第60話「エクスプロージョン」
※この話には食事中にはお勧めできない文章が含まれています。
「いたたたた・・・何するんですか、いきなり」
ブローバックは不思議そうにエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンを見つめている。エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは問いに答えずに指を鳴らしていた。
「いきなりも糞もないわい!」
いつの間にか背後に回った村長がブローバックに足払いを決めた。
「うわ!」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンと村長に蹴られまくった。ブローバックには何がなんだか分からない。突如、二人にリンチをくったのである。
「待って下さい。一体、何が気にくわないのですか?」
「あたしはこの塔に上ってから、フリスクしか食べてないんだよ!」
「担々麺屋と寿司屋があったはずです」
「食ったのはこの爺だけだよ」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが村長を睨んだ。
「そうですか・・・」
ブローバックが腹を押さえたまま、立ち上がった。
「このフリスクはただのフリスクとは違います」
「どう違うんだ?」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンの目に血の色は消えていない。返答しだいでは許さないという気迫がある。
「ベリーミント味です」
ブローバックは自信満々に答えた。
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは静かに斧を構えた。
「待って下さい!絶対うまいですから!」
「問答無用」
「ぎえええー!」
ブローバックの叫び声は松平ゲンの耳にも届いたという(松平ゲン著 講談社『踊る!親分探偵』より)。
失神したブローバックは、ごつんという鈍い音で目を覚ました。ブローバックの頭を村長が踏んでいた。
「起きんか。飯の当番はお主じゃぞ」
勝手に当番にされたことに僅かに腹を立てたが、抑え込んだ。
「分かりました」
ブローバックは起き上がり、軽くストレッチをした。
「腕をふるいましょう」
背負っていた気箱からフリスクと割烹着を出した。割烹着を手早く身に付けると、フリスクをボウルに入れた。麦焼酎に浸しておく。その間に、鍋に玉葱、人参、大根、昆布、納豆、山芋、苺、チョコレートを入れ、グレープフルーツジュースで煮込む。
三十分後。
「さあ、できました!」
ブローバックが大きな皿にフリスクを分け、煮汁を具ごとかけていく。
「どうぞ」
ブローバックがエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンと村長に手渡す。
「食べてください。旨いですよ」
何か、この得体の知れない料理から、音が聞こえてくる。スタンドすら出現しそうな勢いである。
ゴゴゴゴゴゴ
「これ、食えるのか?」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが村長に視線を投げ掛ける。
「わしゃ腹減った。食えんことはあるまい」
「そうだよな、元は食い物だ」
二人は脂汗をにじませていたが、空腹の限界を超えていた。
村長が意を決して一口頬ばった。
「どうだ?」
「・・・」
村長は口の中で大根を転がしている。
「どうなんだ?」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンがせっつく。本心、腹が減っているのである。
「うまい!」
それを聞くや否やエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンも食った。こちらは感想も言わずにむさぼっている。村長もそれを見て負けじとかきこみだした。二人は三杯もおかわりをした。
翌朝、三人は塔上りを再会した。昨日は夕飯の後、すぐに眠ってしまった。現在地は二千三百三十五階である。一行は二千三百三十六階に上がった。
「ここも簡単に行けるんですよ」
この点は二人ともブローバックに感謝している。彼がいなかったら、一体どれほどの時を要しただろうか。
「あ、もうすぐ来ますね」
ブローバックは腕時計に目をやりながら言った。
「もうすぐって何が来るんだ?」
「電車っていう乗り物です。この時間帯なら座れますよ」
「何だ、電車ならあたし達の世界にもあるよ。なあ、村長」
「うむ」
「あ、そうでしたか。そちらの世界にも電気が通ってるんですね」
ブローバックの小馬鹿にしたような物言いに、村長とエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンは少なからずストレスが溜った。
「この世界に来る時も駅から行ったんだぜ。なあ、村長」
「うむ」
「来ましたね」
電車が轟音を響かせ、やって来た。どうやら、準急らしい。単線のくせに十両編成である。
「準急ですから、二千五百階までノンストップです。そこで急行に乗り換えましょう」
「よし、じゃ乗ろう」
乗車後三十分も経ったろうか。村長の顔色がおかしい。
〈これはやばいかもしれん〉
ぎゅるる・・・
〈は、腹が・・・〉
「のう二千五百階までどれ位かのう」
「そうですね、二千四百階過ぎましたから、あと四、五十分ってとこです」
「そうか」
あくまで村長は平静を装っている。絶対にばれてはならない。
〈四、五十分か。耐えるんじゃ、耐えるんじゃ〉
「ブローバック、何分たったかの」
「はは、まだ一分も経ってませんよ」
ブローバックは愉快そうに笑った。ギャグか何かだと思ったのだろう。村長も一応愛想笑いを返す。頬が引きつっている。
〈あと四十倍も耐えねばならんのか!ハァハァ!大人として漏らすわけにはいかん。かと言って途中では降りれん。う!波が!巨大な波が!〉
村長は汗だくになっている。そんな村長にエリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが話しかけてきた。
「どうしたんだ?汗だくじゃないか。ポリーじゃあるまいし」
〈糞!話しかけるな!今、集中を切らしてはならん!お、波がひいてきたぞよ。何か腐った物でも食ったかのう。あ、フリスク食ったか・・・〉
「ふぅ、暑いからのう。太陽に近いからかのう。う!」
〈また波が!〉
「何だよ、『う!』って」
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンが尋ねる。
「いや、何でもない。わしも呆けてきたかな。ははは」
村長は無理矢理会話を終わらせた。
〈ふぅ、ふぅ、ふぅ、これ以上は無理だ。客車でしてしまうか。しかし、空いてるとは言え、人はいる。構うか、やっちまおう。村長としての威厳がなくなってしまう・・・どうしたものか・・・ぐぉ!やばい!やばい!マジでやばい!うぉぉぉ!〉
村長は尻の穴をしめるため、思わず立ち上がってしまった。それを見たブローバックが言う。
「村長さん、どうしたんですか?」
「たまには立ってみようかな、と思っての」
「汗もかいてるじゃないですか。冷たい水ありますよ。どうぞ」
ブローバックは村長の目の前に差し出した。〈余計なことを・・・こんな状況で水など飲めんわ!〉
「いや、わしは喉など渇いておらんから・・・」
「いえいえ、遠慮なさらずに」
ブローバックはしつこく迫ってくる。
〈これ以上断わったら悟られるやもしれん。こうなったら仕方あるまい!乗るか反るか!〉
「すまんな、ブローバック」
村長はごくごくと喉を鳴らしてペットボトル一本を飲んだ。
「あ」
車両内に臭気が充満した。村長のズボンの裾から、例の茶色の液体がしたたっている。
〈ふぅ〜、極楽じゃ〜〉
「村長、漏らしたな?」
「うむ、漏らしたぞよ」
悪びれる様子もない。
エリザベータ・アンゲルトリューテン・ウォンチョンとブローバックは隣の車両に移った。