2.教育
(1)企業における教育
企業でも、社員教育は非常に重要です。 学校を卒業して入社し、即戦力として通用することは少ないです。 新卒の新入社員は、 その企業で仕事をする上で必要となる能力を 上司や先輩社員から教わります。 入社後に、かなりのコストをかけて新人研修を実施する企業も多いです。
最初のうちは、給料をもらうのに値する仕事ができるように、 最低限の技能を習得します。 そのうちに、マネジメント能力などのより高度な能力を 習得することもあります。 さらに、より適切にマネジメント能力を発揮できるように、 意識付けの教育を受けるケースもあります。
この意識付けで重要なのは、その会社の ビジョンやミッションを意識することです。
せっかく会社のビジョンやミッションを設定しても、 書いて壁に貼るだけではあまり意味がありません。 社員が、ミッションをこなすのに必要な能力を習得し、 ビジョンに向かうモチベーションを持つことが 必要不可欠です。
社員の業績は、以下の式で表されると考えています。
業績 = 能力 × やる気 ± 運
教育で能力を高めると同時に、 やる気を高めることが重要です。 やる気を高める方法は、教育以外にも色々ありますが、 まずは、ビジョンをしっかりと教えて、 それに向かうことがどんなに魅力的なことかを教育する必要があります。
ビジョンを設定し、ビジョンに向かうモチベーションを高めることが、 企業にとっては非常に重要です。 これは、会社のリーダーの責任です。 特にトラブルが起こっていない平時においては、会社のリーダーは、 ビジョンを設定し、ビジョンに向かうモチベーション向上のことだけを 考えていれば良いのです。
(2)これまでの日本の教育
企業でも国でも、ミッションを自覚し、 ビジョンに向かう原動力は、人間です。 国が主導する国民に対する教育は、 国のビジョンを達成に向けた、 国民による推進力を強化することを目指すべきです。 国には、非常に重要な国策がいくつかありますが、 教育は、全ての国策を支える土台であり、 最も重要な国策であると考えています。
今の日本の学校教育は、何をビジョンにしているのか よくわかりません。 新しいビジョンを意識して、 抜本的に再設計し直したほうが良いように感じます。
新卒の新入社員研修では、会社で必要な技能を教えます。 しかし、それ以前に最も重要なことがあります。 それは、学生意識の払拭です。 日本的な学校教育で染み付いた価値観を捨て、 ビジネスマンとしての価値観を再構築する必要があります。 (以下の表を参照)
| 学生の価値観 | 会社員に求められる価値観 |
|---|---|
| 問題には正解がある。 | 問題には正解はない。ただし、不正解はある。 |
| 先生が正解を知っている。 | 社長も上司も先輩もお客様も正解を知らない。 |
| 先生や親の言うことを聞く子がほめられる。 | 自ら考えて、自ら実行し、結果を出す人が評価される。 |
| 勉強して知識の量を増やし、テストで書けるのが重要。 | 必要な情報をタイムリーに収集し、適切な判断を下すのが重要。 |
| 「読む」「書く」が重要。 | 「読む」「書く」は重要。「聞く」「話す」はもっと重要。 |
| 長時間勉強すれば、成績が上がる(ような気がする)。 | 仕事の内容が大切。仕事時間の長さと成果は比例しない。 |
| テストの成績を上げて、良い学校に入りたい。 | 仕事の成果を高めつつ、仕事以外も含めた人生全てを充実させたい。 |
学生時代は非常に優秀で、一流と呼ばれる大学を卒業したのに、 社会に出てからはイマイチという人も少なくありません。 私が見た感じでは、学生時代の成功体験に束縛されており、 価値観の再構築が出来ていないケースが多いように思います。 例えば、上司を先生の代わりと考えてしまい、上司の頭の中の 「正解」に合わせようとするケースがあります。 このケースでは、上司の指示待ちで自分で頭を使って考えないので、 成長しないどころが、思考能力が退化していくようにすら見えます。
日本では、何十年も前から、ペーパーテスト重視の教育を 続けてきており、それが上記の「学生の価値観」になっています。 社会人になっても、「価値観の再構築」が難しいケースも多く、 実質的には、 「日本人の勉強や仕事に対する価値観」 として、すっかり染み付いているように思います。
この価値観で、 恒久的な世界平和と地球環境維持 を日本人がリードするのは、 かなりの無理があるように感じます。
もちろん、これまでの教育にも良い点はたくさんあります。 ペーパーテストも、客観的に公平に短時間で多数の生徒の レベルを測定する手法としては優れています。 これらを全否定するわけではありませんが、 もう少し、日本のビジョンを再確認して、 どのような教育が良いかを再定義してみたいと考えています。
(3)これからの日本の教育
教育のビジョンは、国そのもののビジョンです。 富国強兵の時代には、「末は博士か大臣か」という言葉がありました。 日本を強い国にするためには、高い技術力と政治力が必要でした。 そのため、そのような人材に成長すると期待できることが、 最高の褒め言葉だったわけです。
戦後の教育は、優秀で従順な労働者を輩出して、 経済発展に貢献することを狙ってきたようにも感じられます。 しかし、グローバル化が進み、経済的にも世界中がライバルになった 現在では、上司に従順な社員ばかりでは、業績は上がりません。 自ら考えて、自ら実行し、結果を出せる人が必要です。
