悠生さまよりいただきました♪
【 災難な一日 】
「忠彦さぁ〜ん」
「……」
夏のうだる様な暑さも夜になると段々涼しくなっていく。
けれど、それでもやっぱり夏で真冬の温度に比べればとても暑いと言えた。
そんな中自分に精一杯しがみ付く男が一人。一柳和、二十歳を越えた立派な成人男性だ。
しかし、その年齢からイメージする男性像をことごとく覆すような言動、行動、思考。あの着流しの男がしてみたら間違いなく怪奇現象になるであろうことを、この男は素でやってのける。
そう、今も現に自分を変な声で笑いながら離さないという点で酔っ払いの域を超えていると思う。
抱き締めて離さない、まではいい。この業界では変じゃない奴の方が少ない。世の中の変人を集めたんじゃないかと思うほど不思議な奴らがいるのが普通で、当たり前なのだ。だから、この位では驚きはしない。
だが、この男はそれだけじゃなく、ベッドの上で自分に乗り上げて抱き締めている。人の上に馬乗りになり、まるで玩具でも見つけたかのように楽しそうにへらへらと笑っている。
ここに辿り着くまでも長かった。家までの帰り道に服を脱ぎ散らかして、今ではもう肩に掛かっているだけのワイシャツと下着だけ。ワイシャツも俺が無理矢理着せた物だ。
一体どうやったら服を脱ぎながら、全力疾走できるのだろう。服を拾い集めながら、和を追いかけるのは労力を要した。靴下までも脱いだのだ。足を傷付けなかったから良かったものの、これで階段から落ちたりしたら大事になる。
大事に至らなかったから、と自分に言い聞かせるもののどうしても眉間に皺が寄る。
嬉しそうに抱き付いて、うふふと笑っている和を引き剥がそうと肩に手を掛けた。
「…坊主、いい加減離せ」
「た、忠ひ、こさんはぁー!僕が嫌いですかっ」
「はぁ!?」
「だって、はな、せって…」
キッと目を吊り上げたかと思うと、次の瞬間にはふえ、と変な声を漏らしながらぐずぐずと泣き始めた。小動物を思わせるような、庇護欲をそそるその姿に一瞬絆されそうになるがアルコールが残る頭を振って、自分を叱咤した。
そもそも、どうしてこうなってしまったのだろう。
思い起こせば5時間前、長期に渡って撮影していた作品がようやくクランクアップを迎えた。
浪人以外の役というのは久しぶりなもので、自分自身気合が入っていた映画だった。主演の俳優の人懐こい性格に皆感化されたのか、とても賑やかで真剣に作品に打ち込める理想といえる撮影現場だった。
長期間寝食を共にした仲間達はクランクアップの後、また別々の生活に戻っていく。それが寂しいことのようで、撮影終了に託けて皆で打ち上げをしたのだ。その当日に。
しばらくの間、関東地方を離れていた俺が帰ってくるのを知って和は心待ちにしていたのだろう。楽しみだと最後の撮影の日の前日、携帯越しに嬉しそうに笑っていたのを思い出す。
最終日は関東での撮影だった。だから、前日には東京へ帰って来ていたのだ。
しかし、和は気を遣って、俺は撮影を楽しんでいた事もあり、和には申し訳ないと思いつつも東京へ帰って来た時に会う事はしなかった。
ここで会っていれば、この現状は無かったのではないだろうか。
撮影が終了した後、主演俳優が泣いて寂しがるのに相槌を打ちながら、一通りの挨拶を終えると現場を後にした。撮影所の近くで和が待ちたい、と言っていたから慌てていたのだ。
あいつを待たせておくと碌な目に合わない。待ち合わせの場所へ行くと、和が災難な目に合っているのに必ず遭遇する。
一番最初はキャッチセールス、次はヤのつく職業の者、その次は女子高校生、その後は考え出したらキリが無いほど様々な人に絡まれていた。
絡まれる、という表現が正しいのかは定かではないが大抵の者は和にあまり人には話せない見の内を話していた。和もうんうんと頷きながら一生懸命聞くものだから相手も真剣になって話す。
女子高生がわんわん泣きながら、和に喚きたてるのを見たときは正直…複雑な感情だった。そこは敢えて口にしない。
「た、だひこっ…さん」
「あー、怒ってないぞ」
「やっぱり、きら、いなんだー!!僕のことなんてっ」
「違ぇよ。嫌いじゃねぇから」
「うわーん、ただっひこさんが嘘吐くー!!」
和が胸をばしばしと叩いた衝撃で一気に覚醒した。ぐずぐず泣いていたのが、いつの間にかあの時の女子高生のように鼻をずるずるいわせながら泣き喚いていた。頭を撫でながら、そんなことないからと呟いても聞いてやいやしない。
アルコールのせいか、思考回路が様々なところへ繋がっていって本題に中々入れない。
待ち合わせのあの場所で悲惨な目に合っている和を見ることは無かったものの、今まで悲惨な目に合っていたのは自分なのだと気付いた。今までの数々の出来事で、和は悲壮な顔などしなかった。親身に聞いていただけだ。
待ち合わせの場所で現場でわんわん泣いていたはずの主演俳優が嬉しそうに俺に手を振った。…和の隣で。
