第47話「僕らに戦力をください」
広場で事件が起こった日の晩。
薄暗い廊下を嘆息しながらトンボ・シオカラ親衛隊長はゴスローリ将軍の執務室を目指していた。
昼間の騒動、彼にとってはかつてないほどの失態だ。もしかしたらこの部屋で今いる自分の座を失うかもしれないなど恐れを抱きながらも部屋の前に立った。
「失礼いたします」
少しの沈黙のあと扉の向こうから声が返る。
「入れ」
トンボは部屋に入ると敬礼した。
「広場の事件はどういうことだ?」
黒い大きな机の先に座っている人影が喋る。
「申し訳ございません」
「報告によるとその女は魔法の使い手ではないそうだな」
「・・・」
「そこまで油断していたということか・・・」
「・・・不意を突かれたのもありますが相当の使い手です。しかし、次は必ず・・」
トンボは己の失態が自分でも信じられなかった。
「失敗は1度までだ」
「はっ」
トンボは既に正している姿勢をもう一度正した。
「俺の名はなんだ?」
「ゴスローリ将軍です」
鋭い視線がトンボに突き刺さる。
「そうだ。俺の名、そして軍の面子を潰すか否かを決めるのはお前だ」
「はっ」
「”百綜手(ひゃくそうしゅ)”俺はお前のこのもう一つの名の通りであることを期待している。早急にその女を始末しろ」
「はっ」
「下がれ」
トンボは部屋を出ると大きく安堵した。それと同時にあの女への怨念とも取れる感情がこみ上げてきた。
「あの女め、この代償・・・・高くつくぞ」
処刑妨害事件、いやアルフレッド帰還から数日が過ぎたころレイモンド王国の状況はわずかに変わった。真の王族が帰ったことは民衆にとっては歓喜狂乱のできごとであったがそれでも民衆の不安は大きかった。頼りのアルフレッドは隠居生活により魔法の訓練を受けていない。指導力があっても一番重要な戦力がなかった。もしちゃんとした訓練を受けていたとしてもレイモンド王国の戦力の大半である軍部に対抗するにはとても足りるものではない。民衆のほとんどが保守派であり、真の王族の帰還は王党派を少し増やすだけだった。
「それにしてもあんな逃げ方されるとは」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは罰が悪そうに言った。
「まあ、しょうがないさ。来たばかりの魔法の世界なんだ」
アルフレッドは少し落ち込んでいるエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンをフォローした。
「今だ状況は完全にこちらが不利じゃ。どうするんじゃ?」
「アルフレッドは王族なんだろ?魔法訓練すればいけるんじゃないのか」
「おお、確かにそれは名案じゃ」
「無理ですよ。どんな天才でも一朝一夕で身に付くものではありませんから」
ポリーは残念そうに言った。
「とにかく今は戦力が必要だ。民衆以外のな」
「こっちの世界にはレイモンド以外の国はないのか?」
「はい、町や村が各地に点々としている程度で・・・」
「そうか・・・」
尽くす手が見つからず皆の士気は下がりつつあった。
「それにあのトンボ隊長に目をつけられたのは言うまでもありません。もうどうしたら・・・」
ポリーはあの事件からトンボを思い出しては怯えている。
「あんな朴念仁たいしたことないだろ」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは軽々しく言ってのける。
「あれは半ば不意打ちに近かったからでよ。本当の力を見てないからそう言えるのです」
「本当の力?」
「彼にはもう一つの名があります。”百綜手”と」
「なんじゃ、それは?」
「音速を超える拳速によりまるで百の手に見えるという徒手空拳使い手です。その技を見たが最後、一般の人間ながら王族に引けをとらないレベルの持ち主、それがトンボ・シオカラ隊長なんです」
「へぇ〜」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはあくまで驚かない。
「とにかく油断大敵です」
ポリーはまったく恐れないエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに少し呆れていた。
「それはともかく、今は戦力だ。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン一人が強くても仕様がない。それでは民衆も護ることができない。そこで考えがある」
アルフレッドは真剣な目つきでポリーを見た。
「何でしょう?」
「陰陽族だ」
「な、なんですと!?」
ポリーは大声を上げて驚いた。
「なんじゃ?そのおんみょうぞくというのは?」
「昨日、書物を読んでいて見つけたんだ」
「しかし、彼らは・・・・」
「考えが違うからか?今はそんなこと言ってはいられないだろう?」
「ちょっと待て、そのおんみょうぞくっていうのを説明してから話を進めてくれ」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンも真剣な眼差しで聞いた。
「その陰陽族というのは鬼を使役する戦闘民族なんだ。しかし、魔族である鬼を使役することから人々から忌み嫌われ、遂には王国から追放されたらしい」
「鬼か・・・御伽話では聞いたことがあるがな。そんな悪いやつなのか?」
「いや、記録によるとそういうことはなかったようだ。邪鬼でなければ人に危害を加えることも一切なかったらしい。ただ、考えの違いだけだ」
「危なすぎます。アルフレッド様」
ポリーは必死に抗議する。
「色々書物を見させてもらったがもともとおとなしい民族だったと記されている。それに父上の手記にも書いてあったが追放に関して疑問を抱くような文もあった」
「しかし・・・」
「大丈夫だ。そんな気がするんだ。それに当時その追放計画の先頭に立っていた人物が気になる」
「だれなんだ?」
「ゴスローリ将軍だ」
「なんと!」
「それじゃあ、もしかしてクーデターの計画の一部として追放したのか?」
「・・・・確証はないがそうだろうな」
「彼らを味方につけるのは容易ではありませんぞ。追放のときにゴスローリ将軍の策略により多くの陰陽族が犠牲になりました。レイモンド王国に対する憎悪は計り知れません」
「そこは俺が何とかする。戦力はそれか考えられない」
アルフレッドは強い口調で言った。
「よし、決まりじゃな」
「しょうがないですね。アルフレッド様の計画となれば」
「調査書によると追放された陰陽族は各地にバラバラになったらしいが族長の集落が少し離れたところではあるが存在する」
「これで少しは希望が見えてきたな」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは少し笑って見せた。それと同時にアルフレッドの緊張も少しばかり緩んだ。
外はもう暗くなっている。
「明日、早朝出発だ」