江神さまへ。
雨格子の館当月企画へのご参加、ありがとうございました。
( 飾らない言葉 (磯前と成瀬))








「…うす」
「おう。元気だったか」




雨格子の館での惨劇から、二月ほどたった頃。
事件に対する煩わしい世間の興味も失せ、漸く普段の生活を取り戻していた椿こと成瀬壮一郎は、仕事先で久しぶりに暗石こと磯前忠彦と顔を合わせていた。

「あの事を忘れたってーのは無理があるけどよ。まあ、なんとかぼちぼちやってる」
「そうか」
「おっさんは?」
「同じだな。煩え野次馬からの質問も減ったし、平穏ながらそれなりに忙しくしてるぜ」
「そっか」

周囲に気取られない程度に、そして惨劇を自分達が思い出して傷付かない程度に言葉を濁し、二人は互いを気遣い近況を語り合う。

「それよりも、執事お前…」
「俺は成瀬だッ。今更そう呼ぶなんて嫌味かおっさん」
「くく…っ。そういうお前だって、相変わらず俺のことをおっさん呼ばわりだろうが」

しかし根本的なところが変わっている訳でもなし、不意にあの館での名前で呼ばれ成瀬が噛みつくような反応すれば、磯前もあまり誉められたものではない人を食ったような笑みで見返して。

「…磯前さん、って呼べばいいのかよ?」
「ふん、別に無理に呼ばなくていい。今更気にしてられんし、何より慣れん」
「酷え」
「お互い様だろうが」

しかし、館ではともかく流石に人目あって、しかも相手が大部屋とはいえその道では知らぬ者がいない程のベテラン役者なためか、成瀬が言いにくそうに仏頂面で訂正すれば、磯前はあっさりとそれを却下してしまう。

「そんなことより。お前さん、もうちっとばかし肩の力抜け。あれじゃ監督はいつまでもOK出さねえぞ」
「え」

そして磯前は実際気にした様子もなく煙草を取り出すと、壁に背をあずけ。
疲れが出ているのか、だるそうにしゃがみこんだ成瀬に一言だけ断ってから火をつけて、今話題にすべきことへと会話を切り替えた。

「別に、入ってなんか…」
「馬鹿野郎。お前が自分で気付いてねえだけで、監督を始め見る目のある連中は気付いてんだよ」
「……そうなのか?」
「演技はいい。注文をつけなくても大丈夫だ。だが、肩に力が入ってるせいで、その演技を駄目にしている。だから、監督からはOKが出ない。判るか?」
「……」

成瀬からの視線を感じながらも、下手に気負わせることがないように磯前がわざと遠くを見つめてそう言えば、何か思い当たるのか成瀬は口をつぐみ何かを考え込んで。
そしてほんの僅かな間の後に、成瀬はそっか、と一言だけぽつりと呟いた。

「子どもは素直が一番だ」
「和じゃねーんだから、ガキ扱いすんな!」

憮然としながらも忠告には素直に耳を傾けた成瀬に対し、磯前はわざと頭を乱暴に撫でて誉めてやれば、沈みかけていた気持を瞬時に切り替え、成瀬そのままの気質で牙をむく。

「くそっ、和から聞いてなきゃ、こんな性悪親父の言葉なんかぜってー信じねえ…」
「悪かったな、性悪で」
「あっさり認めんな!」
「だが、実際そうだからな。…あの館で俺は、自分の保身しか考えてはいなかった」
「……」

それは意味が違うだろうと、そう成瀬は怒鳴りたかったのだが。
だが事件の事を口にしながらも相変わらず視線を合わせない磯前を見て、成瀬はつい先日再会した年上の友人との会話を思い出していた。

