さてはて磯前先生が園長先生になって、和くんが和先生となった高遠幼稚園(の居住階)にて。
「園長先生、準備できました?」
和先生が(昨年日織さんと峰塚さんちの双子にいいようにされた経験から)あえて自分で吸血鬼の恰好に着替え、参加を渋る園長先生を今か今かと待っていました。
「…ったく、余計な事を思い出しやがって…」
「思い出したのは百合子先生…じゃなくて、理事長先生ですよ?」
「…………」
珍しくも往生際の悪い園長先生は、火こそ点けてはいないものの煙草を咥えてしかめッ面のままです。
「面倒臭え」
「うわ、これ狼男の耳ですよね…どうなってるんですか?」
くわえていた煙草をローテーブルの上に置いて、絞り出すようにそう呟く園長先生でしたが。
本業が女優である如月理事長曰く園長先生の衣装はギリギリ黒スーツでいいとの事ですが、代わりに獣耳と狼の爪、そして尻尾は仕事先で小道具さんに頼んだちゃんとしたモノを渡されて受け取っていました。
「よく判らんが、これは耳に直接被せるみたいにして付けるみたいだぞ。…いっそ狼の顔のマスクの方が楽なんだが、それだと園児達が昔のお前みたいに俺の恰好を見て怯えても困るし」
「ぐっ」
昔磯前先生だった時代に園長先生が着た吸血鬼の衣装を譲り受けた和先生は、当時のことを思い出してにやりと人の悪い笑みを浮かべて見つめられ言葉に詰まります。
「だ、だってあれ、本当に似合いすぎてて怖かったんですよ」
「それにしたって怖がりすぎだろうが。…また泣くなよ?」
「泣きませんよ!」
さっさと耳をつけ終えた園長先生から黒のロングコートの襟を直しながらそう言われた和先生は、思わず見惚れたと同時に、子供だったとはいえハロウィンそのものを良く判っていなかった自分を思い出して恥ずかしくなって。
しかもその時、目の前にいる人物から何をされたかをも思い出して、今更ながら「普通子供にあんなことしません!」とむくれてしまいました。
「しょうがねえだろ、あん時のお前はちょっとでも怖いとぴーぴー泣く上に、極力言葉を選ぶ必要があったんだからよ」
「う…」
「大体ミイラ男が怪我人で、吸血鬼は人形だぞ?…今はちゃんと理解してるか?」
「してますー」
むくれて顔を背けてしまった和先生に、園長先生は苦笑いとともに腰に腕を回して抱き締めて。
拗ねるな、と囁きながら慣れた様子で和先生の身体を引き寄せて、自分たちの部屋だからこそ、何の遠慮もなしにむくれたままの和先生の頬へ唇を落とします。
「……」
「どうした?」
いつもならこれで大抵機嫌の直る和先生なのに、今回はちょっと違っていて。
顔を覗きこまれながらも見つめ返し、ふと何かを思いついたのか、にぱっと満面の笑顔を見せたかと思うや否や、まるで飛び込むように自分から園長先生の首に抱きつきました。
「おい和…いてっ!」
「えへへー」
一体何事かとそう言いかけた園長先生でしたが、それよりも早く首筋にちりっとした痛みを覚え思わず声を上げます。
「ほら、今日の僕ってば吸血鬼ですから」
「………」
園児たちが泣いちゃうといけないんで牙はつけてませんけど、と、そう笑いながら後ずさる和先生が、ちょっとした仕返しも兼ねて園長先生の首筋に軽く噛み付いたのです。
「…いい度胸だな和」
「ど、度胸とか関係ないですよ」
「度胸じゃないとすればあれか。…誘ってんのか」
「さ…誘…っ!?」
「ふん。皆が集まるまではまだ時間があるしな。その誘いに乗ってやろうじゃねえか」
「待って、待…僕着替え終わってるんですから駄目ですってばああああああ!」
全くそんなつもりはなかったのにしっかりと捕まえられてしまった和先生は、衣装汚しちゃったらどうするんですか!と微妙にずれた主張で園長先生を止めようとするのですが。
「去年の恰好があるだろう。…あれはむしろ日織が喜んで着替えさせるだろうよ」
時間が勿体無いからちょっと忙しねえけどな、と折角着込んだ衣装を早々に剥かれた上にそう宣言されて、自分が育った分容赦も手加減もなくなった元保護者で現恋人の上司に翻弄されたとか。
結局和先生は去年と同じ黒猫(というか女装、しかも微妙にアレンジ)する羽目になってしまい、園長先生の「狼だから待てなかったんだよ」という全く悪びれていない弁解に、真っ赤な顔で何かを言い返したそうです。
…いやはや、高遠幼稚園は今日も平和なようです。
【ようちえんものがたり・08ハロウィン番外編・完】