黒いシャツにパンツルックの妙齢の美女が、カウンター席に座り珈琲を飲んでいる
こう言うと割と普通に聞こえるが、問題はその美女が身に着けているエプロン
つまり、店員の居ないこの店内において『店長』以外は身に着ける筈の無いソレを身に着けている、と言う言葉が付くのが問題なのだ

彼女の名は浦島はるか

この、『和風茶房日向』の店長にして唯一の従業員の筈である


     『禁煙?』


コツ…

コツ…

コツ…

コツ…

コツ…


客の居ない店内―――この場に居る青年、浦島景太郎は客としてカウントされないらしい―――に、乾いた音が響く
音の発生源はカウンターに座ってぼんやりと中空を眺めるはるかの指
空っぽになった珈琲カップのすぐ隣で、人差し指がゆっくりとカウンターを叩き続ける
特に何をするでもなく――淹れてもらった珈琲は既に飲み終えている――はるかの隣に座っていた景太郎は、僅かに躊躇った後口を開く


「はるかさん、落ち着かないみたいですけど?」
「ん? …いかんな、またやったか」


話しかけられて漸く気付いたのか、指の動きを止め景太郎に返事を返すはるか
………無意識のうちにやっていた事のようだ
何処か飄々とした感じで喋るはるかに対し、景太郎はうっすらと苦笑いを浮かべながら言葉をつぐ


「……やっぱりいきなり禁煙は無理なんじゃ」
「む、ソレぐらいの事……私に出来ないと思っているのか?」


やっぱり、と言う単語が気に障ったのか、はるかは彼女にしては実に珍しい表情――というか景太郎以外は知らぬであろう表情――を浮かべながら問い返す
解りやすく言うと、上目使いで景太郎を睨みながら唇を尖らせている…拗ねた子供のような表情だ


「大体、なんで急に禁煙をしようと思ったんです?」


女心に鈍感な景太郎ではあるが、付き合いの長い『従姉』を拗ねさせるのは宜しくない、と本能的に感じ、露骨に話をそらした景太郎だったが、この問いにはるかは言葉に詰まらせ、プイとそっぽを向いて居る

(……煙草の匂いがするキスばかりじゃ色気が無いじゃないか)

はるかはもごもごと口を震わせているが、言葉にならずに、否、出来ずに口の中に消えていく
ほんのり頬が染まっている所から、照れているのが丸わかりである
……隣に座る景太郎以外には、だが
景太郎ははるかの様子から、怒らせたか?と微妙な勘違いをして話を終らせる方向にむける


「まぁ、言いにくい事なら聞きませんけど......無理をして体調を崩したら元も子もないんですからね?」
「………ん、解ってる」


反論はある、が―――
景太郎が自分を心底案じているのを感じたため、はるかは苦笑いをしながら振り向き、無愛想なふうに了解の意を返すに留めていた

(しかし―――)
(こうも口が寂しいとはな……ガムは嫌いだし飴玉も余り好きじゃあないんだが……)

難しい顔で思案をはじめたはるかを見て、景太郎がふと何かを思いつき―――『ソレ』をそのまま言葉にする


「そうだ、口が寂しいなら何か咥えるなりしゃぶるなりしてみたらどうです?」
「いや、そうは言っても丁度良いものが――――

(…あるじゃないか♪)

言いかけてふと思いつき、ニンマリといぢめっこの笑顔を浮かべながら言いなおす


「―――そうだな、しゃぶるのに丁度良さそうなものが在るんだ。 ちょいと借りるとしようか」
「へぇ〜、じゃあ早速試してみたら良いんじゃないですか?」
「ああ、そうだな、そうするとしよう」
「…あの、なんで俺の手を掴むんです?」
「試すからな」

「えっと……しゃぶるんですよね?」


「ああ、オマエの指をしゃぶるんだよ」



「はい?」



「 し ゃ ぶ ら せ ろ 」


告げられた内容に景太郎が笑顔のまま固まる―――そして、その反応ははるかの望んだものだった
景太郎が動かなくなった隙に、はるかは景太郎の左手の薬指をねっとりと舐め上げ、優しく口に含む


「……ん、む……んふ」


なんだか艶かしい声を出しながら、時に優しく歯を当て、時に荒々しく舌で扱きあげる(注:指です)
その声と感触に我に返った景太郎だが、既に振りほどく事も出来ず、僅かに上気したはるかの媚態を間近に眺めつつ、はるかの唇と歯と舌が伝えてくるある意味で『倒錯的』とすら言える快感に翻弄されていた(注:しつこい様ですがしゃぶっているのは指ですよ)

―――この時既に勝負?は決していた




後日談

この日からはるかは禁煙が続いているそうな
ついでに言うと、この日景太郎はひなた荘に戻ってこなかったそうな
更に言うと、この日以降、はるかは御肌ツヤツヤで腰の辺りも充実、毎日機嫌の良い日が続いたそうな
更に更に言うと、景太郎は日を追うごとにだんだんやつれていったそうな…あ、左手の薬指も随分とふやけていったそうな


関係無いかもしれないが、某K.Uと某H.Uが指輪を買うまで指のふやけた日が続いたとか何とか