気付くよりも早く(椿×和)




それは、夕飯を届けた時のお話。




「お前の名前、変わってんなぁ」

久しぶりにありついた汁物がよほど嬉しかったのか、一心不乱にうどんをすすっていた椿は、ある程度食べ進めたところで自分を見つめている和に気付き、照れ隠しにいきなりそんな話題を切り出した。

「ん、そう?多くはないけど、そんなに珍しくはない…と思うよ?」

その意味を何となく感じ取った和は、からかうことなく椿の会話に乗ることにする。

「なんで疑問形なんだよ」
「だ、だって多くはなくたって、親戚にはちゃんと一柳がいるんだもん」
「あー…そういう意味か」

親戚、という言葉を聞いて一応納得してみるが、その答えが自分が言いたいことと微妙にずれていることを訂正する気にもならず、椿はただそうかと頷いた。

「そういや椿くんの名前はなんていうの?」
「俺?俺の名前は成瀬壮一郎ってんだ」
「ふうん…」

だがそれを和が気付くこともなく、逆に今更ながらに椿の本名が気になったようで。

「…なんだよ、似合わねぇとかいうなよ」
「言わないよ!」

自分の頭の中で反芻でもしているのか、椿の顔を見つめ時折視線を彷徨わせながら「なるせ、そういちろう」と呟いている。

「やっぱり似合わねぇと思ってんだろ、お前」
「違うってば!…むしろその逆だし
「あぁ?」
「なんでもない!!」
「なんだよ、気になるだろーが。言え」
「ヤだ!」

だがそれを椿は非好意的に受け取ったらしく、普段の役柄宜しく眼光を利かせて和を睨みつけるものの、その和と言えば意固地になってその理由を話そうとはしない。

「……和」
「つ、椿く……」

暫く無言でにらみ合う二人だったが、椿の方がふと何かを思いついたらしく、食べかけの器をテーブルに置いて和の方へと移動して。

「言わねーと…」
「ッ!?……あ、あははははは!!や、やめて椿くんあははははは!!」

警戒心の薄い和の上に伸し掛かり、ソファの上に押し倒して、その細い身体を思いの様擽り出した。

「いやひゃははははッ」
「おー、感度いいなあお前」
「や、やめッ、やめて…あははははは!!いやーッ!!」

ほんの悪戯心で思いついたことを実行しただけの椿だったが、和が思いの外擽られる事に弱いことを知り、今度は逃げられないように腕の中に抱き締めて、更に和の反応を伺おうと擽って。

「も、もうや…ッ…は、はは…、あ、ンッ!」
「ッ?!」

ところが偶然にも、椿の唇が和の耳元を霞めたと同時にその手が背中を撫で上げてしまったらしく、和も悪戯を仕掛けた椿もぎょっとするような声が零れてしまった。

「…………」
「…………」

微妙な気まずさに、これ以上内くらいの近距離でお互い無言で見詰め合う二人の表情は、驚愕の中に紛れもない朱が混ざっていて。
互いにどちらにもかけるべき言葉が見つからず、結局視線も逸らせず見詰め合うだけ。

「……くそ、なんだってんだ。俺はただ…擽っただけじゃねーか……」

しかしその気まずい沈黙を破ったのは椿の方で、すいっと視線を逸らしたと同時に、伸し掛かって抱き締めていた和の身体から身を起こして。

「あ、あの…ごめん。僕擽られるの弱くて」
「謝んな」
「で、でも」
「お前のせいじゃねーだろ」

自分の声のせいで椿の機嫌を損ねたのだと思った和が、彼をとりなそうと謝罪の言葉を口にすると、椿は小さくも鋭い声音でそれを止め、そして…今度は和の身体を引き上げてから自分の腕の中に抱き締める。

「悪ぃ。調子に乗りすぎた」
「ううん、あの、どっちかっていうと僕が意固地になったのが原因だと思うし…。それに僕、変な声出しちゃったし…」
「…………」
「…………」

そう言った途端また思い出したのか、揃って耳まで朱に染まる二人だったが、それでもどちらも身体を離そうとはしなかった。

「なあ」
「な、なに?」

訪れた静寂に照れくささと同時に心地さも感じて、暫くは少し早い互いの鼓動を聞き入っていたが、やがてまた椿がぽつりと口を開く。

「名前」
「え?」
「さっき教えた名前。ちゃんと覚えてるか」
「あ、椿くんの本名?」
「おう」
「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ。…壮くんだろ?」
「!?」

だがいきなり端折るだけ端折られた名で呼ばれて、先ほどから調子の狂いっぱなしだった椿は今度こそ和を強く抱き締める。

「つ、椿くん痛い痛い!腕痛いよ!」
「うるせ、黙って抱き締められてろッ」
「何それーッ?!」

照れ隠しに抱き締めた身体が抗議の声と共に逃れようとするのを押さえ込み、椿は和が自分の名を呼んだ時のその甘さに目眩を覚えながら、漠然とだけ感じていた和への想いが、すでにどうしようもなく強くなっていることに戸惑いを隠せない。




「考えるより…行動した方が、早い」




だがそれも束の間、自分の腕の中に和が居る、そして和が自分の名を呼ぶことが何処までも嬉しくて、椿は自分のその感情がなんであるか認めることにした。






あいしてる、なんてことばにはまだはやすぎて。
でも、すきだ、とすらもいえないけれど。







ぜったいにがさない、とだけ、まずささやいてみる。






小噺用ブログより再録、一部加筆修正しました。
…が、修正してもあんまり変わらなかった…(汗)
何で椿×和ってばこうもこそばゆい話が出来上がるのか。
若いっていいなあ…(遠い目)。

戻る?