ふたりの、ものがたり           第十一話




 



ここは、俺の家。今は真夜中だけど全然眠くないや

なんでだろう・・・少し前からあんまり疲れるってことがなくなった気がするなあ。

少ししかご飯食べなくても(というか食べたくないけど)気にならないし。

カナには「どうしたんですか?」って聞かれたけど、特に理由はないんだよね

・・・ただ、ご飯食べても何も味がしないんだ。んー・・・どんな感じって言えばいいだろう?

飲む物はジュースでも水みたいにしか感じないし、食べる物は紙粘土を食べればこんな感じだと思う・・・食べたことないけど

今なら多分醤油とかでも普通に飲めるだろうなあ

だからあんまり『食べる』ってことをしたくないんだ・・・どうしちゃっただろう、ホントに。

あの日のコーヒーはあんなに・・・美味しかったのに

今日はあの日から五日目。もう少しで六日目になるけど・・・

コンコン

「・・・お兄ちゃん?」



「・・・カナ?」

「はい・・・まだ起きてますか?」

「うん・・・入っておいでよ」

カラカラ・・・パタン

パチッ。ピッピッ・・・パッ

カナが電灯のスイッチを入れ、何回か点滅してから灯りが点く。

カナはパジャマで(猫模様)普段結わえている髪は下ろしている。

「まだ・・・寝ないんですか?お兄ちゃん・・・」

「うん・・・眠くなくてさ」

「最近はずっとですね・・・平気なんですか?」

窓際にあるベッドの上に片膝を抱えて座る俺の隣に、カナがちょこんと座りながら聞いてくる。

「ん?うーん・・・どうだろうね」

正直、よくわからない。自分では平気なつもりだけど、それは当てにできない。味覚だって散々なんだし

「お兄ちゃん・・・」

だけど、それは失敗だった。そう言えばカナが心配しない訳はなかったのに・・・馬鹿だな

カナはいつものきりっとした顔でも穏やかな顔でもなく、ただ心配そうな顔をしてこっちを見ていた。

眉は顰められ、下唇を軽く噛んでいる。泣き出す直前の表情にも似た、そんな顔

「ああ・・・ごめんごめん。そんなんじゃなくてさ・・・」

何が「そんなんじゃない」んだろう・・・あやふやな答え。

「平気だよ?全然疲れてたりしないし・・・ね?」

それでも、俺はこう言う

・・・言わなければいけない

誰かを傷つければ・・・もう誰もいなくなってしまう

「・・・いつまで」

「え?」

「いつまで・・・」

「どうしたの?・・・カナ」

俯いて搾り出すように何かを呟いている、カナ。

「無理をするんですか」

「・・え」

「私はそんなに頼りにできませんか」

ついぞ聞いたことのない、俺に向かって放たれるカナの押し殺したような声

少し震えたようなほんの小さな声なのに、その声ははっきりと聞こえる

「ど・・・どうしたの、カナ・・・」

「私が・・・」

顔を上げ、俺の真正面に座る

眉を怒らせ、唇を噛んで、瞳に涙を満たしたカナが俺を睨み

・・・そして

「頼りにならないかと聞いているんです!!」

叫んだ

・・・いや

叫び続ける

「私だって相談して欲しい!悩みを聞いてあげたいんです!」

「・・・!」

パスッ

そのまま、昔テーブルを破壊したとは思えないような力で俺の胸を叩く

パスッ・・・ポスン

両手で叩きながら、涙を溢れさせながら

訴え続けるのをやめようとはしない

「平気だ・・・って。俺は大丈夫だよ・・・って」

「・・・」

「嘘です・・・そんなに辛そうなのに・・・そんなに苦しそうなのに」

「・・・」

パス・・・ボス

「いっつもいっつも・・・自分だけで抱えて、我慢して、何も言ってくれない」

「・・・」

「私はそんなお兄ちゃんに甘えてばかりで・・・何もしてあげられない」

「そんなこと・・・」

ドンッ!

