あなたをみつけた




煩い雨の音が檻になり、殺人が起きたのに逃げられない閉ざされた館の中は。




「鈴奈ちゃ……、じゃなくて、鈴奈、くん」




本当ならここに居ないはずの人物のお陰で、当初の予想より遥かに穏やかな空気が流れていた。






「なに、お兄さん」
「ちょっと話聞いてもいいかな?」
「ええよ。入って」
「ありがとう」

その人物を自室へと招き入れた鈴奈も、最初は信じていなかった。
自分にとって姉以外信じるに値せず、ましてや役者でもない人間がこんな山奥で、しかも雨の中頭を殴られ倒れていたというのだから。
だから館の中で殺人が発覚したとき、鈴奈は彼を信じてはいなかった。
なのに、この人物は。
いつ倒れてもおかしくない程の顔色で、心身ともに限界が近い疲労に覇気のない弱い声で。
疑われていてもなお、知り合ったばかりの人間を助けようと必死になっていた。

「あのなあお兄さん。僕のことちゃあんと助けてくれたのに、もうちょっと自信持ってええんとちゃうの?」
「自信?」
「うん。お兄さんのお陰で僕もお姉ちゃんも生きてる。それに、お兄さんが館の中をうろうろするようになってから、誰も死んでない」
「ええと…自信とか、そういうのより。僕は、皆が生きていてくれる方が、大事だから」
「……………」

その上真面目な顔でこんな事をいうものだから、鈴奈は突っ込みを忘れて相手を凝視してしまう。

「はぁ…ほんとお兄さんは人が好すぎる」
「そう?」
「そんなんでこの先生きて行けんの?」
「え、でもこれが僕だし。今更変われないよ」

連日の疲れが出ているせいか、顔色は優れないけれど。
それでも虚勢でもなんでもなく、昨夜自分が助けた鈴奈を前に力一杯微笑むこの人は。

「僕もそうだけど、鈴奈くんはどうするの?これから女優…は無理だろうし、役者続けるの?」

相変わらず、自分の事よりも他の人間のことばかり心配して。

「う…ん。役者はもう辞める。お姉ちゃんの替え玉もそろそろ潮時思ってたし、それに…」
「それに?」
「多分、僕はもう女の子の恰好は無理やから」
「……?」

少しだけ言葉を濁してそう答える鈴奈に、和は何処か引っ掛かりを覚えつつも余計な口出しをせずにただ「そうなんだ」とだけ答えた。



「僕はもう、女の子の恰好なんて出来ん」



まだやることがあるからと、そう言って和が部屋を出て行った後。
和を見送りドアの鍵を閉め、そのまま寄りかかるように身体を預けて鈴奈は苦しそうに先ほどの言葉を繰り返す。


「…お兄さんが悪いんや。あんなに一生懸命人のこと助けようとするから」


一柳和という、本当ならばこの場に居ないはずの迷い人が。
たった一人に占められていた鈴奈の心に、姉以外の、しかも血の繋がりも何もない全くの他人が入り込んできたから。
もう姉と同じ恰好は出来ない。姉の影でない本当の自分を見て欲しいと、そう和に望んでしまった自分に気付いてしまったから。



「僕は、「僕」に戻る」



この雨格子の館に招かれるまで。
否。
この雨格子の館に招かれ、命を狙われ救われる直前まで。
鈴奈にとって大事だったのは、双子の片割れである姉の静奈のみ。鈴奈にとって姉の静奈が世界の全て。鈴奈が求めるのは静奈一人だけだったのに。



「この恰好が邪魔して、お兄さんに「僕」を見てもらえんのは嫌なん。だからこんなおかしな所から無事に出られたら…ちゃんと「僕」に戻ってお兄さんに会いに行く」



和の特徴とも取れる弱さに隠された、和の本来の強さに救われ助けられ惹かれてしまった鈴奈には、もう「姉」を演じることが出来なくなったから。



「お姉ちゃん以外に大事な人が出来た。お姉ちゃん以外に好きな人が出来た。お姉ちゃん以外に僕を見て欲しい人が出来た。お姉ちゃん以外に本当の僕を知って欲しい人が出来た」



煩い雨の音が檻になり、殺人が起きたのにその雨のせいで逃げられず固く閉ざされた館の中で。
鈴奈は一人、自分の想いの為に覚悟を決める。



…それは、出会ってしまった姉以外の宝物のため。




【ぼくのたからもの・完】



鈴奈にとって大事の基準は静奈だと思うわけで。
そんな鈴奈が和さんに惹かれたらどうなるのかなーと
思ったからこんなん書いてみたわけなんですけど。
うーん…なんかここ最近不完全燃焼なモノばっかりです。





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