もの悲しげな音を伴い吹く冷たい風により、樹木の色付いた葉もはらはら落ちきる間際のこの季節。
高遠幼稚園に通うおともだちもそしてそのおともだちのお迎えの保護者の面々も、皆そろって冷たい風に首をすくめるそんな季節。
「純也、寒くないか?」
「ん…だいじょうぶ」
風海さんちの仲良し義兄弟が、冷たい風に負けないようぴったりと体を寄せあって帰宅途中です。
しかし義兄の水明君だとてまだ小学生なため、完全に純也くんをかばって歩くのは少々無理がありました。
「わ」
「純也っ!」
突然の強風に純也くんがよろけてしまい、水明君は慌てて義弟を抱き締めて支えます。
「…びっくりしたね」
「大丈夫か?どこか痛くしてないか?何ならお義兄ちゃんがおぶってやろうか?」
純也くんは驚いただけで何ともないのに、水明君にとっては自分の側で義弟がよろけてしまっただけで一大事です。
「だいじょうぶだよ、どこもいたくないよ」
直ぐ様(小学生とは思えぬ手際の良さで)純也くんの怪我の有無を確かめ始めた水明君に、当の純也くんはいつもの事とさして気にした様子もなく、ただ義兄を安心させようとされるがままになってのんびりとそう答えます。
「どこか痛かったりしたら、我慢しないでちゃんとお義兄ちゃんに言うんだぞ。絶対だからな?」
「ぼくはだいじょうぶ。おにいちゃんは?」
冷たい風にほっぺたを真っ赤にしながらそう笑いかけてくる純也くんに、水明君の方はちょっとほっとしながらちょっと照れているように見せかけて、その実際のところはというと。
『お義兄ちゃんはお前さえ無事ならどうだっていいのに…こんなに小さいのに気遣えるなんてやっぱりうちの純也は最高だ』
といった具合に、あまり人様には見せない方がいいようなうちの子自慢(と言う名の感激)で一杯になっていました。
…とはいえ幼稚園ではこれと非常に似たことをする(しかも周囲に憚ることがない)のが若干一名いるものですから、これくらいならご町内の人であれば今更誰が知っても驚きはしないのですが。
「ほら純也、お義兄ちゃんのマフラー貸してやるからこれも巻くんだ。顔が真っ赤だぞ」
「…でも、おにいちゃんがさむくなるよ?」
「純也と一緒だから全然寒くない」
冷静な誰かが居たらそんな馬鹿なと突っ込みを入れそうな水明君の答えに、純也くんは今一つ納得しがたいのかちょっとだけ困った顔で見つめます。
「おにいちゃんだめだよ」
「純也?」
「ほら、すごくつめたい」
そう言って純也くんは小さな手で水明君の手をきゅっと包み込み、何のためらいもなくそれに「はぁっ」と息を吹きかけました。
「おにいちゃん、これであったかく、なる?」
小さな手で水明君の手を包み込んだまま、気遣わしげに上目使いで見つめられたあげくこんな事を言われて、純也くんが可愛くて可愛くて仕方のない水明君の手が温かくならないわけがありません。
むしろ萌えさせられたお陰で存分に暖かくなりました。…主に心の方がですが。
しかし義弟を愛するが故に、余計な事も気になったようで。
「…で、これは誰に教わったんだ?」
水明君がうちの子万歳の笑顔のまま「まさか誰かにしてやったのか?」と尋ねると、純也くんはただきょとんと瞬きを一つして、そのまま水明君の手にまた「はぁっ」と息を吹きかけながらあのねと口を開きます。
「きょうおそとでそういちろうくんとあそんでたら、なごむせんせいがおいでおいでしてね。
なんですかってきいたら、おそとさむくない?って、せんせいがぼくたちにこうしてくれたの。すごくあったかくて、うれしかったんだよ」
義兄の手を暖めながら純也くんはその理由を話せば、水明君は黙って聞いています。
「だから、ぼくもおにいちゃんにしてあげる」
「…そうか(和先生ありがとうございますむしろいい仕事をしていただきました本当にありがとうございますお陰でうちの純也がまた可愛らしく成長しました!)」
自重出来ずところ構わず頬擦りで誉め称える誰かさんと違い、義弟が脅えないように頭を撫でて感謝の気持ちを伝える水明君でしたが、心の中は和先生にちょっと間違った感謝の気持ちで一杯になっていました。
「あったかくなったから、急いで帰ろう」
「うん」
また純也くんがよろけても大丈夫なよう、今度はしっかりと手を繋いで二人はおうちへ急ぎます。
もの悲しげな音を伴い吹く冷たい風により、樹木の色付いた葉もはらはら落ちきる間際のこの季節。
高遠幼稚園に通うおともだちもそしてそのおともだちのお迎えの保護者の面々も、皆そろって冷たい風に首をすくめるそんな季節ですが。
「今日の夕飯は純也が好きなシチューだって義母さんが言ってたから。楽しみだな」
「うんっ!」
風海さんちの仲良し義兄弟の周りには、木枯らしどころかいつもほわほわとお花が咲き乱れているようです。
---おまけ---
その頃、高遠幼稚園ではというと。
「ちょっと、日織さん…」
「園児がいねえんです、日織で構いませんぜ。さてさて風邪は引き始めが肝心ですからね、気をつけて下さい」
「…あのさ。外で一回くしゃみしただけなのに、建物の中に引っ張り込まれた挙句毛布で簀巻きにされたら気をつけるも何もないだろ」
「まあまあ、葛湯でも飲んで安静にしてねえと」
「あ、ありがと…………って誤魔化さない!」
みんなをお見送りしていたはずの和先生が、たった一回のくしゃみで強引に切り上げさせ構ってくる日織さんの過保護っぷりに大層困惑していました。
…風海さんちの義兄弟の周りがほんわかお花なら、日織さんの周りでは(和先生限定で)ちょっと感心できないお花が咲き乱れているのかも知れません。
いやはや、いつでもどこでも高遠幼稚園は平和なようです。
【北風ぬくぬく・完】