「あるんです!!」

カナが額を俺の胸に叩きつけて、しがみつきながらそれでも力一杯・・・叫ぶ

・・・そうか

俺は

カナを傷つけて・・・

「・・・ごめん」

「謝らないでください」

「・・・ごめん」

「・・・もう・・・」

みぞおちの辺りがじんわりと温かくなる。

こんな風に泣くカナは初めてだ・・・と思う

いつもこういう時はどことなく猫みたいに甘えてる印象を受けるんだけど、今日は違う

猫が飼い主に見せるような表情とも、妹が兄に寄せる親愛とも違う

・・・多分だけど

ただ飼われてる猫でも、家族としてでもなくひとりの人としての・・・

――――それは何て言えばいいんだろう

言えば相手を傷つけるのがわかっている言葉を、それでも言わなければいけない

・・・そうすることを我慢できない

――――っていうのが・・・一番近いのかもしれない

「・・・カナ」

「私は」

「え?」

「お兄ちゃんに・・・助けてもらいました」

「・・・・・・」

「両親が死んで、ここに引き取られて。その時は正直もう・・・どうでもよかったんです」

「カナ」

「今は違います」

「・・・そう」

「・・・・・・・・・・・・お兄ちゃんが・・・・・・いますから」

「・・・そっか」

「・・・あの時、私は独りでした」

「・・・母さんたちもいたよ?」

「そういうことじゃありません。私の『世界』には・・・私しかいなかったんです」

「・・・・・・」

「・・・だけど・・・そこにひとりの人が入ってきてくれたんです」

「・・・誰?」

ボスッ

胸を叩いた反動でカナがガバッと顔を起こして下から睨んでくる・・・どうしてだろう

それからまた顔を胸に(今度はゆっくり)くっつけて話し続ける。

「その人は・・・温かいんです」

「・・・・・・」

「誰にでも優しくできる、ほんとに・・・ほんとに、すごい人なんです」

「・・・へえ・・・すごいね。誰?」

「・・・・・・」






お兄ちゃんのバカ

・・・「お兄ちゃんがいますから」って言った時も「私の世界に入ってきてくれたんです」って言った時も

――――普通気づきます!

・・・「そっか」って!「誰?」って!?

はあはあ・・・まあ、お兄ちゃんですし。わかってるつもりなんですけどね・・・

でも!

あんなにわかりやすく言っても気づいてくれないのはなんでですかぁ!!

