「何でそんなもの持ってくるのーっ!」
「和さん、猫が今度こそ怒りますから落ち着いて。それに一体何を驚いてんですか」
「驚くよ、驚くだろ普通っ」
和が焦るのはもっともな話で。
新しいお茶ですよ、と差し出された湯飲みと一緒に、何の前置きもなく薄い包みの避妊具を渡されたら、和でなくとも驚きそうなものだ。
「そんなもんですかねえ…?」
「…………」
首を傾げ本気で判っていない様子の日織に、和は以前磯前が彼について「気遣いがずれている」と言っていた事を思い出し、それはこういうことかと今更ながらに思い知る。
「けど、こういうモンはちゃんと事前に用意しとかねえと。いざって時に大変なのは和さんの方ですよ」
「だからって、お茶と一緒に持ってこなくてもいいじゃないか…」
と焦る和に、日織はこれ以上ないくらいに優しく微笑んで。
こんなのはまだ序の口でしょうと、和からしたらまるで追い討ちのようなフォローをしてきた。
「この際ですからね、男同士でやる時の知識だけでなく、最低限必要なモンを分けてあげようかと思いまして」
「さささ、さいてい、げん、って…」
用意しとくに越したこたあねえですから、と無駄に気合十分で教える気満々な日織に対し、今の段階で和はすでに白旗を振りそうな状態だった。
ちなみに手渡す以外にも、用意してきたものを差し出す日織に対し、「意気揚々と湯飲みの隣に並べなくていいから!」とは和の心の叫びである。
…そんな和の視線といえば、並べられてゆくそれらを最早直視できずに、部屋中を頼りなく彷徨っていることも付け足しておく。
「和さん。今は恥ずかしくても、ちゃんと用意しときゃいざって時に間違いなく役に立ちますから」
和の反応を予想していたのか、微苦笑とともに日織が声をかけてやると、和はネジの切れかけたゼンマイ仕掛けの人形のようなぎこちない仕草で視線を戻す。
「…そういうもの、なの?」
「そういうモンですよ。さらについでに、大まかに手順ってえかこうなりますよってえことも、はっきり詳しくお教えしときましょうか」
「お、しえ、?」
「はい。…ま、一部俺の実体験も入ってますがねえ」
「………」
照れや羞恥を微塵も見せず、終始笑顔で事細かに話し出した日織を、今更和が止めることなど出来るはずもなく。
男同士だからこそ気をつけるべきことがあるんですと、逐一説明しながら念入りにそう釘をさされ、和は恥ずかしさに真っ赤になりながらも真剣にその説明を聞きつづけ(させられ)た。
「大丈夫ですか、和さん」
「ぜ、全然大丈夫じゃないけど、頑張る…」
日織からの(具体的過ぎる)説明を全てを聞き終えた和は、己の許容範囲をとうに超えた内容に完全に飽和状態に陥ってしまい。
日織が分けてやると揃えた代物も、結局羞恥に耐えかね、和が持って帰れたのは成瀬が見つけた薄い包みが一つだけだったけれど。
…それが日織なりの和への気遣いだったと同時に、「俺の大事な和さんを、こんなに悩ませてんじゃねえや」という、成瀬に対する地味で密かな嫌がらせであったことを知るのは、磯前忠彦ただ一人。
【 愛恋指南書・完 】