手当て(雨格子の館編日→和)
本人が言うとおり、目の前にいる無自覚な名探偵はとても不器用だった。
「い、いたい…」
「…ありゃりゃ。これまた盛大に切りましたねぇ」
俺が夕飯にうどんを作ろうと台所で色々やっていたら、何もしないのは気が引けるからとどんぶりや箸を準備して。
たいして多くもない食器の準備が済んでしまえば、また手持ち無沙汰になるからと今度は調理の手伝いを申し出てきて。
…でも、その不器用さたるや、瞠目せざるを得ないいっそ見事なまでのもので。
だからこそ、俺はこの人には無理に包丁を持たせるようなことはするまいと、無難なことを頼んだつもりなのに。
「どうやったら、調理鋏で自分を切れるんでしょうねぇ」
万能葱を鋏で切っていて、何をどうやったのか葱を切らずに自分の指を挟んで切っていた。
「普通指を挟んだら気付くでしょうに」
「…うん」
痛い、とは言ったもののどうやら痛みよりも驚愕の方が勝っているらしく、和さんは鋏を手にしたまま、俺が切った方の手を取って、とりあえず止血しながら傷の具合を確かめるのを黙って見ている。
「んー…出血は派手ですが、傷自体はそんなに大したことはねぇみたいですぜ」
「………わッ」
ちょいとおとなしくしといてください、と一言断ってから、軽く傷口を水道水で洗って止血代わりに口に含んで舐めてみれば、和さんは小さな悲鳴上げて身体を硬直させた。
正直別にすぐ絆創膏を貼って止血で良かったけれど、ここ数日で自分でも困った具合に大きくなる感情に、ちょっとした悪戯心が芽生えて。
…だから、わざと舌を絡めるように指の傷から血を舐め取ってみたのに。
「逃げねぇんで?」
和さんはすぐに身体の硬直を解いて、黙って俺がすることを見ていた。
「ええと…そりゃ最初はちょっと驚いたけどさ。
僕が子供の頃手を怪我したら、まだその時は生きてたじいちゃんやばあちゃんがすぐに舐めてくれて。
だからその…人に指を舐められるのって、実はあんまり抵抗ないんだよね」
おかしいかな?と聞きにくそうにそう言いながら俺を見上げるその表情に、不覚にも逆に俺が硬直するハメになった。
「……おかしくなんか、ねぇですよ」
「ほんと?」
「でも、俺はじいさんに懐いてたんでついこんなことしちまいましたが…やっぱり他の人は抵抗があるんじゃねぇかと思いますよ」
「やっぱりそうかな」
「ええ、少なくともここに居る面子はそうだと思いますがね」
掴んだままの手を離し難くて、それでも抱き寄せる勇気はまだなくて。
そのくせ他人にはもう譲ることなど出来ない自分を思い知らされたから、和さんの人の好さにつけ込んでしっかり他人を遠ざける。
「じゃあさ、日織だけに御願いするから」
「…………喜んでその役をいただきますよ」
ああ、もう、このお人は。
どこまでも予想が出来なくて、意外性も高すぎて、なかなかどうして俺の方がこの心地よい関係を壊せない。
そんならしくない自分に失笑しか出来なくても、それすら和さんはいつもの笑みと捉えて疑いもしないから。
「あともう少しです。それまで皆を守って…生きてここから出ましょうや」
「うん」
俺はこのお人を命を懸けても守り通そうと、絶対に口に出来ない覚悟をせずにいられないんです。
小噺用ブログから再録。一部加筆修正しました。
…なんで私が書くとこうもエロ臭くなるんだろう…。
でも防御は天然最強。策士策に溺れ自滅(違)