一つのものが、二つに分かれて。
分かれた二つは、その先に同じものを見る。
互いが絶対の世界に、互いでないものが、一つ。
穏やかな水面に放り込まれた小石のように、それは小さな音を立てて波紋を起す。
「お姉ちゃん、怖くない?」
人が二人も殺された、雨の音が沈黙を許さぬ館の中で。
どう見繕っても気弱で頼りないとしか形容できないのに、何故かその存在に酷く安堵を覚えてしまう闖入者から、今夜犯人の狙いが自分達であると聞かされた双子は。
僅かな逡巡の後その言葉を信じ、互いを守るために一晩を共に明かすことにしていたのだけれど。
「怖くない、言うたら嘘になる。けど、鈴が居てる」
「お姉ちゃん」
「鈴はどうなん?」
「…同じや。僕かて怖くない言うたら嘘になるけど…お姉ちゃんが居てる」
「命狙われるんは、怖いけど。鈴が居てるから、全然怖くない」
「僕も同じ。お姉ちゃんが居てるから、全然怖くなんてない」
身に覚えのない殺意に囚われて、死の恐怖に晒された雨格子の館で。
恐ろしいのは、命を狙われること以上に。
自分が知らぬところで、大切な半身が危険に晒されるその恐怖。
だからこうして二人きりで居るだけで、そんなものは取るに足らない些細なことになる。
「…鈴、」
「あんなお姉ちゃん。今は二人きりやろ。なのにその名前で呼ばれるんは嫌や」
「外に和たんたちが、居てる」
「居るのは廊下。ここやない」
「面倒くさい」
「…………」
鈴奈の言葉に薄く閉じられた瞳で見返すと、静奈は言葉通り面倒くさそうに雨の止まぬ外へと視線を移す。
「なあ、鈴」
「何?」
あくまでも役名で自分を呼ぶ姉に訂正する気も失せ、呼ばれたままに返事をすれば。
静奈は外へ向けていた視線を鈴奈へと移し、そしてすぐに部屋の入口であるドアを見据え。
「鈴は、どう思う?」
「どうって…なにを」
「それをうちに聞くん?」
「…………」
姉の言葉につられるように鈴奈もドアへと視線を移せば、絡んでいない視線から互いの想いが流れ出て。
「アレ欲しい、思わん?」
「アレは欲しい、思うよ」
知れずどちらからともなく伸ばした手を握り、指を絡ませて引き寄せて。
このドアを一枚隔てた場所にいる存在を気配で感じながら、互いに半身を抱き締める。
「欲しいね」
「欲しいな」
どちらかがくすりと猫のように笑えば、もう片方も同じような笑みを浮かべ。
まるで合わせ鏡を見つめるように顔を覗きこみ合い、そしてその瞳に浮かぶ己の顔を確かめて。
半身が何を思ってそう口にしているのか、頭ではなく心そのもので感じ捉え。
だからこそ、今自分達を守るべく見張りを買って出た存在に想いを馳せる。
「鈴以外で一番なんか、いらんけど」
「僕も、お姉ちゃん以外で一番なんか、いらんけど」
「アレは、欲しい」
「僕も」
互いが絶対の世界に突如現れた存在は、酷く頼りないくせに、何故か不思議と言葉通りに信じることが出来る初めての存在だから。
二人はその存在を、絶対のものにすべく互いから奪うのではなく、絶対の半身と共有したいのだと言っては笑う。
「あのお兄さん、頼りないけど…強いよ」
「うん。和たんは怖がりだけど…強い」
「でも、押しには弱いな」
「せやな」
「どないしょ。先にお姉ちゃんが行く?」
「ううん、うちより先に鈴が行き。…うちが先に動いたら、着流しさんが警戒する」
彼のそばには、きっと最大の障害になるであろう存在があるけれど。
まず先に、彼自身が気付くより先に、自分達のどちらかがその大きく広く柔軟な懐深くに入り込めれば。
そのまま彼に自分達の方が大事だと思わせてしまえば、障害は障害に成り得ず、よってそれは彼を手に入れると言うのと同じことだから。
「うふ」
「ふふ」
元々一つだったものが、二つに分かれて。
分かれた二つは、その先に同じものを見つけて。
互いが絶対の世界に、互いでないものが一つ現れて。
穏やかな水面に放り込まれた小石のように、それは小さな音を立てて波紋を起し。
互いが互いしか愛せない、そんな歪んだ暗い世界に小さく強く、仄かで明るい光を灯す。
「失敗は、出来んよ」
「失敗なんか、せえへんよ」
自分のために、半身のために。
あの稀有な存在を、二人でこの手に絡め取ろうと誓い合う。
それは双子にとって、初めてたった一人を求めた瞬間。
【二つの想い、一つの願い・完】