第54話「宴は早朝」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは付箋のページを黙々と読み続けた。

「何てことだ・・・こりゃあ、もしかするともしかするかもしれない」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは静かに本を閉じた。

 

 

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが寝ていると、村長がノックもせずに入ってきた。

「おい!エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン、いつまで寝てるんじゃ!もうすぐ宴が始まるぞ!」

村長にとっては宴に遅れることが許せないらしい。今日は朝からやけに声が大きい。

「ん?村長か・・・」

村長は一つ溜め息をついた。

「村長か・・・じゃないわい!早く起きんか」

「分かったよ。何時?」

「五時をまわったところじゃ」

「五時?そんな早く起こすなよ・・・」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは低血圧なのか、まだ怒る元気はない。

「何言っとるんじゃ、宴は五時半からじゃぞ」

「五時半から?馬鹿言ってな」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは布団を被り直した。頭まですっぽり被っている。それを村長が無造作に引きはぐ。

「英雄のお主が寝ていてどうするんじゃ。下で待っとるからな」

村長はそう言い残すと、どこかへ行ってしまった。嵐の如く喧騒が過ぎた。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの頭の中は、今の出来事が夢なのか、現実なのか分からなくなっていた。布団の中で夢と現を行ったり来たりしていたが、いつの間にやら目が冴えてきた。とりあえず、布団を出て着替を始めた。部屋に備え付けの洗面台で顔を洗うと、いよいよ目が冴えた。カーテンから淡い陽の光が注いでいる。鳥の声のかわりに人のざわめきが聞こえた。本当にこんな早朝から宴を始めるようだ。

 

「よ!遅かったな。皆待ちこがれたぞ」

村長と兵士、民衆にに導かれ、王宮まで足を運んだ。王宮とはエスカルゴ要塞のことであるが、ゴスローリ政権の崩壊とともに名称が変更された。エスカルゴの名はかつての軍事政府を想像させるからである。新名称はセロン王が決めた。その名も『アルフレッド宮殿』である。今は亡き、アルフレッドの功績を称えてのことであった。

一行が宮殿に着くと、既に数万の人々が集まっていた。酒も振る舞われており、呑めや唄えやのどんちゃん騒ぎである。勿論、呑み代食い代は王室が持つ。国を挙げての祭りである。セロンは政権を奪回した昨日を祝日とした。

「うわぁ、派手にやってんなぁ。見ろよ、村長。もう酔い潰れて寝てるぜ」

「いい酒を呑んどるようじゃの。わしも早速頂くとするか」

村長を含め、ポクワーツ魔法学校に集合した民衆も駆け出して行った。皆が皆、盃を持ち何度も祝盃を上げていた。

その中でただ一人酔っていない人間がいた。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンである。村長と真面目な話をしなければいけない。この後どうするのかを。昨晩読んだ『世界の伝説』という本の内容を話しておきたい。

村長はというと、樽を抱えての一気呑みを披露している。六十歳だというのに、健康を全く気にしていない。

 

数時間が経った。

さすがに呑み食いをしている人間はまばらになった。ほとんどは酔い潰れて寝入っている。村長は酔いが醒めたのかステーキをむさぼり食っている。村長がエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンをみた。

「どうした、食わんのか?ただじゃぞ」

「そんな気分じゃないよ。それより話をしよう。これからのこと」

「しばらくはここにおればよかろう。この世界でわしらは英雄じゃ」

「そうだけどさ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは言葉を切った。

「昨日の夜、アルフレッドの部屋に行ってみたんだ」

村長は相槌を打ちながらも、ステーキを食っている。

「そこにある本があってさ、それによると死者が蘇るらしいんだ」

「それでそれで?」

「西の方に何とかって塔がある。そこのてっぺんに神様がいるんだって」

「ふぉっふぉっふぉっ、神ときたか。そんなもんおるわけなかろう。何を言い出すかと思えば・・・」

「いえ、あながち嘘でもないんですよ」

突如として現れたポリーが会話に参加してきた。

「何だよポリー、聞いてたのか?」

「ええ、失礼とは思いましたが」

「まぁいいや。で、塔のこと何か知ってるのか?」

「はい、塔の上に神がいるという伝説は昔からあります。二百年ほど前に、ある人物が神に会ったという記録も残っています」

「ほら、アルフレッドの調べることに間違いはないんだよ」

村長は意に介さず、二枚目のステーキをたいらげた。

「コリン塔はここから南東に五百キロです」

「村長、行こう。アルフレッドを生き返らせるんだ!」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの声には力があった。最早、止めることはできそうにない。

 

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