何故彼らが一緒にいたのかは二人の秘密だからと教えてはくれなかったが、強制的に打ち上げに参加する事になってしまった。和が目の前で手を合わす人間に首を横に振れないのは、あの館の事件で十分に分かっていたことだ。
打ち上げの席では無礼講と化す。
俺と一緒にいた和を物珍しそうにちらちらと伺っていただけの者達が、アルコールの力を借りて和の傍にたかり出した。護衛に回ろうとする俺を主演女優は引き剥がし、一人で喋り捲っていた。何を話していたのかも覚えちゃいない。
そんな席で和が飲まないはずがない。飲めないのに場の雰囲気と周りの者達が勧めるまま酒を飲んでいた。注意しなければと思っていても、いつの間にか女性陣に囲まれてしまっていた俺じゃ何も出来やしなかった。
こういう時の女性は強い。にこやかに笑いながら、決して離さないのだ。
数時間後、顔を真っ赤にしながらぐうぐう寝ている和を座敷の奥で発見した。
まだ宴会は続いていたけれど、流石に眠ってる和を放って置けるはずもなく、若手俳優を一瞥した後家路に着いたのだった。
「忠彦さん…」
「あ?」
「僕は、忠彦さんが好きです」
未だ俺の上に馬乗りになってる和が、頬を染めながら真剣な瞳で呟いた。頬が赤いのは酔っているからか、話した内容からかは分からなかった。
「お前、酔ってるだろ?」
「よ、酔っ払ってるけど!けど…好きです」
「……」
「…寂しかったんだ」
ぼそりと呟いた言葉は、和が俯く事で更に聞こえ辛くなる。だが深夜の薄暗い部屋の中で、和の声はひっそりと残った。
「撮影中会えなくて、寂しくて。けど、忠彦さんは楽しそうで邪魔しちゃいけないって思った。だから、やっと今日会えるって楽しみにしてたんだ」
「……ああ」
「一緒に、二人でいられるって思ったのに…あの俳優さんに会ったら、忠彦さんがどんな所で仕事してたのか気になっちゃって。教えてあげ、るからって言われて…飲み会に行って、聞こうとしたんだけど」
またひくひくと嗚咽を漏らしながら、和は泣いた。
頭を撫でながら、身体を起こして抱き締めてやる。ぎゅっとしがみ付く和の体温が心地よかった。
「ひっく、…た、忠彦さん…綺麗な女の人と楽しそうに喋っててっ、僕寂しくて。行こうって言ったのは僕だったのに、忠彦さんが、あの女の人にっ…ふっ、え…とら、れちゃうって思ったら、悲しくて」
何て我が侭で可愛い生き物なのだろう。
ぎゅっとしがみ付いて離さない和を更に力強く抱き締めた。そのまま、身体を反転させて和を組み敷く。
その状態のまま、和の呼吸も奪うように愛しいという気持ちを込めて唇を重ねた。
酒の力がなければ、ここまで和は素直に話はしなかっただろう。
いつも仕事や年齢、色々な事で和には我慢させてしまっている部分がある。和は何も言わなかったから、分かっていても俺は何も言えなかった。和にも考えがあるのだから、と。
大丈夫かと気に掛けてやるだけで良かったのだ。寂しいかと聞いてやれば、素直に和は頷いただろう。
それをさせずに、我慢させていた自分に腹が立った。大人になっても、何も変わらない。
「ふ、ただ…ひこ、さ」
「和、好きだ」
「ぇ…」
「分かってんだろ。あの女優が綺麗だろうが何だろうが、俺には関係ねぇんだよ。和がいればいい。お前は気付かなかったのか?」
「た、忠彦さ…僕もっ、僕も好きです。忠彦さんしかいらないっ」
ふわりと顔を綻ばせながら微笑む和が愛おしくて堪らない。
抱き締める力を緩めて、首筋に舌を這わした。上の方から和の甘ったるい声が聞こえてくる。
「ん、た、…だひ、こさん」
「なんだ?」
「す、す…すす、するの?」
「ああ。したくなった。嫌か」
ぶんぶん首を振って、恥ずかしそうに笑う。和に笑い返して、和がしてとせがむキスをする。
「た、ただひこさぁ…すき…」
キスの合間に呟く声が、気持ち良さそうだったので顔を離して見つめれば。
「ぐぅ…ふへ」
嬉しそうに笑いながら、眠っている和がいた。
その幸せそうな顔に気持ちが一気に逸れ、和の上に倒れた。
何だったのだ。今までの甘い雰囲気は。
そのまま寝る気にもなれず、和にブランケットを掛けるとベランダで煙草を吸った。
ぼんやりと夜空を見上げながら、蒸し暑い夏の空気にあたる。夜は涼しいとはいえ、やはり冬の寒さに比べたら暑い。
「……はぁ」
和を待たせるのはもう止めよう。待ち合わせで待たせる位なら、俺の家にいさせる。家の中は安全だ。
やっぱり災難なのは俺だったと、一人頭を掻き毟って煙草を吐いた。
小春日和の悠生さまよりいただきました、素敵磯×和SSです!
なんかほとんどお役にたててないのに、こんな素敵なSSいただいて
良かったのでしょうか…と思いつつ、しっかりいただきましたとも(笑)
和は酔っ払うと磯前さん限定で迫り癖があるといいと思います。
ってーか和は普段から磯前さん大好きっ子だといいよ!←待て。