第46話「広場で凱旋」

三人は校庭に出た。門の前でポリー・ハッターと落ち合う約束になっている。ポリーはもう来ていた。門番と話をしているようだ。

「おーい、ポリー」

少し距離があったが、アルフレッドは手を振ってポリーの名を呼んだ。

「アルフレッド様!」

ポリーはアルフレッドのもとに駆け寄った。それだけで息を切らしている。

「おはようございます。昨日はよくお休みになられましたか?」

「うん」

「それはよろしゅうございます。ご朝食の方は?」

「軽くね。たくさん食べられる気分じゃないし」

「それもそうですね。では中央広場に向かいましょう」

ポリー・ハッターの引率で三人は中央広場にやってきた。広場と言うよりは小さめなコロシアムと言った方が正確かもしれない。観客席はないが、周囲を高い壁で囲まれている。

広場は見物客でごったいがえしている。見物客に紛れるために、ポリーがぼろ布をアルフレッドに被せた。アルフレッドはこちらの世界で王位継承者の立場にある。時が経っているとはいえ、正体がばれる可能性がないではない。

広場の奥はステージになっていて、そこに太く大きな杭が五本打ち込まれてある。真ん中の一本に死刑囚が一人縛られていた。

「殺せ!さっさと殺せ!」

死刑囚がわめいている。千人近い人々が集まっているのにもかかわらず、それほどうるさくない。死刑囚の声がよく通った。

獄門番が二人いるが、聞こえないふりをしているようだ。平然としている。二人とも腰に剣を差していた。

千人近い人々が集まっているのにもかかわらず、それほどうるさくない。死刑囚の声がよく通った。

「あいつは何をしたんだ?」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンがポリー・ハッターに聞いた。

「親衛隊が通行人を蹴とばしたのを咎めたのです」

「それだけか?」

「はい・・・」

ポリー・ハッターは自分を恥じるかのように、少しうつ向いた。

「この国では軍服を着ている人間に逆らってはいけません。たとえ王族でもです」

けたたましく鐘の音が鳴り響いた。

「シオカラ親衛隊長のご到着である!」

獄門番の一人が言った。

ざわついていた広場が静まりかえった。広場の入口から鎧姿の男二十人ばかりが入ってきて、群衆の前に二列横体で整列した。その精悍な顔付きは群衆を威嚇するのに十分だった。

死刑囚が杭と縄から解き放たれ、獄門番の二人が背後にまわった。

「座れ」

獄門番の一人が低く言った。潔く死刑囚は正座したが、その目はまだ諦めていない。ぎらぎらと輝いていた。

ようやくトンボ・シオカラ親衛隊長が中央広場に入ってきた。それもトンボ・シオカラが先頭になり、僅かな供を連れていた。群衆は自然とトンボ・シオカラのために道を開け、皆下を向いて目を合わせるのを避けた。

マントをなびかせ、颯爽と壇上に上がると、高らかに宣言した。

「これより、国家反逆の大罪人、E・ハマーの斬首刑を執行する!」

群衆は一層静まりかえった。怯えているのである。

獄門番の一人が剣を抜いた。もう一人が剣に水をかける。

「言い残すことはないか」

E・ハマーは懐から小さな紙切れを出した。辞世の句を記したもののようだ。

「この世をば」

最初の五音を言い終えたところでトンボ・シオカラが言った。

「待て、辞世の句はなしだ」

「ですが、法で定められています」

「私に口ごたえするのか!」

言うと同時に獄門番を二人とも殴りとばした。失神こそしなかったが、尻餅をついて唖然としていた。

「貸せ。私が斬る」

剣を取りあげると、E・ハマーの後ろに立ち、大上段に構えた。

「ぬん!」

E・ハマーの首を存分に斬ったはずだった。変わりに、鋭く響く金属音がした。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの斧がトンボ・シオカラの一撃を防いでいた。

「お嬢さん、何の用かな。神聖なる儀式の最中なんだがな」

「ふん、何が神聖だよ。胸糞悪い」

 

 

「あの馬鹿・・・」

アルフレッドは呟いた。

「ふぉっふぉっふぉ、さすがはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンじゃわい。考えるよりまず行動じゃ」