ホントはもっとスマートに慰めようと思ったのに・・・いつのまにかいつもと同じく抱きついてます

いつも私を慰めてくれて、泣かせてくれて、甘えさせてくれて・・・

だからお返しに、慰めに来たのに。

そしてあわよくば襲おうと・・・

・・・まあ・・・あの人とのことも聞こうと思わないでもありませんでしたが

・・・・・・

・・・・・・

・・・それはともかく。

「気づきませんか?」

「えっと・・・うん」

「・・・そうですか」

・・・はあ。

「俺の知ってる人?」

「ええ・・・まあ」

本人です

「うーん・・・」

本格的に悩み始めちゃいました・・・少し悩んでください

・・・もう

「それならいいです」

「え?誰?」

「教えてあげません」

「ひどいなあ・・・」

力ない笑み。だけど五日(もう六日かな)前からしてみたら、すごい進歩・・・だけど

・・・ひどいのはどっちですか。

「ふふ・・・いいんです。気にしないで下さい」

「そう?」

「はい、そうです」

まだまだ以前のお兄ちゃんに戻ってはいませんが、それでも笑ってくれる。

・・・嬉しい

と、そこでお兄ちゃんが不意に真面目な顔になって

「カナ・・・ごめんね」

「・・・どうしたんですか?」

「ん・・・心配させちゃったみたいだから。それから・・・ありがとう」

「いえ・・・そんな・・・」

あんな風に理不尽なほど激しく叫びつけた私にお礼なんて言わなくても・・・もう

私だって、わかってました

お兄ちゃんが抱え込むだけ抱え込んで、自分ひとりだけ苦しんで

それは誰にでもお兄ちゃんがしようと考えているだろうことで・・・だけど

それが――――哀しかった

だから・・・叫んじゃいました

こうやって笑ってくれるのは、少しでもそれが伝わったみたいで・・・

・・・ですけど・・・やっぱり、今

聞いた方がいいのかもしれません

「・・・お兄ちゃん」

「ん?」

「あの・・・えっと」

「どうしたの?」

「い、いえ・・・少し、聞きたいことがあって・・・」

「・・・言いにくいこと?」

・・・妙な時だけ鋭いのは反則です

「ええ・・・少し。でも・・・お兄ちゃんが言いたくなければ・・・その」

「いいよ。言ってごらん?」

真正面から私の目を見つめて、お兄ちゃんが優しく言ってくれる。

普段ならこれだけでもうずいぶん舞い上がれるんですが・・・

今は・・・辛いです

聞きたい

聞きたい

聞きたい

・・・でも

それでもし私が嫌われたら――――――――――――??

