半分実話ネタ。





それは、二人が同じ職場で働きだしたころの話。





所長を含め、基本的に所員全員が忙しく外に出ている事が多い、その探偵事務所で。
まだ勤めだして間もない一柳和は基本的に留守番役なので一人事務局に残り、掃除をしたり細々とした書類整理をしたりと内勤面で仕事に勤しんでいたわけだが。

「お帰りなさい」
「……ああ」
「あの。凄く難しい顔をしてますけど、どうかしたんですか?」

その和をここに引っ張ってきた張本人である三笠が、何やらあったらしく、只でさえ険しい表情を殊更険しくして戻ってきた。

「…迷子の猫探し、芳しくないんですか?」

三笠が今担当している仕事は、彼の得意分野というか、趣味と実益を兼ねた迷子の猫探しだったはずなのに。
例え対象の猫がなかなか見つからず手擦るような時も、普段はここまで表情を固くすることはなかったせいか、和は三笠に茶を淹れながら心配気にそう声をかけた。

「いや…今受けている依頼は無事にこなした」
「あ、そうなんですか。良かった…って、じゃあ他の仕事で何かあったんですか?」
「そういうわけ…いや(ものっそい真面目な表情で)実はお前に、折り入って頼みがあるんだが、聞いてくれるか」
「はい、僕でお役に立てるなら。何でしょう?」

三笠の勢いに押されたのか、出来ることは少ないですけど出来る限り頑張りますと、そう答えながら思わず姿勢を正す和だったが。

「現場で写真を撮ってきてくれ」
「え!?」

真剣そのものの面持ちの三笠から告げられた内容に、新米の自分にはいくら何でも荷が重いと瞬時に青ざめた。

「現場って…まさか証拠写真っていうのじゃないですよね?」
「そのまさかだ」
「むむむむ無理です僕には出来ません!失敗したらどうするんですか!っていうか失敗します!」

何でよりによってそんな大仕事を振るんですかと、焦りながらまっとうな主張をする和に対し、三笠は和が首を縦に振らないことが心外だったようで。

「何を焦る必要があるんだ。うちの事務所ではお前しか出来ないんだ」
「何真面目な顔で無茶苦茶なこと言ってるんですか、僕がその手のことが苦手なの知ってるでしょう?!」
「お前が極端に鈍いことは出会う前から(日織の名探偵自慢のせいで)知っているが、それとこれとは別次元の話だ」
「………」

と、和がどれだけ必死になって思い留まらせようとしても、すでに任せる気満々だった。

「無茶言わないで下さいよ…」
「依頼人は俺だ。その俺がお前にしか出来ないと確信している。それなのに断る気か」
「…え?」

淹れた茶を渡すことも忘れ、がっくりと肩を落とす和が余程心外だったのだろうか。
三笠は何故そこまで自信がないんだと首を傾げているが、和にしてみればその三笠の確信とやらでふと何かに気が付いた。

「依頼人が、三笠さん?」
「そうだ」
「つかぬことをお伺いしますが…依頼内容は何ですか?」
「ん?言ってなかったか」
「聞いてません」
「そうか、すまん。お前なら絶対大丈夫だと気付いてから、早く依頼したくて気が急いていたようだ」
「……はあ……」

自分が言葉足らずだったことに気が付くと、和がなかなか引き受けようとしない理由に合点がいったのだろう。
三笠は和が持ったままの湯のみを自分で手にしながら、至極真面目な表情で、改めて肝心な依頼内容を口にした。

だが。

「俺の依頼は単純明快だ。…猫が用を足しているところを正面からカメラに収めてきてくれ」
「…は?」

三笠の発した言葉は耳に届くも、突拍子がなさ過ぎて、どんな無理難題を押し付けられるのかと緊張していた和の脳が、その意味を解しようとしてくれなかった。

「常々思っているんだが、何故猫が用を足している時はあんなに哲学的な表情なんだ」
「あの」
「あれは多々ある猫の表情の中でも、他に類を見ない真剣かつ哲学的なもので、いつか俺のこのカメラに収めたいと思っているんだが、なかなかうまくいかんのだ」
「え、と」
「野良は流石に用を足す時が一番警戒心が強いから、カメラを向けようものなら普段愛想良くしてくれる連中でも嫌われる可能性がある。だが、お前の飼い猫なら飼い主としてそれは可能だと踏んでいるんだ」
「はあ…」

散々思わせぶりなこと言っておいて、内容がそんなくだらないことですか!?
…と普通なら瞬時に怒ってもおかしくないところに突っ込まないが和の長所であり、同時に短所でもあるのだが。
三笠が自分の世界に入ってしまい突如力説し始めても、ああ、言われてみれば確かにそうかも…と密かに実家の飼い猫を思い出しては同意してしまっている辺り、突込みには向いていない。
けれど口を挟むことすら出来ず、真剣に依頼の理由を述べ続ける三笠の話を延々と聞いていた。

「…というわけで、頼んだ」

聞き流されるわけでなく、しかも遮られることなく時折相槌を入れてもらいながらの力説を終えた三笠は、ぽん、と和の肩を叩いて己のデジカメを手渡して。

「期限は特にないが、出来れば他にも色んな写真を収めてくれると有難い」

などとちゃっかり依頼内容を上乗せしていた。



(どうしようかなあ…)



三笠がすっかり冷めてしまった茶を飲み干して、すぐに熱い緑茶を望んだので湯飲みを受け取って急須に手を伸ばす和は。



(うちの猫が用を足してるところはもうとっくに撮ってあるんだけど、わざわざデジカメを渡されたってことは、僕の携帯に入ってる写真じゃ駄目だってことなんだろうなあ…)



と、三笠が聞いたら物凄い勢いで釣られそうな事実を、言うべきか言わざるべきかと一人悶々と悩み続けるのだった。





さてはて、和の携帯に三笠の望む写真があると気付かれるのが先か、それとも三笠の長年の夢を和があっさりと叶えてくれるのが先か。
…どちらにせよ、それはそう遠くないハナシ…かも知れない。



【名探偵の初仕事・完】

2010年寒中見舞いのグリカに添付していたSSです。
実はこれ、実際に猫を飼っている友人の実話だったり。
とはいえ友人が写真を実際に撮っているのを見せてもらい、
哲学的な顔云々と散々語られたというのが事実ですが。
…本当に何とも言えない表情でございました(笑)
猫が絡むとみーさん用ネタに変換できていいです。
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