3.人間愛

(1)日本における人間愛

人間愛というと、個人的には、欧米に浸透しているイメージが強いです。 キリスト教的な「愛」の精神が浸透しているのが、 背景にあるのかなと想像しています。 キリスト教との関係はよくわかりませんが、 欧米では、寄付の文化が根付いていると聞きます。 困っている人のために行動するということが、 しっかり定着しているように見えます。

私は、日本での「人間愛」は、 欧米とはかなり違う形で定着していると考えています。 それは、「全体のために我慢する」という形です。

日本人は、今でこそ様々な職業があります。 江戸時代ごろは、士農工商の「農」が8割程度だったと聞きます。 大多数が農業従事者だったわけです。

昔は、農業機械も化学肥料も農薬もありません。 全て、人手の作業です。 地域のみんなで共同作業することが重要です。 ですから、「私欲」を抑制して、 譲り合って全体のために貢献するという意識が定着しています。 東日本大震災の被災者が、支援物資を奪い合わずに 秩序よく整列しているのを外国のメディアは驚愕したと 伝えました。 しかし、日本人(特に東北地方)には、 普通に定着している意識であり、当然のことだと思います。

ところで、 「2.教育」 では、会社員の業績は、 「業績 = 能力 × やる気 ± 運」 で表されると書きました。 農民の業績に対する意識は、以下の通りで、 かなり違うと考えています。

業績 = 運 + 努力の量

農薬がないわけですから、雑草や害虫駆除の作業量には、 きりがありません。長時間我慢して努力することが、 良い結果につながる可能性を引き上げます。 とは言え、自然の力は圧倒的に強力です。 人間の力ではどうしようもありません。 ですから、豊作は八百万の神々に祈るしかないのです。

日本人が、結果はともかく我慢して努力すること自体を 美徳と考えがちなのは、このような背景があるからだと 考えています。 欧米とは違った、日本独特の良さであり、 強さであると思います。 ただし、結果が出るか否かに関わらず、 努力だけで満足してしまうという弱点でもあります。

(2)日本国内での地域差

首都圏で電車通勤していると、 「私欲を抑えた譲り合いの精神」が なくなったように思います。 非常に悲しいことです。

子どもの頃、故郷の某地方都市に住んでいたときは、 譲り合いの精神があったと思います。 例えば、歩道で歩行者同士がすれ違うときには、 相手が歩きやすいように、 両者が自然に歩道の端に寄って歩くのが当然でした。

歩道の端に寄らないからといっても、 お互いに大して迷惑になるわけではありません。 道の端に寄るというのは、ほんのちょっとの手間と、 1秒にすら満たないくらいの非常に短い時間の ロスがあるかもしれません。 そのほんのちょっとのことが出来ない人間というのは、 「ものすごく恥ずかしい人」というイメージがありました。 本当に心の底から、見ず知らずの通行人を思いやっているというよりは、 「エゴ丸出しの恥ずかしい奴」と思われたくないので、 思いやりのありそうな行動をしているというように感じていました。

根底には、農村における共同体の時代の意識があると思います。 地域のコミュニティに馴染めない、いわゆる「村八分」は、 農業機械も化学肥料も農薬もない時代の農民にとっては死活問題です。 「自分が生きていくために、自分のエゴを抑える」 というのが、ベースにあると思います。

首都圏で電車に乗る場合、さすがに乗るときくらいは、 列に並んで順番に乗ります。 しかし、降りるときは、出口に近い人から順番に降りれば良いのですが、 降りようとして出口付近に立っている人の後ろから、 割り込んで我先に降りていく人が散見されます。 駅構内を歩いているときも、人にぶつかっても平気なのか、 避けようとしない人が多いです。

私は、北は北海道から南は沖縄まで旅行で行ったことがありますが、 首都圏だけ思いやりが足りない人の率が、 異常に高いように感じています。 それには、以下の理由があると感じています。

最後の項目は、 満員電車に乗る場合を例にして、説明します。 自分が満員電車に乗ると、 すでに乗っている人たちには、 自分が乗るためのスペース分だけ、 これまで以上に窮屈な思いをしてもらう必要があります。 しかし、それを嫌って次の電車を待ったとしても、 状況は改善しません。 けっきょく、すでに乗っている人たちに嫌がられる覚悟で、 電車に乗るしかないのです。 「割れ窓理論」的に言うと、このちょっとした 「他人への迷惑」に慣れることが、 さらに大きな他人への迷惑にも鈍感になっていくのではないかと、 心配ではあります。

逆に首都圏でも、 地域コミュニティが壊れてなさそうな昔からの住宅地で、 普段電車に乗らなさそうなお年寄りは、 思いやりのある行動をする傾向があるように感じています。

(3)これからの日本人の「人間愛」

日本が、恒久的な世界平和と地球環境維持で世界をリードするためには、 「日本だけ良ければいい」というようなエゴを捨てて、 地球規模で物事を考える必要があります。

まずは、「小さなことからコツコツと」やるしかないと思います。 他人に対する小さな不快感を与えることを根絶し、 他人に配慮できる水準を高めていく必要があります。 本当の意味でのグローバルな人間愛は、 そういう小さな努力のずっと先にあるように思います。

例えば、以下のようなことです。

上記は、「恒久的な世界平和と地球環境維持で世界をリードする日本人」 として、最低限の必要条件だと考えています。 他に何が必要かは、正直まだ良くわかりません。