第26話「タクシードライバー」
「お前たち、観光客か?」
頭領が尋ねると、二人は頷いた。
「何かあったらここに連絡くれ」
頭領は掌サイズの紙をアルフレッドに渡した。そこには頭領の名前が書いてあった。他にもいろいろと書かれているが、二人には理解できない。
「ここってどこだよ」
アルフレッドが言った。
「携帯の番号が書いてあるだろう」
「ケイタイ?」
「・・・携帯電話を知らんのか?」
「ケイタイデンワ?」
「携帯できる小さい電話だよ。本当に知らないのか?」
頭領の目つきは珍獣を見ているかのようだ。
「デンワ?」
「デンワも知らんのか?」
「知らないよ、そんなもの」
単語を繰り返すだけになってしまったアルフレッドに代わって、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが答えた。
「電話っていうのはな、番号を押すだけで遠くの人と話すことのできる機械だ」
「へぇ、そんなのがあるんだ。さすがシンジュクだな」
「さすがシンジュクって・・・日本全国どこでも電話はあるだろう。お前たちどっから来たんだ?まさか過去からとか言うんじゃないだろうな」
頭領は冗談混じりに言った。
「え?どこからって言われてもなあ」
アルフレッドはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに会話の矛先を振った。これにはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンも困った。
「と、遠くだ!ずっと向こうから来たんだ!」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは南を指差した。
「そ、そうか。まだ電話が普及してないところがあるんだな・・・駅とか店に公衆電話があるから、それで電話してくれ。受話器を取って十イェンを入れてから、ここに書いてある番号を押す。そしたら俺の携帯に繋がるから」
「デンワするのに十イェンもかかるのか!」
「携帯だから十イェンじや二十秒位で切れるかな」
「十イェンで二十秒・・・!」
「そうだ。気が向いたら電話してくれ。本官はこれで」
頭領は敬礼をすると、大通りの方へ行ってしまった。
「・・・」
「やったな、アルフレッド。チキュウの人と友達になれたぞ」
「そうだな。それにしてもデンワってやつを使うには一千万ゼニーもかかるのか・・・チキュウは物価が高いな」
「アルフレッド、あそこにケイタイって書いてあるぞ。携帯できるデンワってやつじゃないか?」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは『ヨドバシカメラ』へと入って行った。仕方なくアルフレッドも後を追った。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは店員にいろいろと質問している。アルフレッドは携帯電話の値段を見て腰を抜かした。
「エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン、これ高すぎるぞ!」
「安いのもあるよ。これなんかただだぞ」
「ただかもしれんが、十秒やそこらで数千万ゼニーなくなるんだぞ!」
アルフレッドは珍しく昂奮している。これにはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンも折れた。
「分かった、携帯電話は諦めるよ。そのかわりあれに乗ろう!」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが指差す先には、轟音を響かせて走り去る鉄の塊の群があった。
「おお、あれは馬のいらない馬車か!おもしろそうだな」
アルフレッドも同意し、馬のいらない馬車に乗ることにした。
二人は鉄の塊がせわしなく走る大通りまで来たところで、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが言った。
「・・・どうやったら乗れるんだろ・・・」
「さあ・・・」
「そうだ、頭領に電話してみよう!」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは近くにいた青年に聞いた。
「ねえ、デンワってどこにある?」
前回話し掛けた時よりは、人の流れを読むのがうまくなっている。
「公衆電話ならあそこにありますよ」
公衆電話は意外と近くにあった。
「ありがとう」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはお礼もそこそこに公衆電話へと走り出した。
公衆電話は十イェンと百イェンが使えるらしい。二人は十イェン硬貨を持ち合わせていなかった。仕方なく百イェン硬貨を投入し、頭領へと電話した。
「はい、ムラマツです」
「あ、ほんとに通じた!お前どこにいるんだ?近くにいるわけじゃないんだろ?」
「ああ、さっきの二人組か」
「そうそう、大通りに馬のいらない馬車が走ってるだろ?あれにはどうやって乗るんだ?」
「車も知らないのか・・・?えーとな、その走ってるやつは車って言うんだ」
「クルマ?」
「そうだ。その車の天井に何かついてるやつがあるだろ?それには金を出せば乗れる」
「そうか、ありがとう」
そう言ってエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは電話を切った。
「アルフレッド、クルマってやつの天井だかに何か印があるらしい。それには乗れるって。早速乗ってみよう」
しかし車はどんどん走り去っていく。どうやって止めればいいか分からない。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは痺を切らしたのか、突然印の付いた車の前に飛び出して、止まれと叫んだ。運転手は目を丸くしている。アルフレッドが近づくと、正気を取り戻したのかドアを開けた。アルフレッドとエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは車に乗り込んだ。