「…悪かった」
「は?何がだよ」
「引きこもり、なんて言っちまって」
「それがどうした。あの状況じゃまさにその通りだったんだし、お前が気にするこたあねえだろう」

成瀬の謝罪が意外だったのか、磯前が少しだけ驚いているのが判るのだが。

「でも。あれは、おっさんなりに俺達を守ろうとしてくれた結果だって。
過剰な疑いが殺意に変わらないように、お互いに変に刺激しないようにだったって、和が」

先ほどから出てくる《和》という名前に磯前も何か思うところがあるらしく、続きを促すように黙って成瀬の頭にのせていた掌を退けた。

「やっぱり俺は、オッサンの言う通りまだまだガキだから。
和に言われるまで、そんなことに全然気付けなくて。でも、だからって気付いたら何も言わないなんてのは、その…」
「……」

しかし成瀬は言いたい事がうまく言葉にならないらしく、歯切れ悪く一人ぶつぶつと呟くだけで。

「ああくそっ、和みてーにしどろもどろでも言えりゃいいのに!」
「…十分だ」

もどかしさにこの場にいない人物へ八つ当たりをするように呻き声を上げれば、それまで黙っていた磯前が口を開いてそれを遮った。

「おっさん?」
「お前の言いたいことは判った。だから、もう十分だ」
「……」
「相変わらず大した奴だな、あの坊主は」

あの時の磯前の行動を、決して責めることはなく。
無事全員を守りきり、あまつさえもう事件が風化しかけてさえなお、関わりを持った人間を気にかける童顔な青年を思い出して。

「…見た目はあんなに頼りねーけどな」
「ふん、それがあいつのいいところだろ」
「まあ、否定はしねーけど」
「それでいいんだよ、あいつも、それからお前も、そしてあの嬢ちゃんたちも。
俺みたいに波に揉まれまくって大人になっちまうと、こうはいかん。素直に感謝して謝るような、そんな些細なことをするのが酷く難しくなる」
「…………」
「お前も、嬢ちゃんたちも、そして坊主も。急く必要はねえんだから、ゆっくりといい大人になれ。
世間に出れば波に揉まれるのが必定なら、どんなにみっともなくても足を踏ん張って絶対に自分を見失うな。揉まれて流されも、決して惑わされるんじゃねえぞ」

茶化すわけでなく、一言一言に真摯な想いの籠った磯前の言葉に成瀬は返す言葉が見つからず。
だがその言葉の重みだけは十二分に受け取って、改めて磯前を見上げれば。

「…………」

漸く、自分の方へと視線を向けるその姿が。
会う度に和から聞かされる、自分が知らない古いドラマの刑事役とその姿が重なって。
年上の友人が思わず見惚れたと言っていたものは、きっとこんな感じだったのだろうかと想った瞬間、成瀬は言葉を失っていた。

「どうした?」
「な、なんでもねーよ」

そういって新しい煙草へと火をつける磯前は、また成瀬から視線を逸らせて口を噤み。
そんな磯前の何気ない仕草に、成瀬は彼が何故あんなにも他の役者から慕われているのかを理解する。




きっと本人は、大層なことを言っているつもりはないのかもしれなくて。
でも、そんな磯前の言葉は心が籠っている分変に飾らないからこそ、こんなにも心に響くものだから。





「ほれ、休憩終わりだとよ」
「うーっす」
「ふん、さっきより随分いいツラしてんじゃねえか」
「ふふん、何時までも同じ失敗してられっかよ」
「言うじゃねえか。ま、頑張れよ」







短い休憩が終わり、撮影開始を告げて回る声に反応しながら、自分へ手を差し出す磯前を見つめ。
いつか自分もこんな大人になれたらいいと、成瀬は胸の中で一人思う。








それは、決して無理ではない願い。










【飾らない言葉・完】

07雨格子の館当月企画へご参加下さいました、江神さまへお礼SSです。
リクエストの内容は暗石×椿(磯前×成瀬)だったのですが、
どっからどう読んでも『磯前成瀬(しかも捉え様によっては逆っぽい)』な
内容になってしまって…前もってつまらなかったら御免と謝罪してましたが、
それでも足りないんじゃないかって位の中途半端さで…イヤもうホントごめん(土下座)
しかも(私が書く上で)お約束で和が居ないのに出ばってるし。
江神さま、こんな代物でお礼になりましたでしょうか…っ(汗)

なにはともあれ、お忙しい中企画へのご参加ありがとうございました!
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