼ぶ。だが・・・止まって くれない

なんで

なんで

ごめん ごめん ごめんなさい

ゆるしてよ ねえ けい―――

景太郎はそのまますぐ近くの路面電車に飛び乗り―――――――――


「けいたろぉぉぉぉぉぉ!!!」


ペタンと玄関にへたり込む

目から溢れて

・・・頬を伝う

冷たい

冷たい

・・・涙

そんなことしてたってアイツは

景太郎は

帰って きやしないのに

景太郎

景太郎

けい、たろう――――――――――――――――――――――――












はあぁ・・・

この三日で一生分の溜め息と涙を出し尽くした気がする。

「・・・けぇたろぉ」

ゴロン

膝を抱えたまま横に 倒れる

酒と

涙の匂いがする部屋の床に

嘘だ

出し尽くしてなんかない

あいつの

愛しいあいつの名を口にするそれだけで

・・・それらは、幾らでも――――――

・・・特に上から出てくるやつ

いくら泣いてもあの瞬間は戻らない

・・・わかってるよ・・・そんなこと

だけど・・・

「・・・・・・っ・・・!!」

ベッドの枕をとり、顔を埋めて嗚咽を押し潰す




『―――――――――ね』




!!




『――――――――すね』




音が




『ええ――――そうですね』




戻ってくる

なんで

――――――よかったな?迫ってもらえて

なんで

――――――んー?あいつも可愛いし、嬉しかっただろぉ

「あんなことぉっ・・・!!」

枕に額を叩きつけ、なんとかその衝動を押さえつけようとする

できない

できないよ

「けぇ・・・た・・・っろぉ・・・!!!」

少しからかって

「ヤだ・・・ヤだよぉ」

あいつが困る顔が

「行か・・・ぁいでよぉ・・・」

あいつが照れる顔が

「・・・・・・っっ!!」

見たかった 

・・・私を気にして欲しかった

私を見て欲しかった

――――だけど

私が言ったあの言葉たちはきっと

アイツ・・・を傷つけたんだ

あの底抜けに・・・バカみたいに優しい――――景太郎を

胸が痛い

アイツの傷ついた顔

「・・・・・・めん・・・」

アイツの聞いたことのない哀しい声

「ご・・・ぇん・・・・・・」

見たことのない『私が』傷つけた顔

「・・・ごめん・・・」

涙と一緒に浮かべた笑顔は

「わ、たしは・・・そんな、つもりで・・・」

泣きじゃくっている顔より

傷ついたような顔より

なにより

なにより

――――――『哀しかった』 

まぶたの裏にいるアイツに、かぶりを振りながら

ただ

ただ

・・・謝る

そうしなければ

アイツの顔を思い出しただけで――――

「痛い・・・・・・いたいよ・・・」

冗談でも 妄想でも なんでもない

胸が

傷つけた痛みを自分にも

――――――刻もうとする

これはアイツの

景太郎が感じた 痛み

どんなに謝っても

どんなに泣いても

アイツは・・・まぶたの裏にいるアイツは

泣きながら・・・笑ってる

刻み付けられた本当に『哀しい』顔

この三日間で――――アイツを

忘れようと

したんだ

もうダメだって

もう嫌われたって

もう私のこの『一部』が埋まることはないからって――――――――――――

それがひなた荘の石段を降りながら考えたプラン

素子と話している時に笑ったのは

私が自分で考えている以上にアイツに支配されていたから

私が自分で考えている以上に

景太郎を・・・・・・

「ごめん、な・・・」

それを――――――自覚したからだ

ずっと、意識はあった

日向であいつらに見つかって肩を貸してもらって

お茶を出してもらって

それまでの意識は本当にあった

ただ身体が動かなかった

前に思った・・・この考え

『この三年間は死んでいたも同然―――景太郎がいなければ私は死んでしまう』

本当、だな

『フられた』ってそう考えただけで身体が動かなくなった

それなら面と向かって『嫌い』なんて言われたら

・・・心臓止まるだろうな

忘れようとした三日間

そのために捻り出した理由たち

・・・でっちあげようとした、理由たち

情けない顔

頼りなげな声

気弱げな瞳

だけど

それはいつもよりずっとずっと

アイツのことだけを――――考える時間でもあって――――

穏やかで優しい笑顔

温かく沁み込んでくる声

私を映す澄んだ瞳・・・

捻り出した理由

でっちあげた理由たちは私を

簡単に裏切って・・・・・・・・・・・・

結局、どうしようもない

一昨日より昨日

昨日より今日

そして多分今日より明日

私はアイツのことだけを考える

「けいたろぉ・・・ごめん・・・」

――――フン、だ

景太郎の・・・・・・バカ

・・・ぎゅう

ベッドの横幅くらいの長さの枕を胸に抱き締める

「わすれられない、みたいだ・・・」

なんで


「・・・けいたろ・・・」


こんなに


「・・・バカ」


他人になんか・・・惹かれるんだろうな


「・・・キライ」


そうすればこんなに胸を痛めることも


「・・・でも、な」


そうすればこんなに泣くことも


「それでも・・・」


こんなに乱されることも・・・ないのに


「それでも・・・お前が」





・・・なんで





「・・・・・・・・・・・・景太郎が・・・・・・・・・・・・・・」





こんなに好きになってしまう奴に





「・・・・・・・・・・・・前から、ずっと」





・・・出逢って、しまったんだろう





「・・・好き」





神の野郎はやっぱり





「・・・だい、すき」





――――――サディスト、だ





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あとがく時。

こんにちわこんばんわおはようございます凍火です
この間質問を頂いたのですがこの名前は『こおりび』と読みます
・・・まあどうでもいいんですけどね(笑
どんどんややこしくなってますが恐らく皆様のご想像通り彼は(以下自粛)になるんですね。
それではまた次のものがたりで・・・                                       凍火
swdsgr@jomon.ne.jp