糖度五割り増しでお送りいたします。


「うわあ、美味しそう…!」


磯前としては、自分でもらしくないということを認めざるを得ないと納得するほど、その子供に甘いという自覚はあった。
自覚はあったけれど、だからといって特に自重しなければならないようなことはないと思っている。
そもそもその子供は基本的に物分りの良すぎる性格なのだから、自分が甘やかしてこそバランスが取れていると思っているのだ。

「本当に、お前は甘いモンが好きだな」
「ふえ?」

ロケ先でロールケーキがとても美味しいと評判の洋菓子店を教えてもらい、甘い物が大好きな、磯前の大事な年下の恋人である和への土産に丁度良いかと思案して。
ついでに(柄でもないが)和が喜ぶならと、わざと14日に指定して発送してもらえば、純粋に本人とは遅れて届いた土産の甘さに喜び破顔してみせるから。

「ガキじゃあるまいし、なあ」
「…むう」

いつの間にか口の端についていたクリームを指で掬い取ってやり、それを躊躇なく口へと運べば和は真っ赤になるもそれだけで。
磯前としても、和が好きなだけ食えばいいと煙草の紫煙を燻らせ、その嬉しそうな顔を静かに見守っているだけ。

「ん、でも、ただひこさんは?」
「お前の顔を見てるだけで十分だ」
「えー?」

舌の上で蕩けるクリームや、ふわりと溶けるスポンジの甘さに眦を下げて喜びを噛み締める和を見ていると、それだけでもう腹が脹れると笑う磯前に対し。
自分だけが食べることが気に入らないのか、和はロールケーキと磯前を交互に見やり、その大きな目だけで一緒に食べることを促してくる。

「そいつはお前のために選んだって言っただろ。何せ俺には甘すぎて、食べるのはちょいとばかし辛いんだ」
「…あ、そうか」

そういわれたところで磯前が甘いものが苦手なことを思い出したのか、和は直ぐに納得して目の前のケーキに視線を移すのだけれど。
和の手にしていたフォークを磯前が何故か奪い取り、食べかけのケーキに刺して一際大きな塊を掬い取ると、ずいっと和の前に差し出し口をあけるように促した。
反射的に大きな口をあけてそれを迎え入れる和の素直さに、磯前には庇護欲が駆られると同時にちょっとした悪戯心も沸き起こって。

「それに今日はバレンタインだろう。…流石にこの時期チョコレートを買ってやる度胸はないが、たまには俺が世間のイベントに乗っかるのもアリだろうが」
「………………」

ぱく、とそんな音がしそうな仕草でケーキの塊を咥え、その甘さに再度眦を下げて至福を噛み締める寸前の和に対し、瞬時に理解するには些か難易度が高い言葉を囁いてやった。

「ばれん、たいん…」
「そうだ。何か文句あるか?」
「な、ない、です、けど」
「そうか。それなら遠慮しねえで食え」
「たべます、たべます…し、あの、僕一人で食べられます、から…んっ!」

ごくん、と飲み込んでから漸く思考が追いついたのか、一呼吸置いてぼふっと顔を赤くする和に、磯前は判っていてわざと何もない素振りで再度ケーキの塊を差し出して。
何もいわずとも、磯前の鋭いくせに酷く優しい目に囚われ、抵抗するという考えが微塵もない和がまた素直に口をあけてケーキを招き入れてると。
磯前は和が感づくより先にぐっと腕を引きよせ、甘さの際立つその唇へ自分のそれを重ねてやった。


「ん、ん…ただひこ、さん、たばこ、にがい…」
「おっと、そいつぁ悪かったな。その詫びに来月もまた、俺がお前に何か食わせてやろうか?」
「……も、それは、ぼくが…」


お返しは僕がするべきでしょうと、こんなところでようやく反撃にもならない抵抗を見せる和を簡単にあやし、ケーキを口に食ませては戯れるように唇を重ねてやれば、直ぐに和の息が上がってきてしまい。
本当に、何処までもこの子供に甘いと自覚させられると同時に、何処まで甘やかしても満足出来ない事に苦笑するしかない。




「三倍返しとやらで、お前をいつも以上に食わしてくれたらそれでいいからよ」
「…あ、あ、も、ただひこさ、のいじわ…る…っ」




愛だの恋だの、人生の分だけ酸いも甘いも嫌と言うほど経験を重ねた磯前にとって、一柳和という名のその子供は、どんな菓子よりも甘い存在。



【甘く蕩ける口付と・完】

2010年VD期間拍手に置いていたフリーSS再録。配布期間終了。
ひたすら甘く!と意気込んだら甘くし過ぎたと猛反省。
一番製菓会社の思惑に乗っからなさそうな磯前さんですが、
生憎うちのこの人は予想以上に和さんに甘かった…。
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