重なる日
聞き慣れてしまった車の音がして、少しの間をおいて小さな門を開ける音がして。
いつものようにおかえりなさいを言うために玄関に向かった僕に、一足先にドアを開けていた忠彦さんはにっと何か意味ありげな笑みを浮かべ、加えて「ほらよ」とぶっきらぼうな言葉と共に何かを放り投げてよこしてきた。
「え…?」
「やるよ」
「え?え??」
何を、とも何が、とも言わずにそう言われ、おぼつかない手つきながらも反射的に受け取ってしまった物を手に、僕はどうしたものかと反応に困ってしまった。
手にしているそれは、夏の空の青を思わせる色のリボンと、白に銀色で幾何学模様の入れられているしっかりとした包装紙で、綺麗というよりも畏まった感じでラッピングされた手のひらほどの長方形。
重さとしては軽いけれど、その様相からして中身が軽々しく受け取って良いものかどうかが判り兼ねて。
何より明らかに困惑を隠せていない僕を見ている、忠彦さんの相変わらずの意味ありげな笑みが気になってしまうから。
「あの、これはなんですか?」
「開けてみりゃればいいじゃねえか」
「…いや、あの、こんなに立派に包装されてると、正直気後れしちゃうっていうか…」
包装を解いてしまうということは、すなわち本当に僕が受け取ることが前提で。
けど本当に、こんなにしっかりと包装されているものを忠彦さんが寄越す理由が判らなくて、僕は手の中のものと忠彦さんを見比べその場に立ち尽くす。
「こんなちっせえ包みにさえ気後れってお前は…いや、お前らしいっちゃあ相当お前らしいか」
そんな僕の反応に、忠彦さんは呆気にとられたと思えばいつものように渋面を浮かべ、けれど直ぐに一人何かに納得してから僕の頭を撫でてくれた。
「包装自体はこんな仰々しいモンだけどな、それでもお前が困るようなモンは入ってねえよ」
「……」
「…そんな途方に暮れた目で見るんじゃねえよ。大体、それはお前が欲しがってたやつだ」
わしわしっと、子どもと言うよりは犬猫を撫でるに近い仕草にちょっとだけうっとりしながら、それでも僕は忠彦さんが言った最後の言葉に我に帰る。
「…僕が欲しがってた、もの?」
「ああ。お前はとにかく物を欲しがらねえからどうしたモンかと思ったんだがな。本当ならクリスマスにでもとも思ったが、何ていうか俺自身の気持ちの問題と、あとは…今日のこの日だからこそお前に贈りたくてな」
そう言われて思い当たるのは一つだけ。
物品という意味で忠彦さんに欲しがったものなんて一つしかないから、驚きと、嬉しさと、戸惑いと、とにかく色んな気持ちが綯い交ぜになってしまって、とにかく何か気持ちを伝えたいのにうまく言葉が紡げない。
けれど先ほどの意味ありげな笑みがこの僕の動揺を見越してのものだったのか、忠彦さんは気にしたふうもなくそう言って、僕の頭に置いていた手を外して小さな包みを持ったままの手を包装を解くために添えてくれて。
中身を取り出し実際に目にし、それでも思考がついて行かずに相変わらず立ち尽くしている僕を、こちらを僅かに見あげる位置になる一段下がった三和土から抱き締めてくれて。
「助けてくれて、ありがとうよ」
「……」
腕の中に抱き締められて、煙草の匂いに包まれて。
手の中に箱の中身を握りしめてようやく思考が追いつき実感できてきたのか、落ち着きうっとりと擦り寄りそうになる無防備な僕の耳元に、忠彦さんはとても真剣な声でそう囁いた。
そう言われて気付いた、今日のこの日は。
抱きしめてくれているこの人の大切な命が誤った哀しい復讐劇から逃れられたのと、それともう一つ。
「陣野警部を暗石を、そして今は磯前忠彦を。覚えていてくれて、助けてくれて、そして…慕ってくれてありがとうよ」
幼い頃に見たその姿に心を奪われた僕が、再びこの人に恋に落ちた日。
そしてそこに、僕がたった一つこの人に欲しがった、お揃いの万年筆を貰った日というのが加わって。
今日という日は、そんな沢山『特別』が重なった日。
【重なる日・完】
2010年雨格子当月期間にフリー配布していた磯和SSです。
(配布期間終了につき、現在はお持ち帰りできません)
磯前さんに夢を見すぎたということは書いてる本人が一番
判ってますので、ここはお口チャックでお願いします(苦笑)