第57話「サンバと寿司」

鳥もいないためかとても静かな朝だった。気付いたら325階に光が差し込み、苦しい階段のぼりの日がはじまった。

「おい、起きろ村長」

「ん、ん〜、もう朝か」

村長は眠たそうな顔を上げるとすでにエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは支度を終え窓の前に仁王立ちしていた。

「もう、ご飯はできてるぞ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが指差した先には火がかけられた飯盒があった。

「おお、こりゃありがたい」

前日の疲れのせいかあまり言葉を交わすこともなく食べ始めた。

「モグモグ、ん?」

村長は口の中に異変を感じた。暖かそうに炊き上がったご飯を食べたはずなのだが妙にスースーする。

「ぐ、ぐぼぼぼ!!」

そう奇声を上げると村長の口から流れ星のようにキラキラとご飯粒?が吹き出ていく。

「ぺっ!ぺっ!なんじゃこりゃ」

「何って、フリスクだよ。それしか持ってきてないじゃん」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは普通のご飯を食べるようにフリスクご飯をポリポリ食べている。

「貴様〜・・・」

「そんな怒るなよ。あたしなんて昨日からずっとこれなんだよ?」

「う、む〜・・・しかたない・・・」

過ぎたることは及ばざるが如し、ちゃんと食料を確認しなかったのは誤算だった。しょうがないで渋々村長もフリスクご飯を食べることにする。

 

朝ごはんを食べ終わってシャープネスになったところで飯盒を片付けた。

「うげ〜、なんか胃がいかれそうじゃ・・・」

「そうか?」

相変わらずエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは平然としている。基本的に何を食べても腹を壊すことはない鉄の胃の持ち主なのだ。

「よし!今日も上るぞ!」

「・・・」

そして再び階段のぼりの時間はやってきた。

 

数時間後

上っていると上から歌声が聞こえてくる。

「なにやら楽しそうな音楽が流れとるの」

「ああ、やっと次か・・・」

二人はとりあえずその音楽が流れている階を目指し、疲れきった脚に鞭を入れる。

 

約1時間後

「ちょっとずつだがだんだん音が大きくなっていくの」

「そうだな」

階ごとに部屋は少し違う程度ではっきり言って同じような光景が続いている。二人ともこの光景にはかなり飽きていた。

それから数階上ったところの538階でかなり厚そうな扉が目も前に現れた。

「まだ、音は近くではなさそうじゃが・・・」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは分厚い扉を肩を当て押し開けた。

開けた瞬間、大音量の音楽が二人の耳に入った。

 

チャーラー、チャーラー、チャチャチャチャチャ!チャチャチャチャーチャチャー!

 

「これはサンバじゃの」

「そ、そうなのか?」

部屋には金色の着物来た男が一人で踊っている。

「おい!」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは大声で叫ぶがその男の耳には届いていない。

「おい!!!」

男も気付いたようだ。振り返ってこちらを見る。男はとても青々とした顎でかなりの髭の濃さである。

「ミュージックストップ!」

男がそういうとピタッと音楽が止んだ。

「よく、来たゲンね。俺の名は松平ゲン。」

「いや、別にお前に用があるわけじゃないけどな」

「知ってるゲン。コリン様に用があるんだろゲン?」

「そうじゃ、じゃからとりあえず通していただけないか?」

「待てゲン待てゲン、上に上りたいのならば俺を倒してから行けゲン!」

「なんかこういう展開飽きてきたな・・・」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは階段を上るのも飽きていたがこういう展開も飽きていた。

「まあ、そう言うなゲン。決められたことだからしょうがないゲン」

松平ゲンは一見落ち着いているが非常に服がチカチカしていていらいらしてくる。

「よし、では始めるゲン」

松平ゲンがそう言った瞬間エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはワンツーパンチで松平ゲンをぶっ飛ばした。ものすごい速さで壁にぶち当たり松平ゲンは倒れた。

「ふう、終わった終わった」

「今回も早かったのぉ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが背伸びをし、二人が階段の方へ向おうとしたとき。

「おいゲン、行くなゲン」

松平ゲンは首の調子を確かめながら立ち上がった。

「まだ、やるのか?」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは拳をゴキゴキ鳴らしている。

「違うゲン、試練とは戦うことじゃないゲン。」

「え?・・・」

「クイズゲン!俺が出す問題に答えることができたら次の階に行く鍵を与えるゲン」

「あ〜そうなのか。早く言えよ〜」

「早とちりしすぎゲン。お〜痛いゲン」

「すまんすまん、じゃあさっさと済ませよう」

「じゃあ、あっちの席の座るゲン」

松平ゲンはそう言って松平ゲンの反対側の席を勧められた。

「なんじゃか今までにない試練だから新鮮じゃのう」

村長もエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン側の席に座る。

「第1問ゲン」

ゴクリ・・・

「W杯予選2005年6月8日に行われた日本対北朝鮮は日本が勝ちましたが日本は何点入れたでゲンか?」

「???」

二人は首を傾げる。

「A、1点 B、2点 C、3点 D、4点」

「おい、ニホンとかキタチョウセンとか何言ってるんだ?そんなん全く聞いたことないよな?村長」

「う〜む、確かこれはアルフレッドの本屋で見たことがあるぞ・・・」

「ホントかじゃあ早く答えろよ」

「じゃけどほとんど覚えておらんよ」

「なんだよ。駄目じゃん」

「もうギブアップゲンか?」

「選択問題なんだから適当に言うぞ」

「あ、ああ、エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに任せるわい」

ふとエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは松平ゲンを見ると顎にはすでに髭が生えてきている。生えてきた髭が気になっているのか松平ゲンはジャリジャリと顎をさすっている。

