「あら」
引き戸に手をかけて、灯は戸惑った声を上げた。……鍵がかかっている。
「おかしいわね、今日行くわよって言っておいたのに」
父が休みだというので朝食を作りに来た灯は、鞄に携帯している合鍵を取り出しながら首を捻った。
腕時計に目をやれば、8時を少し過ぎたところ。いつもならとっくに鍵の開いている時間だった。
「まだ寝てるのかしら?」
あの早起きが、めずらしいわね。
つぶやきながら慣れた調子で引き戸を開け中に入ると、家の中はシンと静まり返っている。
「ただいまー、お父さん?」
部屋の奥に声をかけてみても、返って来るのは静寂ばかり。
「……やっぱり、まだ寝てるのね」
そう結論付けて玄関に上がろうとした灯は、父の靴の隣に、もう一つ靴が並んでいることに気が付いた。
「この靴……」
それは、灯にも見覚えのある靴だった。
灯は音を立てないように気を付けながら、そっと父の部屋を覗き込んだ。
――そこには思った通り、和と一緒に布団にくるまっている、父の姿があった。
「……それで、鍵が開いてなかったのね」
こんな状況なら、朝寝坊するのも仕方がないだろう。
――灯にも覚えがある。大切な人と過ごす時間のあたたかさ。そのしあわせ。
きっと自分も、恋人と一緒に眠っている時にはこんな顔をしているのだろうと思った。
見ているこちらまで、嬉しくなってしまうような――
「……まったく、ふたり揃ってしあわせそうな顔しちゃって」
まるで同じ夢でも見ているかのように、そっくりしあわせそうな寝顔のふたり。灯は、そんなふたりの寝顔に免じて、もう少し眠らせてあげることにした。
起きてきたら思いっきりからかってやらなくちゃ、なんて、ちょっといじわるな笑顔を浮かべて。
【 happy morning・完 】