有依さまへ
雨格子の館当月企画へのご参加、ありがとうございました。
  ( 恋人までお題5〜04 呼び捨てで呼んでいいですか(日×和))
  











年上は、勿論のこと。
年下でも、幼子でも、それが人ですらなくとも。








高遠日織という人物は、生き物であれば全てに於いて敬称を付けて呼ぶのだと、勝手ながら一柳和はずっとそう思い込んでいた。









「ねえ和さん。俺がアンタを呼び捨てで呼んでも…構わねえですか?」

だから、気迫の篭った酷く真剣な面持ちでこう確認してくる日織に対し、問われた和といえばまるでその理由に心当たりがなく。

「うん。日織が呼びたいなら、僕は全然構わないよ」
「……」

出会った時から気になっていたことだけに、和があっさりとそれを了承してみれば、日織は何故か酷く落胆して肩を落としてしまった。

「こうも予想通りだと…流石に落ち込みまさぁねえ…」
「え、なんで?呼び捨てにしたいって言ったの日織なのに、なんで僕が良いよって言うと落ち込んじゃうのさ?」

はー…っと日織から盛大に溜め息を吐かれ、だがそれが一体どうしてそうなるのかが判らない和は、当然の事ながら困惑気に問いかけるものの。

「ま、ハナっから判っちゃいたんですがね」
「うわッ!」

仕方ねえなあ…と苦笑混じりで零す笑みに和が思わず惚けてみれば、日織はもともと薄い和の警戒心のさらに隙をつき、いとも簡単にその細い身体を抱き締めた。

「なになに、一体何事ッ?!」
「…怖いですかい?」
「こ…こわ、い?」
「俺から、こうしていきなり抱き締められて。和さんは、怖かねえですか?」

突然の事に早鐘のように脈打つ鼓動を自覚してさらに赤くなる和だったが、それを打ち消したのは、力強い抱擁とは打って変わって堅く強張った声の日織の問いかけ。
抱き締めるというよりは、縋るといった様相を呈しているその抱擁に、和の胸に湧き上がるのは日織の質問を否定する気持ち。

「え、とね。心臓がどきどき言ってて、もう、ばれてると思うから、はっきり言うけど。
…僕は、こうして日織に抱き締められて、怖いなんて思うことは、ない、よ。怖くなんて、ない」
「………本当に?」
「こここここの、状況で、嘘ついてもしょうがないだろっ」

何故か酷く疑い深い日織を嗜めるように、和はなんとか身体を少しだけずらして。
そして、予想とは裏腹にすんなりと解けた日織の片腕を取り、いっそ煩いと思ってしまいそうな程にどきどきしている自分の左胸に当てさせた。

「ね?」
「…ああ、本当だ」

日織はその鼓動を確認すると、また和を己の腕の中に抱き込むが、今度は大切なものを真綿で包んで守ろうとするそれに似ていて。
優しく穏やかな力加減に、和がおずおずと日織の背中に腕を回せは、一瞬の間を置いて「敵わねえなあ」という日織の呟きが聞こえてきた。

「あのですね、和さん」
「何?」
「俺は、いつもはアンタのことを【和さん】ってえ呼ぶのが好きなんです」
「う、うん」
「でもね」
「でも?」
「完全にアンタを独占してる時だけは呼び捨てにしてえって、そんな餓鬼みてえなこと思っちまったんでさあ」
「…………そ、それって………」

ここまで言われて、鈍い鈍いと散々言われている和でも、流石に日織の言うそれが何を意味するのかを漠然とだが悟った。

「あの、さ、日織」
「なんです?」
「日織って、誰にでも、たとえ相手が年下でも、敬称をつけて呼ぶだろ」
「ええ。何せ飼い猫も敬称付きですから」
「それなのに、日織は僕を、呼び捨てにしたい?」

年上は、勿論のこと。
年下でも、幼子でも、それが人ですらなくとも、必ず敬称をつけて呼ぶ日織が、唯一和だけを呼び捨てにしたいと尋ねる、その真意は。

「それって、ただ僕と二人きりの時って言うのとは…」
「ちょいと違いまさあね」
「その理由をきちんと聞かせてくれる?」
「……和さんにはもう、判ってるのに?」

やんわりと否定して、そっと耳打ちしてくる日織の本音に、和はちょっとだけ躊躇って。
でも、おおよそ外れていない予想は出来ていても、やはりきちんと日織本人の口からその答えを聞きたいから。

「僕が先に言っちゃっても、いい?」
「あ、そいつぁ困りますぜ」

照れくさいのか、彼らしからぬ歯切れの悪さで言葉を濁すのを許さず、真っ赤になりながらも、和がじっと日織を見つめて答えを促すと。

「和さんは、俺にとって特別な人だから」
「………」
「特別な人だから、特別な呼び方で。だから俺は、あんたを抱いてるときは、呼び捨てで呼びてえんです」

そう言い終わるか終わらないかのうちに、和はありったけの力で日織に強く抱きついた。

「良いに決まってる。ううん、ちゃんと呼び捨てで呼んでよ、日織」
「いいんですか?」
「呼んで。呼び捨てで、呼んでよ。
日織にとって僕が特別なら、僕にとっても日織は特別だよ。他の人と違う呼び方で、ちゃんと僕を呼んで」
「………嬉しいことを、言ってくれますねえ」




年上は、勿論のこと。
年下でも、幼子でも、それが人ですらなくとも、必ず敬称をつけて呼ぶ日織が、唯一和だけを呼び捨てにしたいと願うのは。
他の誰かと同じように呼ばれてしまうことに、少なからず不満を持っていた和にとって、願ったり叶ったりなもので。




「今からそんなに真っ赤になって、大丈夫ですかい?」
「……日織のせいだから、大丈夫」




顔どころか耳や首筋まで真っ赤になりながらも、和は自分の覚悟を誤魔化さずに伝え、そして日織もまた、そんな和にこの上なく幸福を与えられて。
交わされたばかりの、誰も知らない二人だけの約束が互いを強く結びつける。






「本当に、アンタは俺の扱いが上手いなあ」







それは、二人だけの大切な秘密。









【呼び捨てで呼んでいいですか・完】


07雨格子の館当月企画へご参加下さいました、有依さまへお礼SSです。
リクエストの内容はほのぼのかギャグで、日織が報われる話だったの
ですが…なんだか滅茶苦茶外した気がして仕方がないのですが!
有依さま、こ、こんな代物でお礼になりましたでしょうか…っ(汗)

なにはともあれ、お忙しい中企画へのご参加ありがとうございました!
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