第40話「フォーリングメモリー」
とうとう二十階へと辿り着いた。そこには一つ戸があり、『宇宙の帝王』と書かれた札が掛けられている。
「遂にギャンビットと会えるな」
アルフレッドが言った。
「何としてでも人類土管計画を阻止せねばならん」
「でも村長、どうしましょうか。ギャンビットは不死身ですよ」
「そこが問題じゃのう」
「あたしがこの斧でみじん切りしてやるよ」
「そう言えば、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは九話でギャンビットと戦ってるよな」
「・・・」
「キュウワ?何言っとるんじゃ」
「アルフレッド、キュウワって何さ」
「え、いや、読者に分かり易いようにね・・・」
「ドクシャ?また意味の分からぬことを・・・」
村長は対処に困り、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに視線を合わせた。
「アルフレッド、頭でも打ったのかい?」
「はは、そりゃギャンビットだろ?俺は大丈夫さ」
「まぁいいわい」
村長はそう言いながら、戸に手を近付けていった。
「準備はよいな。開けるぞい」
がらがらと音を立て、入口が開かれた。
薄暗い広い部屋の中で、ギャンビットが社長風の椅子に座って、葉巻に火を付けていた。
「遅かったな」
ギャンビットはゆっくりと立ち上がった。グレーのスーツに赤いタイをしている。
「貴様らのお陰で、この要塞の士官はほとんど戦闘不能だ。みくびっていたよ、ボンバーヘッド君」
〈うわぁ〜、調子こいてんなぁ、こいつ〉
とアルフレッドは思った。
「まだまだ兵はいるんだが、何人出してもそちらのお嬢さんにはかないそうにない。私が相手をしよう」
「あたいがヤる」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは低い声で言った。アルフレッドと村長は端から戦うつもりはない。二つ返事で了解した。
「ほう、早速真打ち登場か。この不死身のギャンビット様と戦えるんだ。光栄に思うがいい。地獄でな!」
ギャンビットは言い終える間もなく、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに突進した。ギャンビットは素手である。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンもそれに応じて、斧を使う気はないらしい。ギャンビットの一撃目は跳び蹴りだった。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはぎりぎりのところで避けた。ギャンビットの二撃目、三撃目もぎりぎりでかわした。
見ているアルフレッドと村長はひやひやものだ。
『一寸の見切り。または見切りと言う。武術を極めた者は、相手の攻撃を瞬間に避ける。その差は一寸を切る。攻撃を相手の近くでかわすことは、反撃を容易にさせる』
「村長、今何か聞こえませんでした?見切りがどうとかいう・・・」
「いや、何も聞こえとりゃせんぞ。さっきからどうしたんじゃ、しっかりせんか」
「は、はい。ところで、一寸って何ですか?」
「一寸というのは、長さの単位じゃ。だいたい三センチほどかのう」
「三センチ!」
上手く解説できたなぁ、とアルフレッドは思った。
気が付くと、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはギャンビットの背後にまわり、スリーパーホールドの体勢に入っている。ギャンビットは失神寸前だ。顔面が紅潮している。口の端から泡が漏れていた。
「う、どういうことだ!」
ギャンビットが叫んだ。社長椅子に座らされ、ロープでぐるぐるに縛られている。
「お主をどうしたらよいか皆で話し合ってのう。こうすることに決めたんじゃ」
「こうすることって・・・?」
ギャンビットは薄々気付いてることを聞いた。
「突き落とすんじゃよ」
村長の口許が緩んだ。
「ギャンビット、お前は頭を打ってからおかしくなったんだ。だからもう一回頭を打ってもらう」
アルフレッドが付け加えた。
「そういうことじゃ、お主ならどこから落ちても死なんしのう」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは既に下にいる。ギャンビットが改心したかを、確認する役だ。
「おーい、落とすぞ〜」
アルフレッドがエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに向かって叫んだ。二十階ともなるとかなりの高さだ。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが米粒に見えた。
ほどなく、ギャンビットが落ちた。
「ぎゃあ〜!」
不死身でも痛みはあるのかもしれない。恐怖のためかもしれなかった。
「元に戻ったかい、ギャンビット」
「・・・」
「何か喋ってみな。言葉遣いで分かるんだから」
〈言葉遣い?〉
ギャンビットに閃くものがあった。
〈今と違う感じで喋ればいいはずだ!〉
「戻ったニダ。お手数をお掛けしましたイムニダ」
ギャンビットはぺこりと頭を下げ、どこかへ行こうとした。
「待ちな!ギャンビットはそんな喋り方しないよ」
ギャンビットをもう一度落とすことになった。
「ぎゃあ〜!」
「戻ったかい?」
「戻ったでR。迷惑掛けたでR」
ギャンビットをもう一度落とすことになった。
「ぎゃあ〜!」
「momo戻ったYO!mmeME迷惑掛けたze!チェケラ!」
ギャンビットをもう一度落とすことになった。
「ぎゃあ〜!」
「戻ったリン。迷惑掛けたリン」
ギャンビットをもう一度落とすことになった。
「ぎゃあ〜!」
「戻ったナリ。迷惑掛けたナリ」
ギャンビットをもう一度落とすことになった。
「ぎゃあ〜!」
「戻ったんだなぁ、これが。迷惑掛けたんだなぁ、これが」
ギャンビットをもう一度落とすことになった。
「ぎゃあ〜」
「戻ったでエドモンド。迷惑掛けたでエドモンド」
〈エドモンドじゃなきゃ終わりだ!もうネタ尽きたよ!〉
とギャンビットは思った。
「ギャンビット、元に戻ったじゃないか!お〜い、ギャンビットが元に戻ったぞ〜!」
最上階にいるアルフレッドと村長に手を振って知らせた。十分ほどで二人は降りてきた。
「ギャンビット、元に戻ったのか?」
「元に戻ったでエドモンド。もう落とさなくていいエドモンド」
「やったー、ギャンビットが元に戻った!世界は救われた!」
三人は万歳三唱までしている。
しかし、一人だけ浮かない顔をする男がいた。ギャンビットである。
〈糞!これからずっと語尾にエドモンドって付けなくてはならないのか!いつか見返してやるからな!〉
ギャンビットの野望はまだ消えていない。