第44話「手紙のヌシ」

もう日が暮れてしまっている。街灯にも灯りがともった。と言っても、街灯は宙に浮いている。魔法の世界と言うだけのことはある。

「とりあえずポクワーツ魔法学校を目指すか」

アルフレッドが口を開いた。

「そうじゃのう。まずはポリー・ハッター校長に会わねばならん」

「あの交差点を右だ」

アルフレッドが地図を見ながら、片側二車線の交差点を指した。

四人はアルフレッドの後をぞろぞろと連いていった。

しばらく無言でアルフレッドに従っていた三人だったが、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが叫んだ。

「おい、あれだよ!」

未だ忘れ物の昂奮が冷めていないようだ。

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの視線の先には学校然とした建物があった。

「うん、これだな」

地図を見ながら、アルフレッドが言った。

「結構歩いたのう。老体にはちと辛いわい」

村長が腰をさすっている。

「エドモンドエドモンド」

ギャンビットも腰をさすっている。御年三百の老体であるから、当然かもしれない。

門の前にいる守衛に尋ねると、ポクワーツ校長は最上階の校長室で書類をコピーしているらしい。四人はポクワーツ魔法学校の敷地内へと足を踏み入れた。

校庭にはきれいな芝生が青々としている。白いラインが長方形に引かれている。サッカーでもやるのだろうか。

「案外簡単に入れたのう」

「そうですね。ガードマンがいたから入れないかと思いましたよ。ギャンビットを倒しに行った時も門は簡単に通れましたよね」

「懐かしいな、あそこの敵はみんな弱かったなぁ。今度の奴らは強いといいけど」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの言葉に、ギャンビットはなぜか強く反応した。

「エドモンド!エドモンド!」

拳を振り回して怒っている。

三人は半ば呆れ、無視するように昇降口に入った。そこで来賓用のスリッパに履き替え、廊下のつきあたりにある階段に足を置いた瞬間、階段が勝手に動いた。

「うわ、なんだこれ!おもしろいな!」

「はしゃぎすぎだぞ、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン。これも魔法かな」

三十秒もかからずに校長室に着いた。

「エドモンド」

三人は驚いて振り返った。ギャンビットが立っていた。

「お前いつからいたんだ?」

「エドモンド。エドモンドエドモンド」

「さっきからずっといる、と言っておるぞ」村長が通訳をした。

「まぁいいや。アルフレッド、入ろうぜ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはノックもせずに戸を開けた。

パイプ椅子に校長らしき人物が座っている。かなりの肥満体で、スーツのボタンが弾けとびそうだ。問題なのは当の校長がぐっすりと眠っていることだった。

「おい、起きろ!」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが怒鳴った。

「ったく」

今度は耳元で怒鳴った。

「起きろ!アルフレッドが来たぞ!」

「ん〜、アルフ・・レッド様・・・むにゃむにゃ」

「だめだな」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはため息を漏らした。

「起きんか!アルフレッドが遥々来とるんじゃぞ!」

村長がポリー・ハッターの頬を張った。

「・・アル・・・フレッド様・・」

 

・・・

 

「・・・アルフレッド様?」

ポリー・ハッターがようやく瞼を開けた。

「あなたがもしや、アルフレッド様ですか?こんなに大きくなられて」

ポリー・ハッターは村長に向かって話している。

「アルフレッドは僕だ」

アルフレッドが村長の前に出た。

「こ、これは失礼致しました」

ポリー・ハッターは片膝を付いて詫びた。

「殿下、いえ閣下。私をお覚えでしょうか。閣下が幼い頃に侍従長を務めておりました」

「すまないけど、こっちのことは何も覚えていないんだ」

「それでは改めて自己紹介を。私は王立ポクワーツ魔法学校教頭兼校長、ポリー・ハッターでございます。お見知りおきを」

ポリー・ハッターは一礼した。

「ところで、何で僕を呼んだんだい?」

「はい、実は大変なことになっておりまして・・・」

ポリー・ハッターは手拭いで額と首筋の汗を拭いた。極度の肥満体のためか、汗が止めどなく滝のように流れている。

「閣下のお父上はこの国の王でございました。お母上はお妃様でございます。二十年ほど前までは、レイモンド王国は平和に発展しておりました。しかし、ある日軍部のクーデタが起こったのです。陛下は無惨にもトンボ・シオカラ親衛隊長の手にかかり、メアリー様は幼い閣下を連れ向こうの世界に身を隠したのです」

「メアリーっというのはアルフレッドのお袋さんの名前かの?」

村長が聞いた。

「はい、メアリー様は閣下のお母上でございます。」

ポリー・ハッターは汗を拭いてから話を続けた。

「その時はどうすることもできなかったのです。それからは軍部が政権を掌握し、保守勢力と結託して酷い政治をしております」

「じゃあ王家はもうなくなったってことか?」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが質問した。

「いえ、レイモンド王国は存続しております。閣下の遠戚にあたるセロン様が王位についております。しかし実権はなく、クーデタの首謀者であるゴスローリ将軍が摂政になり、横暴の限りを尽しております」

ポリー・ハッターはまたしても汗を拭った。呼吸が乱れてきている。

「クーデタの後は軍部vs王党派の政争が果てしなく続きました。前半の十年は軍部の圧倒的に優勢でしたが、後半からは我々王党派が盛り返して参りました。先日、王政復古のためにメアリー様をお呼び申し上げたところ、またしても軍のクーデタが・・・メアリー様を・・・誠に申し訳ありません。我々がふがいないばかりに・・・」

ポリー・ハッターはアルフレッドに向かって土下座をした。涙で床が濡れた。

「ポリー、頭をあげなよ。僕は気にしてないよ。君達は正しいことをやろうとしたんだろ?母さんもそれなら本望さ」

「閣下・・・」

ポリー・ハッターは涙を袖で拭った。手拭いはいつの間にか彼の手から消えていた。

「現在は軍の勢力が強くなっていますが、閣下が号令をかけて下されば、民衆も味方につきます。どうかこの国を救って下さい!」

「ああ、いいよ」

「閣下!」

ポリー・ハッターの涙は容易には止まらなかった。

 

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