泉井澄さまへ。
雨格子の館企画へのご参加、ありがとうございました。
( ただいまを待ってる (日×和))









「予定通りなら、日織は明日帰ってくるよ」


日織が撮影で京都に行って、丁度三日が過ぎた時。


「撮影、順調だといいねぇ」
「なー」

日織から飼い猫の世話と留守番を頼まれた和は、彼が書き込んでいったカレンダーを目で追い掛けながら、飼い主不在でもいつもと変わらない猫相手に語りかけていた。

「それにしても、冷蔵庫開けてびっくりしたよね。…冷凍庫まで作り置きだらけでさ」

壊滅的に料理の出来ない和のために、日織は留守にする間の分をきっちり作り置きしていったのだが。
日付どころか日ごとの朝昼夜の分類までされているのを見た和は、自分はここまで(料理の腕が)信用されていないのかと肩を落としながらも、日織がこんなにも心配していったことに照れ臭さも感じて。

「でも…」

何から何まで世話を焼き、どこまでも自分を甘やかそうとする不在の家主の代わりに、その飼い猫を撫でながら和は一人呟く。

「寂しいよね」

標準よりいくらか広い、小さいながらもきちんとした庭付きの古い日本家屋で。
日織が居れば丁度良いと感じていた空間が、彼が居ないだけでこんなにも広く寂しく感じられて。
…自分と出会う前の日織が、この家には滅多に人を招かなかったとも聞かされた和は、彼が常にこんな寂しさを味わっていたのではないかと、そう考えてはまた寂しさを覚えてしまう。

「なー」
「あ、ごめんっ」

寂しさを覚えたが故に漠然と不安を感じていたらしく、いつの間にか撫でる手を止めていた和を日織の飼い猫は鳴き声一つで抗議して。
それで我に返った和が慌てて手を離すと、猫はちらりと一瞥してからおもむろに立ち上がり歩き出す。

「なぁー」
「?」

部屋の入り口でくるりと振り返っては短く一つ鳴いて、それにつられて和もその場から立ち上がって後をついていくように歩き出せば、猫は満足そうに長い尻尾を揺らして前を歩いて行く。

「ね、どうしたの」

和のそんな質問に、猫は問題ないと言いたげにただ尻尾を揺らし、ほどなくしてたどり着いた部屋の前でまた一つ小さく鳴いた。

「入りたいの?」

日織曰く「駄目だと言っても勝手に開ける」引き戸を前に、自分に開けさせようとする真意が図りかねて。
しかしいくら日織から自由にしていて構わないと言われていても、その部屋が部屋なだけに、和はどうしても開けるのを躊躇い立ちすくんでしまう。

「なー」
「えっと…日織ごめんね」

日織の寝室だからこそ、先ほどから入るわけにもいかず困っているのに、飼い猫は尻尾で軽く床を叩くようにしながらまた一声鳴いては和を中へと促して。
猫相手にすら押しに弱い自分を情けなく思いながら、律儀に一言断ってそろりと引き戸へ手をかけると。

「あ…」

開けた途端すぐに目に入ってきたのは、几帳面に整理された部屋同様、きちんと吊るしてある日織が愛用している紺の着流しで。
そして開けた時に空気が動いたために、和にとって馴染みの香りがふうわりとその身を包む。

「お、お邪魔します…」

その馴染みの香りは、この場にいない日織がまるでこの場にいるかのような錯覚を与えて。
それに釣られてまた一言断って中へと足を踏み入れれば、確実に部屋を満たしている馴染んだ香りが、居ないはずの日織の存在を和に与えてくれる。

「なー」
「日織の、だね」
「なー」
「…うん。日織の、着流し…」

猫が着流しの側へと近づくと、和もそれに習って足を向けて。
一際強く鼻を掠める馴染みの香りに、駄目だと思うより先に手が伸びていた。

「日織が、居るみたいだね」
「なー」

それをきゅっと抱き締めれば、馴染んだ香りが一際匂い。
たったそれだけの事なのに、漠然とでも確かに感じていた孤独感が消えうせて、居ないはずの日織の気配に香りごと包まれる錯覚に囚われる。

「後でちゃんと、謝るから」

その香りに思わず吊るしてある着流しを下ろし、そのまますぐに羽織るように畳の上に横になって。

「ひおり」

思い出すのは、いつもいつも気付けば自分の側にある日織の笑顔と、着流しに焚き染めてある彼らしい精錬された香の匂い。
カレンダー通りなら、明日には帰ってくるのは判っているけれど。
それでも、こうして日織の香りを思い出してしまったら、和の心を占めるのは寂しさよりもただ、日織に逢いたいと思う気持ちだけ。

「…日織が帰ってきたら。寂しかったってよって、一緒にうんと甘えてみようか」

横になって日織の名を呼んだためか、羽織った着流しの中へもそもそと入り込んできた猫を抱き締めて、その心地よい温かさに和は瞼を閉じて呟いて。
猫が小さく短く「にい」と鳴いたのを最後に、和はそのままゆったりとした眠りの淵へと意識を落とす。




そのまま眠りに付いた和が見た夢は、予定より早めに帰ってきた日織が、着流しを羽織った自分を猫ごと抱き締めるもので。
たとえ夢でも嬉しくて、和は子供のように思い切り甘えてみたのだけれど。
夢でも逢えて嬉しいからと、ほにゃりと笑っておかえりなさいと強く抱きつけば、間に挟まれた猫が潰されたら叶わないとばかりに逃げ出して。
日織の腕の強さどころか、猫が自分を蹴る足の強さまでリアルに感じられるそれに、そんなに日織に逢いたかったのかと和が自分の夢を不思議がれば。




「なんと言うか…香を焚き染めていった甲斐があったなあ」




啄ばむように唇に口付けを一つ落とされて、抱き締める腕の自分よりもちょっと低めの体温を確かに感じ、それが夢ではないのだと和は漸く気付く。




「日織おかえり」




気付いた和がした事は、なによりもまず、日織のただいまよりも先におかえりなさいを言うことで。
それに少しだけ驚いたものの、日織が律儀に「ただいま」と答えれば、和はもう一度「おかえりなさい」と口にするのだけれど。







「アンタは本当に、予想外で可愛いことをしてくれますねえ」







思わず口に出た日織の呟きに、和が彼の着流しを羽織って寝ていた事を思い出すのは、まさにこの直後。








家主の戻った高遠家に、賑やかに響き渡るのは和の悲鳴と日織の笑い声。









【ただいまを待ってる・完】





07雨格子の館当月企画へご参加下さいました、泉井澄さまへお礼SSです。
リクエストはの内容は日織×和。ほのぼの甘甘だったのですけど…けど!
これって日×和なんでしょうか。日×和というより猫と和っぽい…←待て待て。
…気を抜くと日織がおかしな方向に猛ダッシュで行きそうになるためか、
ヤツを自重させたらこんなわけのわからない中身になってしまいました。
泉井澄さま、こ、こんな代物でお礼になりましたでしょうか…っ(汗)

なにはともあれ、お忙しい中企画へのご参加ありがとうございました!
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