藤花さまへ(那須×和)


いつの間にか、ここが僕の定位置になっていた。




「あの、衛さん」
「なんだい和くん」
「今お仕事中…ですよね?」
「そうだよ」

まるで子供をあやすように、椅子に座った衛さんは僕を自分の左膝へと座らせて。
そして僕の足くらいあるんじゃないだろうかと思うくらいの、見事に鍛え上げられた衛さんの腕の中に、僕の身体はすっぽりと納まっていて。

「書き難くないんですか?」
「え、そんなことはないよ。書き難かったらこんなことしないさ」
「……そ、そうですか」

そんな僕を抱きかかえている衛さんといえば、新しい舞台の脚本を、現在進行形で執筆中だったりするんだ。

「あ、疲れた?休憩しようか?」
「い、いえ、僕は座ってみてるだけですし…衛さんが大丈夫なら、まだ平気です」
「そうかい?…でもさ、和くんは遠慮なんかしちゃいけないよ?」

あの夏の日、迷い込んでしまった哀しい事件のあった館から無事に帰還して、那須さん…つまり光谷衛さんが帽子屋だと世間に知られてしまった後。
本当ならそこで疎遠になってもおかしくはなかったのに、衛さんの方から僕へ連絡を取ってくれて。
それだけでも十分驚かずにはいられないのに、なんと衛さんは僕にバイトを持ちかけてきたんだ。

「無理にお願いしてるのは僕の方だから、絶対遠慮なんかしないでくれよ?」
「はい…」

そのバイトとは、衛さんが執筆している時に、ただ側にいるというもの。
何かする訳じゃなく、本当にこうして衛さんの側(というか、彼の左膝の上)でおとなしく座っているだけ。
冗談みたいな話だけど、それが嘘じゃない証拠に、僕はこうして衛さんの側にいる。
そもそもこんなことだけでお金なんてもらえません、って何度言っても、衛さんはバイトだからと言って譲ってくれないから。
「じゃあせめて、座っている以外に何か僕が出来ることはありませんか?」って聞いたら、こうして膝の上に座って欲しいって言われて…今に至る。
だから最初は側にいるだけだったんだけど、いつの間にか衛さんのところへ来たときは、この人の左膝の上が僕の定位置になっていた。

「うん、頼むね。でも無理を言っちゃうくらい、和くんがこうして僕の側にいてくれると、物凄く執筆がはかどるんだ」
「え」
「それにね、自分でもとっても納得のいくものが書き上がるんだよ」

それに、こう言う時のこの人の笑顔がとても好きで。
僕なんかでよければ、なんて言いながら、呼び出されることを心待ちにしてしまう。

「…ねえ、和くん」
「はい?」
「あのさ」
「なんですか?」
「このバイト…楽しい?」

気が付けば衛さんはペンを走らせていた手を止めて、なんかちょっとだけ困ったように僕の顔を覗きこんでいた。

「楽しい…というとちょっと返事に困りますけど、でも僕は衛さんに頼りにされて嬉しいから。
こんな僕で良かったら、いつでも呼んでください」
「…………」

これに対して僕といえば、本当のことを包み隠さず伝えてみたんだけど。
…衛さんは、なにやら急に真面目な顔で居住まいを正して僕を見て。

「じゃあさ…いっそこれを永久就職にしないって言ったら…和くんは困るかい?」
「ああ、なんだそれくらいなら………え?」
「無理にとは言わないよ。僕は和くんが好きだけど、和くんが嫌なら無理になんて言いたくないし。
でもさ、もし、和くんも僕と同じでいてくれるなら…僕と、一緒にならない?」

この時の衛さんは、あの夏の日寝起きに見惚れた、精悍ながらもとても穏やかな柔らかい笑みで僕を見たから。

「僕なんかで、よければ」
「……うん」

それを受ける返事をするのに、僕が躊躇った時間は極僅かだった。





いつの間にか、僕の定位置になっていた衛さんのその左膝は。
…この時から、僕だけの定位置に変わったんだ。






小噺ブログより移動、一部加筆修正しました。
藤花さまとのメッセで浮かんだネタです。
僭越ながら藤花さまに捧げます(返品可)。
那須さんはどこまでも爽やかに!でも何も策がない分
ある意味誰よりも首尾よく和を手に入れると思います。
っていうか、最初事件後なのに「那須さん」って書いてた!
そんなお約束なうっかりやらかしちゃ駄目じゃん自分!
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