ジャリジャリジャリジャリ・・・・

「じゃあ・・・・・Bで」

「本当にそれでいいゲンか?」

「ああ、もう変えない」

「ファイナルゲンサー?」

「??」

松平ゲンは変な呪文のような言葉を発した。

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは首を傾げた。

「ファイナルゲンサー?」

「は?」

何度も言うのでエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは聞き返した。

「だから、ファイナルゲンサーかどうか聞いてるゲン」

「いや、そのファイナルゲンサーってなんだよ?」

「ああ、知らないゲンか。ここでは答えを決めたらその合言葉を言うんだゲン」

「え?なんでだよ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは素朴な疑問を投げつけた。

「え・・・なんでって・・・・面白いからゲン」

「・・・・」

「・・・・」

少し沈黙が続いた。

「全然面白くないよ、それ」

沈黙を破ったのはエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンだった。

「え?まじでゲンか?」

松平ゲンは村長にも意見を求める。村長は何も言わず頷いた。

「あ・・じゃあ、言わなくていいでゲン」

「で、答えBなの?」

「あ、えーと・・・」

松平ゲンは手元のメモを見て答えを確認している。別に松平ゲン本人はそこまで博識というわけではなさそうだ。

「・・・あ、正解です」

「おお、すごいじゃないかエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョン」

村長はエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに向けて笑いかけた。

「昔から勘は結構鋭いんだ」

「・・・」

「で、次の問題は?」

「え?・・・あ、もう・・・やらないでいいでゲン」

「あ、そうなの?じゃあ鍵くれる?」

「はい」

松平ゲンはショックを受けた様子でひどく落ち込んでいる。懐から鍵を取り出すとエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに渡した。

「サンキューな、じゃあ村長行こうぜ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは鍵を受け取るや否や階段のほうに向った。

村長は松平ゲンの横に立った。

「あやつ悪気はないんじゃがのう・・・そんな落ち込むな」

「つ・・・次こそ・・・」

「ん、なんじゃ?」

「次こそ必ず面白いこと言ってみせますゲン」

松平ゲンの頬に涙が流れている。

「ゲン・・・・」

村長は松平ゲンの肩をポンと叩くとエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンに追いつくため歩いていった。

 

「なんだか知らないがわけのわからないやつだったな」

階段を上りながらエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが言った。

「うむ」

「そういや、昼食ってないな・・・」

「そうじゃな・・・」

村長は力無しに言った。

この塔に来てからフリスクしか食べてないためかなり栄養が偏ったのだろう。体力の減り方もいつもより激しい。

「もう遅いしそろそろ、昼飯にせんか?」

やはり村長から折れたようだ。

「わかった」

ちょうど階段上っているところだったので次の階で昼飯ついでに休憩することにした。

とうとう休憩だと思い654階の扉を開けた。

そこには驚くべき光景が広がっていた。

 

 

「へい、らっしゃい!」

威勢よく一人の男に声をかけられた。

「な、なんだ?」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはその光景に驚き戸惑っている。

そこにはカウンターらしきものがありガラスケースの中には生の魚肉が並べられている。

「なんじゃ、ここは・・・」

「あ!思い出した!これはチキュウに行ったときにあった寿司屋だ!」

「ほう・・あの寿司屋か」

「へい、こちらに」

男の言われるまま席に座った。

「ああ」

二人は席に座るとおしぼりを渡された。手を軽く拭くと額に滲んでいた汗も拭う。

「ずずずず・・・」

お茶は熱かったが非常に苦くておいしい。

「へい、何にしやすか?」

この男はこんなところでしかも一人で寿司屋を営んでいるのだろうか。気になる疑問であったがそれは触れないでおいた。

「じゃあ、まずは甘エビで」

「わしはイクラ」

「へい、毎度!」

前に来たときもこんなやつが握っていた。ふと気になったのでエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは聞いてみた。

「なあ、なんでこんなところで寿司屋やってるんだ?」

「へい、昔あるところで寿司屋を開業したんですが軌道に乗ったんでせがれに継がせたんですよ。へい、そしたらあっしかなり暇になっちまいましてね。へい、それで旅に出たんですよ」

「それでそれで?」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンはムシャムシャ食べているが村長は興味津々である。

「へい、旅に出て、ここのコリン様に拾われたんです。へい、それでここに開業して今に至ってるわけです」

「それでそれで?」

「・・・・へい・・・」

「それでそれで?」

「へい、あ、いや、これでおしまいです・・・」

「どーーーして面白いこと言わないんだ!!??」

「え?え〜〜??」

「一から勉強してこい!!」

「へ、へい、すいやせんでした」

男は素直に頭を下げた。

「まあ、反省してるならいいじゃろ」

そういうと村長もエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンばりに寿司に貪りついた。

 

「ふぅ〜食った食った。おいしかったぞ」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは腹をなでながら言った。

「へい、ありがとうございやす」

「うむ、久しぶりにおいしいものを食べたぞい」

「へい、ご指導もありがとうございやす」

男は笑いの心得はなかったが礼儀はしっかりしていた。

「ところで、あんた名前聞いてなかったな」

「へい、あっしは寿司へぇ初代当主 蘭堂 五右衛門でございます」

「蘭堂・・・・」

「へい、どうかしやしたか?」

「いや、なんでもない」

エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは7代目宗助に会ったことを覚えていたが面倒くさかったので話さなかった。

「じゃあ、しっかり笑いも勉強するんじゃぞ」

「へい!」

蘭堂はとびっきりの笑顔で応えた。

そして二人は久しぶりのまともな昼食を済ませ、寿司へぇを背に655階へと脚を運んだ。

とりあえず勘定はツケにしておいた。

 

トップ