第49話「報仇雪恨」
「なあ、ポリー、ホントにこいつが鬼なのか?」
ポリーは相変わらず震えている。
「え、ええ、ひぃ!」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが近くまで来るとポリーはより一層気持ち悪い声を上げた。
「これは猫じゃないのか?」
「そうだよな」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは鬼を抱き上げながら頷いた。
「なんです?そのネコというのは?」
「猫を知らんのか?」
「ええ、少なくとも我々は鬼と呼んでいます」
アルフレッドたちの期待はあっという間になくなった。戦力と期待された鬼はただの小動物に過ぎなかった。アルフレッドたちの世界にいる猫と違うのかと思ったらそうでもないらしい。
「一つ聞いていいか?」
「はい、何でしょう?」
太田黒は猫を柵に戻して手を拭きながら言った。
「お前ら本当に戦えるのか?」
「え?私たちですか?」
「そうだよ。他に誰がいるんだよ」
「もちろんだ、我ら陰陽族は上級魔導士の資格に匹敵する力を持っている」
「それってすごいのか?」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはポリーの方へ振り返り訊ねた。
「すごいですよ。そこまで取れる人はそうはいませんから」
「まあ、一安心じゃな」
戦力を確保したアルフレッドたちはその日のうちに集落を後にした。陰陽族の人たちは族長が呼びかけて鬼の餌当番以外は後でまとめて来ると言った。
アルフレッドは自室に戻ると倒れるようにベッドに横になった。
「あ〜脚が筋肉痛だよ」
そう不満を言いながらアルフレッドはベッドの横に置いてある干菓子を口に入れた。
「あれ?」
異変に気付いたアルフレッドは脚をさすってみる。
「な、治ってる・・・」
その干菓子を食べたとたん疲れや筋肉痛が瞬く間に治ったのだ。
「便利なものがあるもんだな」
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「なんか疲れが取れると暇だな。せっかく寝ようと思ったのに」
アルフレッドは部屋を見回して驚くべきことに気付いた。
(俺って独り言言ってたんだな・・・・)
アルフレッドは少しばかり虚空を見つめた。
(まあ、落ち込んでもしょうがない。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンのところでも行くかな)
精神的ストレスからなのかとりあえず小さな不安を押し殺しながらエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの部屋へと向かった。
アルフレッドはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの部屋の前に立ちまずドアに聞き耳を立てた。
「ぅ・・・」
(ん?なんか変な声が聞こえるな)
さらに耳を押し付けて聞いてみる。
「ぅぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・」
(・・・・)
アルフレッドはここに来て大きな選択を強いられた。
入るべきか、立ち去るべきか・・・・
「どうするか・・・・」
腕を組みながら悩みこんだ結果アルフレッドは一つの答えを出した。
目つきを変え一言だけ呟いた。
「後悔先に立たず・・・」
そう呟くとノックもせずに禁断の扉を開いた。
しかし扉の先には妄想だにしなかった光景がひろがっていた。
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは斧を抜き、構えている。そして、その対面にトンボ親衛隊長がいたのだ。
「エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン!!」
「おう、来るのが遅いじゃないか」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは構えを崩さずに言った。
アルフレッドは少し胸が痛んだ。
よく見るとトンボの他に二人立っている。
「一体何が起こったんだ!?」
「突然こいつらが現れたんだ。あの時逃げたみたいに」
「ふふ、警備がガラガラなんだよ」
トンボはせせら笑いながら割り込んできた。相変わらず残りの二人は黙っている。
「卑怯な奴らめ!エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン、怪我はないか?」
「あたぼうよ!こんなやつには傷一つつけられやしないよ」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの言うとおり彼女は無傷だ。
「ほざけ」
トンボも強気である。
「それにしてもたった三人で忍び込んで来るなんて馬鹿だな」
「戦いもしない部下を連れてどうする?」
「何もわかっていないようだな。あのお二人は部下ではなく上官だ」
確かにその二人は屈強な体つきながら気品のある雰囲気を出している。
すると二人の片方が一歩前に出て言った。
「我が名はマッケンロー木村、処刑係係長」
もう一人も前に出た。
「我が名はティロリンコ斉藤、暗殺課課長」
「ふっそんな名前なんて必要ないよ」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはニヤリと笑った。
「これから天に召される人間の名前聞いたって何の得にもならないからね」
「くっ」
トンボたちは少し苛立っているようだ。
「なんだっていい!さっさと決着を付るぞ!」
トンボは構えなおすとエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンをさらに睨み付けた。
いつ二人が技を繰り出すかわからない緊迫感が漂う。
ドシュ・・・
次の瞬間床に血が広がった。
やられたのはアルフレッドだった。
左胸から大量に出血している。
「ぐふっ・・・・」
アルフレッドは胸を押さえながらその場に倒れ伏した。
やったのはティロリンコ斉藤だった。手を前にかざしている。何か魔法を使ったのだろう。
「もともと君だけが目当てだった。目撃されてしまったからな」
ティロリンコ斉藤は無表情に言葉を並べた。
「貴様らーーーーー!!!」
激情したエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは勢いよく床を蹴った。
「貴様の単なる物理攻撃など効か―――」
余裕ぶってトンボが言った瞬間、さらに加速したエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンをトンボはまったく視認することができていなかった。そして肉片となったトンボは壁に叩きつけられた。すぐさま次に狙いをつけ床を蹴る。
「なかなかやるよう―――」
マッケンロー木村もティロリンコ斉藤もすぐに構えたがそのときにはすでに事は済んでいた。
「アルフレッド!」
三人を血祭りに上げるとすぐにアルフレッドのもとに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「そ、そんな・・耳元で・・怒鳴るなよ。ゴホッゴホッ」
血が気管に入った所為かアルフレッドは苦しそうに言葉を吐き出した。
「おい!出てるよ!!たくさん出てるよ!血が!!」
いつも冷静なエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが慌てている。
「グフッ・・・そんなんわかってる。も、もう俺は駄目だ・・・」
「アルフレッド〜」
「そ、そうだこれを・・・」
アルフレッドは手を震わせながら弱々しく腰につけている短剣をエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに手渡した。
「あとの仇も・・・頼む・・・ゴボッ」
「そんなこと言うな!」
「や、やっぱり・・・後悔は先に立たなかったな・・・」
(部屋に入らないのが正解だったな・・・)
「どういうことだよ!?」
「いや、こ、こっちの話だ・・・ゴボゴボッ」
「何でもいいから早く治療を!まだ間に合うって!」
わかっているのかわかっていないのかエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは思いっきり肩を揺すってきた。
「いや、もうむ、無理だよ。めちゃ心臓はみ出てるし・・・」
「じゃあ、どうしたら!?」
「も、もういいんだ。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの戦いぶりで安心したよ」
アルフレッドは伝えることを伝えるべく思いつく限りの言葉を連ねていく。
「あ、あとは・・・・た、た、たの・・・む・・・・ゴボゴボゴボゴボ」
ガクッ
「アルフレッドーーーーーー!!」
男、アルフレッド・ボンバーヘッド・レイモンド 逝去。