けれど。
「そういやさ。日織はお前に何をどう教えたんだ?」
落としたままのタオルと着替えを和に渡し浴室に追い出しながら、成瀬は一応確認しておこうと思ったというか、墓穴を掘りそうなことをあえて聞いて見ることを忘れずにいて。
「き、聞きたい?」
「………はっきり言うと、すげー気になる」
「うう……」
あの(和至上主義な)日織が、ごく普通の教え方をしたとは思えないから。
答えたくなさそうに赤面して眉を寄せる和に、そう言ってしっかりと頷いて見せると、和は僅かな間の後、何かあったときの保険なのか退路を浴室の方に見出し後退しながら口を開く。
「うーんと、男同士ってどうしても初めは物凄く痛いってことと、痛い分相手次第では血が沢山出るかもって言われたよ」
「………」
のっけから余計なこと吹き込んで怖がらせてんじゃねー!…と思っても、ぐっと怒声を飲み込みとりあえず黙っている成瀬だが。
「…あとは」
「え、ええとね。日織でさえ、初めての時は動くのも億劫だったって。オマケに和さんじゃどうなるか判らねえですねえって」
「いくら何でも、日織が大げさに言ってるだけだろ」
恐らく和は最大限に噛み砕いて話していることが伺える言い方に、冷静な振りをして相槌を打ちつつも、だからコイツに一体何をどう教えたんだ日織!と、成瀬が(心の中で)盛大にツッコんだのも無理はない。
…が、しかし。
「それだと流石に大学がある日は勘弁して欲しいけど、でも、次の日が休みだったら何とか大丈夫かなって…。それで今日がちょうどそんな日だなーって気付いたら、さっきみたいに自分から誘うってことを試してた」
「………」
「うまく誘えなくて、ごめんね…?」
「もういいって(っつーかこれ以上喜ばされたら自信がなくなるからもうヤメロお前実は俺を試してんじゃねーのかっ!?)」
着替えとタオルを抱え、赤い顔をして上目遣いで謝る和に、成瀬は先ほどの決意がぐらぐらと揺らぎそうになるのを感じつつ。
「どうしたの?」
「なんでもないから気にすんな!」
「……?」
それと同時に、和が痛みに対する恐怖と羞恥を秤にかけてさえ、迷わず自分を選んでくれたのだとも知れて彼の機嫌は上昇するばかり。
「…あー…と、本当になんでもねーって。それよりも和。お前が食べたいって言ってたアイス買ってきてあるから。風呂から上がったら食べるだろ?」
「ほんと?」
「おう。だからさっさと入って来い」
「うん!」
自然と若気る顔を誤魔化すべくアイスで釣れば、和はぱっと笑顔を浮かべ、今度こそ確実に浴室へと向かうべく部屋を出て行った。
「…俺達は、なるようにで別にいーじゃん、なあ?」
しっかりアイスで誤魔化された和に、まだ食い気が勝る関係も結局は幸せだからそれでいいかと成瀬が思った、そんな話。
そして放置されていた薄い包みをこっそりしまい込み、和に対して余計な気遣いばかりする日織を本気でどうにかしろと、そう磯前に言ってやろうと成瀬が一人心に決めたという話。
【 愛恋処方箋・完 】