まっしろおひげのサンタさん。
まっかなおはなのトナカイさん。
おてがみ、ちゃんととどいてた?
幼稚園が冬休みに入り、階下におともだちが居ない分静かになったクリスマス当日の朝。
「…ただひこせんせい」
幼稚園の二階にある先生たちの寮を兼ねた居住区の一室で、先に起きて珈琲を飲んでいた磯前先生が呼ばれて振り返ると、そこにはパジャマのままの和くんが立っていました。
「おう、起きたか。おはようさん」
「おはようございます」
「…何を持ってんだ?」
朝のあいさつできちんとお辞儀をする和くんを招き寄せると、その手には包装を解かれた箱をつかんでいて。
既にそれが何かを知っている磯前先生でしたが、あえて今気付いたといった様子で和くんに尋ねます。
「んと…サンタさん、きたよ」
「…って割にはあんまり嬉しそうじゃないな。どうした」
パジャマのままでは風邪を引くということで、そばにあったブランケットで和くんを包みながら抱き上げてやると、和くんは大層困った面持ちで磯前先生を見上げました。
「サンタさん、まちがえちゃったみたい」
「ああ?」
「なご、おねがいしたのとちがうの…」
そう言って和くんが箱を開ければ、出てきたのは(よくもまあこれだけ集めたなと感心したくなる)数のとあるお菓子。
「あー…その、な。これで間違ってねえだろ?」
「ううん、これちがうよ」
和くんが書いたサンタさんへのお手紙を読んでしまった如月先生協力の下、これならどうだと苦肉の策で用意したのが磯前先生本人ですから、なんとしてでも和くんに納得してもらいたいところです。
「………なご、おてがみ、まちがったかなあ……」
そうしょんぼりと呟く和くんの手には、サンタさんへお願いしたものと似ていながら全く異なるお菓子のシガレットチョコ。
そう、和くんからのサンタさんへの手紙には、なんと磯前先生へあげたいからという理由で「たばこ」と書かれていたものですから、幼稚園児に贈るどころではないそれに磯前先生たちは頭を悩ませたのです。
「サンタさんはな、子供の為にプレゼントを用意するんだ。だからそれでいいんだ」
「でも、ただひこせんせいもらえないでしょ。だったらなごいらないから、そうおもったのに…」
「けど先生はもう大人だから、サンタさんは駄目だって言ってるんだろうよ。とはいえ手紙を読んだ以上お前のお願いを聞いてあげたくて、これならどうだって思ったんじゃねえか?」
「……」
サンタクロースを責めるでなく、自分が手紙を書き間違えたと思いしょんぼりしている和くんに、磯前先生は夢を壊さないように、それでいてしっかりとそれを選んだ説明をします。
「…んと…じゃあ、これ、なごがたべていいの?」
「サンタさんがお前にってくれたんだろ、だったら遠慮するこたあねえよ」
むしろ和くんが食べてくれないと困るのは磯前先生の方です。
「ん…と…んと…ただひこせんせい」
「ん?」
「せんせいがだいすきなたばこじゃないけど、いっしょにたべて?」
「…………ああ」
それでも今ひとつ納得しかねるのか、和くんなりに考えて考えてそう譲歩してきたところで、磯前先生はおとなしく折れることにしました。
「せんせい、どうぞ」
「じゃあありがたく選ばせてもらうとするか」
和くんから「すきなのえらんで」と箱を差し出され、真剣に選ぶ振りをする磯前先生の脳裏に浮かぶのは。
『…おい如月よ。和用なんだ、この微糖のはいらないんじゃないか?』
『駄目。これは和くん用じゃなくて磯前先生用』
『はあ?なんで俺がチョコなんか…』
『甘いわね。サンタへのお願いに煙草なんて書いた理由を考えてごらんなさいな。それにあのコのことだから、先生が一緒に食べなきゃそれこそ泣くわよ』
『………』
『いいから一つ忍ばせておきなさいよ。絶対役に立つから』
磯前先生以上に和くんの行動を予想していた如月先生と、絶対入れておけと強く念押しされていたビターのシガレットチョコ。
「…女の勘ってヤツだろうなあ」
「?」
しっかりとそれを選んだ磯前先生が、一人思い出し笑いをしながらいつも咥えているものと似てはいても全く異なる、ほろ苦いシガレットチョコを口に咥えてみると。
膝の上では先生が煙草を吸うマネをしているのか、和くんが甘い方のシガレットチョコを口に咥えてから、先生が咥えるそれに自分の先端をくっつけてはご機嫌になっていました。
「サンタの協力者には、やっぱり酒かねえ…」
…酒豪の如月先生にお酒をお礼にすると、ちょっとどころではない量が必要なのですが。
結果和くんが喜んでくれさえすればそれでいいと思ってしまう磯前先生は、今回の件に関してそれでもいかと考えているようです。
……さてはて、高遠幼稚園(の一角)は、冬休みになっても平和そのものなんですね。
【サンタさんの目論み・完】