第50話「王の死、そして革命の火蓋が落とされる日」

泣いていた。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは涙も拭わずに、ただ泣いていた。両手はアルフレッドの右の掌を握りしめている。三人の男が死んでいる狭い空間である。血の臭いが鼻についた。

一通り泣き終わったところで、足音が聞こえてきた。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの部屋の前で足音が止まり、ノックがこだました。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは何の返答もしなかったが、ドアは開かれた。

「なんということじゃ・・・」

村長の第一声は絶望の一言だった。

「遅いよ!アルフレッド死んじゃったよ!」

「そうか・・・これで村に本屋はなくなってしまうのう」

「何をのんきなこと言ってんだよ。仇討ちだ!ゴスローリの野郎を叩き殺してやるよ!」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは猛り狂っている。今にも部屋を飛びだしそうな勢いである。反面、村長は冷静だった。

「落ち着かんか。今、城に乗り込んだところでどうにもなるまい。とりあえずポリーの部屋へ行こう」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはひとまず同意した。心苦しかったが、アルフレッドの亡骸は放置していくことにした。ありのままをポリーに見せるためだ。

廊下の突き当たりに校長室がある。緊急事態である。ノックもせずに校長室に入った。案の定ポリーは眠っていた。校長室にベッドはない。椅子に腰掛けたまま眠っている。座っているとでっぷりと肥えた腹が目立った。

「起きろ!アルフレッドが殺された!」

「アルフレッド様・・・殺され・・・むにゃむにゃ」

ポリーは突然立ち上がった。

「アルフレッド様が殺された?」

「そうだ。あたしの部屋でね」

ポリーはそれを聞くや否やエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの部屋を目指して走りだしていた。

「アルフレッド様!」

ポリーはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの部屋に入ると、予想通り泣き崩れた。

「そんな・・・私の落ち度でアルフレッド様まで・・・」

「何言ってんだよ!あたしの落ち度だよ!あんた何もしてないだろ」

「閣下にレイモンド王国まで来ていただいたのは、私が手紙を出したからです。私の責任です」

ポリーはうなだれたまま動かない。

「終わったことをとやかく言っても仕方あるまい。アルフレッドは死んだんじゃ」

「そうだよ。弔い合戦だ」

「分かりました・・・古来より、民の最も重い罪は何かご存知ですか?」

「人を殺めることじゃろう」

「弑逆です。主君を殺すなどあってはならないことです。ゴスローリには死んでもらいましょう」

ポリーはうつ向いたまま喋り続けている。

「いつ行く?」

「まず、明朝中央広場に行きましょう」

「分かった」

「了解じゃ」

「ところで、閣下は一体誰に・・・」

「ティロリンコとかいう糞野郎だよ」

「そうですか・・・太田黒には私から伝えておきます。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンさん、ここでは眠れないでしょう。隣の部屋を使って下さい」

「ああ、分かった。それじゃ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは部屋を出ていった。

「それじゃあ、わしも寝るかのう」

村長はあくびをしながら自分の部屋と帰っていった。ポリーは一人エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの部屋に残った。

 

 

「伝令!伝令!」

「何事だ!」

ゴスローリ将軍の執務室に入るには、受付を通らねばならない。受付係が伝令に対して怒鳴っていた。

「将軍はお休みだ。何があったというのだ」

「はっ、ドンボ・シオカラ親衛隊長が討ち死にされました。ティロリンコ中将、マッケンロー少将も同様であります」

「何だと!すぐに将軍にご報告しろ!」

受付はすぐにゴスローリ将軍を起こし、軍服に着替えさせた。

「どうした」

寝ているところを起こされ、将軍は機嫌が悪いようだ。

「マッケンロー少将、ティロリンコ中将が討ち死にされました。相手は一般人の女です」

「トンボはどうした。目付けではなく、奴の口から聞いたい」

「トンボ隊長も戦死されました。ただ、アルフレッド様を道づれに戦死されました」

「そうか、奴にしては上々だ」

ゴスローリは微笑んだ。

「下がれ」

「はっ」

伝令は挙手の礼をすると、執務室を出ていった。

 

 

 

日は高く昇っている。処は中央広場である。ポリーが昨日のうちに触れを回して、数万人に及ぶ民衆が広場に押し掛けていた。軍政下では、許可のない集会を禁じている。広場に集まった人々を誰とも構わず、逮捕していた。民衆も黙ってはいない。武装しているとは言え、数で圧倒的に勝っている民衆に畏れはなかった。

「横暴を許すな!」

「シャオリーペンクイツ!」

「愛国無罪!」

罵声が飛び交っている。万をじして、壇上にポリーが登場した。

「民衆よ!これを見よ!」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンと村長が、広場の入口から棺を担いで現れた。広場の人口密度は想像を絶するほどだったが、集まった人々は何となく道を譲ってしまった。軍人も自らの職分を忘れ、棺の行方を見守っていた。

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンと村長が壇上に上がった。

「ここにおわすはアルフレッド閣下である!我々を屈辱から救うため、この国に戻って来られたのだ!これを見よ!」

ポリーが合図すると、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが棺を開けた。首から下を白い包帯にくるまれたアルフレッドが姿を現した。血がにじんでいた。

民衆がざわついた。時は経ったが、王族の顔を忘れる訳がない。アルフレッドが殺されたことに気付いたようだ。すすり泣く声も聞こえてくる。軍人ですらも泣いている。軍人の中にも、ゴスローリを快く思っていない王党派は多いのである。

「アルフレッド閣下はゴスローリの手先、ティロリンコ手に落ちた!ゴスローリを倒すのだ!ゴスローリの時代を終わらすのだ!立ち上がれ!剣を取れ!自由を取り戻すのだ!」

ポリー・ハッター一世一代の演説であった。民衆は、力強い拍手喝采でそれに応えた。

 

世に言う獅獅牙革命の始まりである。

 

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