ペーパーテスト重視型教育には、 昔から「不良」「ヤンキー」が出てしまうという問題があります。 彼らは、頭が悪い落ちこぼれと言われがちですが、 頭が良過ぎて「不良」になってしまっているケースも、 少なくないと思います。 この場合の「頭が良い」は、もちろんペーパーテストの 点数ではありません。 頭の回転の速さ、問題の本質を見抜く力、 複雑な物事を総合的に判断する力、他人を思いやる心など、 人間としての基本能力のことを言っています。
先生や親の言うことを素直に聞いて、 真面目に勉強して、テストで良い点をとるような子が、 「良い子」として褒められます。 しかし、そのような良い子が、 価値観を変えずに「良い子」のままで社会人になっても、 優秀な社会人として認められるのは難しいです。
いわゆる「不良」は、 良い子の価値観は目的意識が希薄で、 無意味であることを見抜いています。 要するに、「良い子」は「かっこ悪い」のです。 だから、対極にいる「不良」が、 相対的に「かっこ良い」と思えるのです。 「不良」は、勉強は「かっこ悪い」からやりません。 とうぜん、ペーパーテストの点は悪くなりがちです。 しかし、だからと言って、頭が悪いとか、 人間的に劣っているということは言えないのです。
個人的には、「少し不良っぽい」くらいなら良いですが、 本当に「芯から不良」まで行ってしまうと、 それはそれで「かっこ悪い」とは思いますが。
横道が長くなりました。 言いたかったことは、ビジョンに照らして、 どういう勉強をする必要があるかを明確にしたいということです。 その勉強をすると、将来どう役に立つのかが、子どもたちにも しっかりわかるように説明したいということです。 頭ごなしに、「勉強しなさい」だけを繰り返すのは、 子どもから見たら「不良になりなさい」と言われたのと、 大差はありません。
これまで色々な教科の勉強をしていますが、強めたいポイント、 手を抜きたいポイントを自分なりに列挙してみます。
日本が世界をリードするためには、日本人同士のチームワークはもちろん、 様々な国の人たちとのコミュニケーションが欠かせません。 文章を「読む」「書く」はもちろん重要ですが、 「聞く」「話す」はもっと重要です。
政治やビジネスでの「会話」は、 目的(会話による期待成果)を意識しつつ、 目的を達成するために話し相手の気持ちを推量し、 発する言葉を選ぶという作業を同時に瞬時にこなす必要があります。 訓練が必要な大変な行動です。 学校という場所で、先生や他の生徒と一緒に学ぶことが重要です。
授業に「ディベート」を取り入れている国もあると 聞いたことがありますが、 なるほど一理あると思います。
反対に、パソコンの普及により、 漢字を手書きすることは激減しています。 漢字を読める必要はありますが、 自分で書ける程度に覚えるのは、 手を抜いても良いように思います。
小学校の算数くらいであれば、社会に出ても必要と実感できると思います。 中学の数学くらいから、技術系の一部の仕事を除いて、 実際に使われるケースは、ほとんどないように感じます。
ただし、論理的な思考能力を鍛える頭の体操としては、 有効に機能していると思います。 頭の体操が目的だと割り切って、 パソコンソフトを使って、 ゲーム感覚で楽しく勉強するのもありだと思います。
教養としては必要だと思いますが、 忘れたらネットで調べれば良い時代になったので、 記憶することに固執しなくても良いかなと思います。 パソコンソフトを使って、 ゲーム感覚で楽しく勉強するのもありだと思います。
ただし、「法律」だけは、社会に出てから必要不可欠な知識であり、 少なくても基本的な事項は記憶することに固執したほうが良いと思います。
正しく理解しておけば、色々なメリットを享受することが出来ます。 例えば、電気についての正しい知識がないと、 感電して命を落とすという危険もあります。 正しい知識があれば、安全に効率よく活用できます。 電気に限らず、自然界の色々なことについて、同様のことが言えます。
パソコンソフトを使って、 ゲーム感覚で楽しく勉強するのもありだと思います。
日本が世界をリードするためには、 事実上の世界標準語である「英会話」が必須です。 多少、文法や発音がおかしくても良いから、 言いたいことがお互いに伝わるような訓練が必要です。 「国語」のところで、政治やビジネスでの「会話」について、 難しさを書きました。もちろん、「英語」でも同様です。
日本語は音の数が少ないので、L も R もどちらも「ラ行」に 聞こえてしまうなど、そもそも日本人はヒアリングが苦手です。 会話自体の訓練以前に、話している「音」を 聞き取るところから訓練が必要です。
中学〜高校で6年間英語を習っていても、 海外旅行で買い物すら満足にできない人が多いです。 日本人教師による、カタカナ英語授業は、 抜本的に改める必要があります。とは言っても、 いきなり先生をみんな首にして、来年からネイティブの先生に 全取っ替えというわけにもいきません。 中長期の計画を立てて、段階的にシフトしていく必要があります。
ビジョンに向かって、ミッションを推進していく人材を輩出するためには、 ビジョンに向かっていく意識の教育が重要です。
どういう未来にしたいか、そのためには自分自身は何をすべきかについて、 しっかりと見つめる必要があります。 その結果、自分自身の存在をしっかりと肯定し、 自分自身の役割意識を持ち、自分自身の人生の目標を設定し、 他人や他国に対する思いやりが重要であることに気づく、 そういう教育が出来れば良いと思います。 「不良」に逃げる必要がなくなるため、 「不良」が死語になると期待します。
例えば、以下のような話を教材として、 じっくりと読み、じっくりと感じ、 じっくりと考えるような授業ができれば 良いのではないかと思います。