猫好きが昂じて猫専門の留守預かり。
まあ強いて言えばベビーシッターのようなことを生業にしている目つきの悪い男の目の前には、ふわふわの黒い毛玉の塊…基、仔猫が一匹。
小さな身体で目一杯飼い主に甘えている姿に羨ましく思っていた彼は、今、その猫を宥めるのに必死になっていました。
『みー(ただひこさーん)』
「………お前の飼い主は、仕事に行ってるんだ」
『みーっ(ただひこさーんっ、なごおいてっちゃやー!)』
「…………そんな聞き分けのないことを言うな………」
飼い主が仕事に出かけて暫くの間はおとなしかったのに、それが今はこうして主人恋しさに鳴きどおし。
おもちゃを翳しても、好物だと言われた餌やおやつを出してみても、どれにも興味を惹くものがないようで。
あまりにも切ない鳴き声に、男はどうしたものかと(プロの癖に)途方にくれて、万策尽きた為に仕方ナシに無理やり抱き込んでいました。
『みー!(ただひこさんじゃないー!)』
「暴れるな馬鹿者、お前の爪はまだ柔らかいんだ、俺の服に引っ掛けて万が一にも折れたらどうする」
『みーっ!(ただひこさんじゃないからやーだー!)』
飼い主からおとなしいと聞かされていたのに、なかなかどうして暴れん坊の仔猫に意表を突かれた形ではありますが。
それでも彼は「それも猫ゆえ」で片付けられる大層猫馬鹿な性格でしたから、そこが問題なわけではないのですが。
「…せめて留守の間だけでも、飼い主よりも俺を選べ馬鹿者……」
小さく短い手足をじたばた(というよりもちたぱた)させて、男の手から逃れようと暴れる仔猫をちょっとだけ強引に包み込み、子供をあやすようにそっとそっとなで続けてみると。
『みー…(ただひこさんじゃない…)』
「………」
『みー…(なご、おいてかれたぁ…)』
「………」
根気良くなで続ければ、力一杯鳴いていた仔猫のそれはだんだんと小さくなってゆき。
それに合わせて抵抗の力も弱まって、完全になくなったところで改めて仔猫を覗き込めば。
「………………」
いつの間にか仔猫は男の手に顔を埋める形で、母猫のおなかに埋もれるような恰好で眠っていました。
「…………(どうしてこうも猫という生き物は俺の心を捕らえて離さないんだいやそれよりもこの和に至っては容姿から性格からすべて申し分ないのに何故俺のものではないのかという疑問は愚問だから今更問いはしないがそれでもやはり悔しいというか(以下略)」
男は「ぐぐ…っ」とくぐもった音で喉を鳴らしながら眠る姿に心奪われつつ、その心の中では誰も突っ込めないくらいの葛藤が起きていて。
飼い主から許可を貰っているのでここぞとばかりにそっとカメラに手を伸ばし、可愛らしい寝姿を記録すべく物凄い勢いで写真に納めていきます。
「………(今後この子の為なら他の事は全て後回しにして駆けつけるぞいいや俺が預からないでどうする飼い主が留守の間この可愛らしい生き物の身を守ってやれるのは俺だけだろういや他の奴になどやらせてたまるか(以下本当に延々と続くのでぶった切り)」
猫好きが昂じて猫専門の留守預かり(但し本当の職業は便利屋)を生業にしている、お世辞にも目つきのが良いとはいい難い男の名は三笠尉之と言い。
役者という職業柄家を空けがちな磯前忠彦の留守中に、彼の愛猫である和の世話を頼まれ、その愛らしさに天晴れなまでにごっそり心を奪われたうちの一人である彼は。
後にもう和の一人の飼い主である高遠日織と、(仕事の度に)壮絶な(磯前曰く馬鹿馬鹿しさ満載の)和争奪戦を繰り広げることになるということは…正直想像に難くないです。
最も、それに対して当の和が誰の元に逃げ込むかは…さらに想像に難くなかったりするんですけどね。
【ねこ・ねこ間奏曲 番外編 完】