新たな出会いが待っていました。



「…人がバスケットに入れてやったのに、結局出して懐に入れるのか」
「いいじゃねえですか。まだまだ温かくしてないと駄目なんですし。ねえ和さん?」
---ぴゃあ。
「しょうがねえな、潰さないようにだけ気をつけろよ」
「勿論です。さ、和さん。本日初出勤ですよー」
「…和が出勤するわきゃねえだろうが。大体この場合は預かってもらうってクチだろう」
「それこそいいじゃねえですか、こういうのは気の持ちようでさあ」
「ったく…。お前、客相手にその調子で紹介するんじゃねえぞ。ほれ、ついた……ん?」
「あれ?」

何度も車に乗せているおかげか、特に怖がる事もなく日織の懐で丸くなっている和に、人間たちは好き勝手なことをいっていて。
磯前の運転する車で日織の本日の勤め先である喫茶店に向かった二人は、予定ではまだ帰宅しているはずのない店主である母娘の姿に揃って首を傾げた。

「なんかあったみてえだな」
「そうみたいですねえ」

駐車場に車を停め、日織が和を抱えたままなので磯前が荷物を持ち。
そうして外から様子を伺っただけで二人が何かに慌てている事が見て取れたため、日織はともかくまだ時間があるからと磯前も中に入ってゆくのだけれど。

「梨奈、あとはどうしたら良いかしら」
「どうしたらって…どうしよう、お母さん…」

元女優で磯前とも共演経験のある、今はこの喫茶店の女店主である菊原ひさ乃と、その娘でこの店の看板娘でもある梨奈が、何かを囲むようにして顔を見合わせていた。

「あの…どうしたんです?今日は旦那さんの月命日でお参りに行っていたはずじゃ…」
「日織さんー!!」
「わ!?」

カラコロン、とドアベルを鳴らして中に入って行ったのにそれに気付くことなくうろたえるばかりだった二人は、恐る恐る声をかけた日織を振り返るとまさに天の助けとばかりに詰め寄ってきた。

「ど、どうしたら良いんですの?!」
「どうしたら良いの?!」
「は?!」
「何事だ」

女性二人の勢いに押され、懐に抱えたままの和を庇うように身を引きかけた日織だったが、一人いつもと変わらない磯前が割って入ったことで冷静さを取り戻して。
半泣きで今まで二人が見ていた物を指さされ、訝しみながら磯前と共に促されるままそちらに視線を向けて…今度はこちらが揃って絶句した。

「………」
「………」
「寒そうにしていましたから、とにかくタオルでくるんで温めたんですの」
「おなか空いてるのかなって思ったから、ミルク温めてみたけど飲んでくれなくて」
「先ほどまで鳴いていらしたのに、今は震えるばかりで…」
「うちの近くに病院がないし、電話帳で調べたけどこんな早い時間そもそも開いてなくて…」

自分たちが思いつく事をやって、けれどそれからどうしたらいいのか判らないのだと半泣き状態で訴えられ、絶句のあまり硬直していた磯前と日織の思考回路が戻ってきた。

「…っと、呆けてる場合じゃなかったな。日織よ、また電話しろ」
「了解です」
「磯前さん…?」
「菊原、嬢ちゃん、すぐ出掛ける支度しろ。ああいや、この際戸締りだけでいい。おい日織、どうだって?」
「大丈夫です、すぐに診てくれるそうですよ」
「よし、日織はそのまま和を抱えてろ。嬢ちゃん、こいつらタオルに包んだままでいいからこのバスケットに入れて持て。移動中でも温めなきゃならんからな、カイロがあるからそれも使え」
「さ、菊原さん行きましょう。梨奈さんもバスケットはなるべく揺らさないようにして。いいですか?」
「え、ええ…」

狼狽していた二人は縋った相手にてきぱきと指示を出されそのまま身体を動かしはするのだけれど、何がどうなっているのかさっぱり分からない。

「あ、あの、何がどうなっていますの?」

あれよあれよという間に行き先も告げられずに車の後部座席に乗せられ、それでもカイロを温めるべく揉み解しつつ、同様にバスケットを抱えたまま困惑している娘と顔を見合わせてから首をかしげる菊原に、助手席に乗っていた日織が肩越しに振り返り。
にこりと、人の好い笑みを浮かべて大丈夫ですよ、とまずそう告げて。

「今から和さんがお世話になってる動物病院に向かいます。連絡したらすぐに診てくれるってんで、あとは一分一秒でも早くそこに向かうだけでさあ」
「あ…」
「時間が惜しいからちっと荒く行くぞ。嬢ちゃん、バスケット落とすなよ」
「はい!」

おっとりしている母ではなく自分を指名したのはこのためか、と磯前の言いたいことを瞬時に理解した梨奈は、自分の腕に抱えている消えそうな命を守るべく力いっぱい返事をして。
母が揉み解していたカイロをバスケットの中に入れて温度を保つようにすると、磯前の「ちっと荒い」運転に負けないように腕に力を込めてしっかりと抱え込む。


「…大丈夫だ。和が助かったんだ、こいつらだって死なせやしねえよ」


これから四人が向かうのは、日織の懐で磯前の声に応えるように一声鳴いた和が普段お世話になっている鳴海動物病院。
梨奈が抱えているバスケットに入っているのは、和が拾われたばかりの頃のような、小さな小さな子猫が二匹。


どうかどうか、この子たちの命が消えませんようにと、急ぐ道中それだけが皆の切実な願い。



そして。



「真神くん、急いで!!」
「はい!!」



磯前の「ちっと荒い」運転で予想以上に早く到着した動物病院で、消えかかっている小さな命は日織たちが信頼を寄せる獣医師の手に預けられた。



つづく
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