08 一日限定母の日拍手お礼SS再録。





二人と一匹の生活は、小さな問題はあれどそれなりに順風満帆で、いつも平和が約束されているけれど。
…時折一人が暴走すると、大抵ろくなことにはならないのもいつも約束されていること。




「いてて…」
「どうした?」

煙草を買いに外に出ていた磯前が戻ってくると、同居人の日織が珍しくも頬に引っかき傷を作ってしかめっ面になっていた。

「……珍しいな。和に引っかかれたのか」
「ええ、その通りで」

日織の頬の走る見事な引っかき傷は、二人が飼っている猫の和がつけたものだということは直ぐに分かるものの。
その和は雄猫にしてはどうにもこうにも気が弱く、しかも滅多なことでは人に対して爪を立てたり噛み付いたりということをしない温厚な性格だから、磯前としてみれば純粋に驚いてみせるのだが。

「かなり本気で引っかかれてんな。何があった…というか、お前和に何をやらかした?」

日織の顎を掴み引っかき傷を改めてよく見れば、しっかりと血が滲んでいるような深さに余程のことがあったと推測できてしまい、普段の日織のことを省みるとこう言わざるを得なかった。

「ちょいと旦那、和さんじゃなく俺ってのはどういうことです」
「お前な、胸に手を当てて手前ぇの行動をよく考えてみろ。四六時中無理やり構い倒して写真を撮りまくってんだ、和にしてみりゃそれだけで十分ウザいだろうが」

だがそれはさしもの日織も引っかかるところがあったらしく、無駄と知りつつ一応抗議してみれば、顎を掴んでいた手で胸を叩く磯前によりあっさりと否定されて。

「……旦那だって構い倒してるじゃねえですか」
「お前と違って俺の場合は和から寄ってくるからいいんだ…って、今はそういうことじゃねえだろう」
「ちっ」
「話題を逸らせなかったからって舌打ちするんじゃねえ!ほれ、その引っかき傷の原因を白状しやがれ」

それでも最後の足掻きにやっかみ半分の事実で対抗すれば、それすらも読んでいた磯前はあっさりと話題を元に戻してしまう。

「えー…本当に、大したことじゃねえんです」
「………」

そして逃げ道がなくなった日織が視線を逸らしつつこの場を去ろうとしたところで、磯前は何も言わず顎をしゃくって「そこに座れ」と最終勧告を出した。

「………すみません」

…こうなると日織にはそこに座る以外なくて。
とりあえず、一言だけでも詫びるしかなかった。

「詫びは俺じゃなく和にだろうが」

渋々でもきちんと座って謝罪する日織に、磯前がいつもの事ながら指摘してやると、日織は今度こそどうにも逃げられないと諦め痛むひっかき傷に手を当てる。

「うーん…和さん、しばらく俺に近寄らねえんじゃないかと思うんですよ」
「本当にお前は何をやらかしたんだ…」
「昨年のリベンジです」
「は?」
「去年父の日では旦那に和さんの初ちゅーを譲ったじゃねえですか。で、今年の母の日には今度こそ俺がと…」

旦那ばっかりずるいですよと、そう拗ねる日織だが。

「……和は、猫だぞ」
「判ってまさあ」
「お前は猫相手に本気か」
「当たり前です、何たって俺たちの可愛い和さんですからねえ。あ、勿論旦那とは別口ですから安心して下せえや」
「何の安心だ、何の……」

磯前からしたら、はっきり言っていい迷惑だったそれに理不尽な言い掛かりをつけられ、それに加え日織の馬鹿馬鹿しい理由に心の底から目一杯溜め息を吐いた。


「……」


呆れて脱力しつつ部屋を見渡す磯前の視界の角には、こちらを伺うような位置で箪笥の隙間に入り込み、相当脅えているのか耳を倒し、かたかた震えながらもしっかりと日織を睨みつけている和の姿。




(この馬鹿がずれてんのは、気遣いだけじゃねえんだよなぁ…)




気遣いがずれていると評判の日織は、愛の注ぎ方も相当ずれていて。
平穏なはずの二人と一匹の生活は、かなりずれた愛を惜しみ無く注ぐ母親もどきの一人によって時折こうしてぶち壊されるのだった。




【ねこ・ねこ・間奏曲 母の日version・完】


母の日限定で置いていた拍手お礼小噺一柳和の受難編。
(というか、一柳和の受難というよりもパラレルですが)。
和が猫だろうが人間だろうが、日織お母さんは本気です。
それに対して忠彦お父さんは呆れて溜息しか出ません。
何だか日織がどんどんおかしい人になって…こんな日織はありですか?

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