フルッ・・・

想像ですらそれほど恐ろしいことは・・・ありません

「カナ?・・・寒い?」

・・・バサ

悪寒に思わず少し体を震わせた私に気づいたお兄ちゃんが、自分のシーツを私にかけてくれます

「春っていってもまだ寒いからね・・・」

「・・・はい・・・ありがとう、ございます・・・」

「?・・・顔も赤いね・・・風邪、かなぁ」

「い・・・いえ。そんなことは・・・」

・・・いくらお兄ちゃんがいない時にくるまってるものでも・・・

・・・これは・・・反則です

「ちょっと待って、今・・・体温計を・・・んー・・・どこだったかな」

がさがさ

お兄ちゃんが体温計を探して荷物を引っかき回してます

平気なんだけど・・・ちょっと嬉しい

「お兄ちゃん?ほんとに平気ですから・・・」

「だめだよ、そんなに赤いのに・・・それに震えてたじゃないか・・・」

がさがさ

引越しのためダンボールに『日用品』と大きく書かれた箱を覗き込みながらお兄ちゃんが言ってくれます

・・・引越し

・・・そっか

お兄ちゃんはもうすぐ――――

「お兄ちゃん」

「んー?もうちょっと待っててね・・・どこだったかなぁ」

「いえ・・・体温計の話じゃないんですが」

「・・・さっきの話?」

「いえ・・・違います・・・その」

「なに?」

手を止めて、お兄ちゃんがこちらを向く。

『もうすぐで引っ越してしまいますね』

・・・言えなかった。

それはなんとなく、だったけど

それでも・・・そう言ってしまうことが

私にその事実を刻み付けることが怖くて――――――

朝 お兄ちゃんと挨拶すること

お兄ちゃんと一緒にご飯を食べること

帰ってからお兄ちゃんがいる部屋に駆け込むこと

お兄ちゃんと話をたくさんすること

お兄ちゃんと一緒に店番をすること

お風呂上りに洗いざらしの髪でお兄ちゃんの部屋に行くこと

お兄ちゃんにおやすみを言うこと

夜中にお兄ちゃんの布団に忍び込むこと

・・・その全てが

もうすぐ

――――なくなってしまう

それが本当に 怖くて――――――――――――

「いえ・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・今日は」

「・・・?」

「泣いて・・・ばかりだね」

「!?」

はっとして頬を触る――――濡れてる

・・・キュ

その手が

――――お兄ちゃんに、握られた

バカ

バカバカ

そんなことしたら私の

私の唯一目の前にいる人だけにはただでさえ緩い涙腺が・・・


タッ ポタ ポトッ


本当に・・・本当に静かな部屋に

私の目から溢れた涙がベッドに落ちる音がほんの微かに聞こえます

それはまるで小さい頃に怖いながらも聞きたかった

遠くに遠くに聞こえる

遠雷のように部屋に・・・私の耳に響いて・・・






こんなに・・・哀しんでくれるなんてなぁ

カナはこうやって手を握られるのが好きみたいだから握ったら・・・もっと泣いちゃった

涙を零しながら、じっ・・・と小さい子みたいな視線を俺の目から外そうとしない。

・・・少し恥ずかしい

でもなあ・・・うーん、どうしよう

・・・あ。

「体温計・・・探さなくちゃね」

「・・・・・・」

ギュ

「・・・カナ?」

掴んでいた手を離したらカナが握り返してきた

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・お兄ちゃん」

「・・・ん?」

「お願いがあります」

「・・・なに?」

「・・・・・・を」

「え?」

「手紙を・・・下さい」

「手紙?」

「・・・はい」

「手紙って・・・?」

「向こうに行っても・・・忘れないで欲しいから」

『忘れたりしないよ』・・・そういうことを言うよりも

「・・・うん」

ただ、そう言う方がいいような気がした

「・・・約束、ですよ?」

「忘れないよ」

・・・スッ

カナが俺の手を掴んでいた手を離して、小指を出す

「・・・・・・」

じっとこちらを見てくる、カナ

・・・こんな目をされちゃ、なあ

キュ

小指同士を繋いで、カナを見る

「約束・・・ね?」

「絶対ですよ?」

「もちろん」

そういうとカナはにっこりと笑って

「今日はこれで・・・勘弁してあげます」

「・・・ありがと」

自然と俺も笑えた。

・・・元気になってよかったな

あ・・・そういえば

「体温計・・・探さなくちゃね」

「・・・・・・」

ふいっ・・・と指を離す。

・・・なんかカナが膨れてるような・・・気のせいだよね

がさがさ

「あ・・・あったあった・・・はい、カナ」

「だから風邪じゃ・・・」

「ダメだよ、そんな赤い顔してるのに」

「・・・はぁい」

カナが「子供扱いして・・・」とか言いながらも体温計を口に含む。

「確か寝る前に飲む薬があったはずだから・・・水汲んでくるね」

こくこく

口に体温計を含んでいるカナが首を縦に振って答える。

「じゃ、すぐ戻るね」

こくこく

普段は首の後ろで結っている髪をふわふわと揺らしながら、カナが頷く

そんなカナに笑いかけてから部屋を出る。

カラ・・・パタン

部屋を出て左に曲がり、少し歩く。

台所はここをもう少し行って店の売り場の正面を通った所の居間につながってる。

薬は居間のタンスの中にあったはず・・・

すたすた

コの字型に商品を並べる店内を見ながら、居間に入ろうと――――

「・・・ん?」

そこからは玄関も見える。何しろ歩いてるのは会計所の後ろでそこからは店内が見渡せる

・・・何かが、チラッと見えた

あれは・・・

「・・・なんだろ」

なにか――――いやあれは

・・・人?

うん・・・そうだ。

うずくまってるのかな・・・膝を抱えてる?

玄関の戸はすりガラスだからはっきりとは見えない・・・けど、間違いない

玄関前の段差に誰かが座ってる

何を・・・してるんだろう?

ここいらにホームレスがいるなんて話聞かないし、実際見たこともない

でもいくらなんでも外にいるのは・・・

春だっていってもまだ冷えるし。カナも風邪ひいたみたいだしなぁ

声だけでもかけてみようかな

・・・どうせ父さんが仕込みに来れば(朝四時には起きる)見つかるんだし。

カラン カラン

父さんの下駄を突っかけて店を歩く

キリキリキリキリ

玄関の鍵を開けて(ネジみたいに回してかける鍵)

・・・カチャン ガラガラ・・・

!!!!!!

それまでの数日の動きが嘘の様に心臓が激しく跳ねる

その人は両膝を抱えて座っていて

脇には小さいバッグだけがある

誰かはすぐにわかった

わからない訳が――――――――――――――――――!!

「ね・・・」

「!?」

その黒く艶やかな髪、黒い瞳をした女性は弾かれるように顔を上げてこっちを見た

だけど今はその瞳は

俺が見たことのない

不安げで

不安定で

今にも泣き出しそうで

置き去りにされた子供のような色をしていて――――












「ねえ・・・さん?」












――――――それでも俺はその人を

――――――綺麗だと、思った。





back | index | next










































あとがいてみたり。

あの人がやっと登場です
さあこれからが大変だ♪
・・・景太郎君が(笑
感想・苦情お待ちしております。
それではまた次のものがたりで・・・      凍火
swdsgr@jomon.ne.jp