村長は何度も頷いている。事態の深刻さが分かっていないようだった。

「村長、この状況は非常にまずいですよ。広場は高い塀に囲まれてるし、完全武装の親衛隊が二十人います。逃げ道は広場の入口だけ。民衆たちの目を見てください。恐怖に怯え、暴力に屈服した者の目です。俺たちの味方はいませんよ」

「なんの、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンなら二十人位軽いじゃろうて」

「ここは魔法の世界ですよ。相手は何をしてくるか想像もつきません。勝てるとは思えない」

「だろ?ポリー」

「とにかく逃げましょう」

「え?エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンを見捨てろって言うのか?」

「親衛隊に勝てる人間はいません。彼らは魔術はもちろん、剣術、槍術、体術などあらゆる訓練を受けている戦闘のスペシャリストです。魔法ができるならまだしも、普通の人間では殺されるだけです。民衆たちも逃げるようです。我々も退散しましょう。彼女が生き残ったとしても処刑は確実です。閣下、早くしないと我々も逮捕されかねません」

「だからってエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンを一人置いて逃げれるわけないだろ。逃げるんなら一人で行ってくれ」

「・・・分かりました。彼女に加勢しましょう」

「あの親衛隊長はエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに任せよう。俺に考えがあるんだ。説明してる暇はない。これで親衛隊二十人はなんとかなるはずだ。適当に合わせてくれ」

「適当に?」

村長はアルフレッドに質問したのだが、アルフレッドはもう走りだしていた。

 

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはトンボ・シオカラの剣を払いのけ、渾身の一撃を脳天に振り降ろした。トンボ・シオカラはあっさりと倒れた。

「こっちの男もたいしたことないね」

ぺっと唾をトンボ・シオカラに吐いた。

 

アルフレッドには一つの考えがあった。ポリー・ハッターによるとアルフレッドは王族であるらしい。それも王位継承権を持つとびきりの良血だ。自分の姿を皆にさらし、王政の復活を宣言するのだ。危険な賭けだが、親衛隊の実力を測る余裕のない今、やるしかなかった。

アルフレッドは壇上に駆け上がった。既に、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンがトンボ・シオカラを倒していることを確認してから、逃げ惑う大衆に向かって大声で言った。

「みんな、待ってくれ!」

一瞬だが、人々の動きが止まった。動いているのはトンボ・シオカラを助けに行こうとしている親衛隊位だ。

「俺が誰だか分かるか!?」

そう言って頭から被っていたぼろ布を投げ捨てた。

頭のおかしいのが出てきたとでも思ったのか、ほとんどの人間はまた走りだした。ここでポリー・ハッターが叫んだ。

「あれはアルフレッド様だ!アルフレッド様が帰って来られた!」

中々迫真の演技だ。

〈いいぞ、ポリー。打ち合わせなしでそこまでやるとはな〉

「本当だ!あれはアルフレッド様だ!」

「アルフレッド様!」

「アルフレッド様!」

人々は口々にアルフレッドの名を叫んだ。

「俺はこの国に帰ってきた!この国を救うために!」

さっきまでの静寂が嘘みたいに、人々は熱狂している。親衛隊も民衆がステージに上がらないようにするだけで精一杯だ。隊長の救助どころではなくなった。

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンがアルフレッドの隣に立ち、弁舌を振るった。

「みんな!あたしたちはこの国を平和にするために戻ってきたんだ!将軍なんて怖くない!親衛隊長だってこんなに弱かった!みんな立ち上がるんだ!」

観衆の熱狂も極まっている。あちこちで雄叫びが聞こえる。

「武器よ取れ!」

ここからはアルフレッドだ。

「平和を取り戻せ!」

アルフレッドもその気になってきた。

「自由をこの手に!」

村長が壇上に上がった。

「まずは親衛隊をやっつけるんじゃ!」

「おぉぉーー!!」

まるで戦だ。親衛隊は武器を持っていない民衆に苦戦した。人々と密着しすぎて剣も槍も使えなかった。数分で広場は制圧した。

 

「・・・く・・親衛隊をなめるなよ」

トンボ・シオカラが立ち上がった。

「お主、まだ生きておったのか」

「この勝負は預ける・・・」

トンボ・シオカラは部下を置いて霧のように消えてしまった。

ポリー・ハッターはポクワーツ魔法学校を反乱の本拠地にすることを人々に告げ、ひとまず解散ということにした。

『アルフレッド帰還す』の報は、一日もかからずにレイモンド全国に知れわたった。

 

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