外界から孤立した館は相変わらず雨の檻に閉ざされて、その上殺人という未知の恐怖に晒されて。
静まりかえる館に響く雨音が、逆にじわりじわりと皆の精神を蝕んでゆく、そんな中。
「あ、と、うわ、わわっ?」
「…和たん、無器用もここまで凄いと、逆に器用」
「お姉ちゃんの言う通りや。お兄さん、実は物凄く器用なんと違う?」
「うう、ごめん…」
双子と和が、何故か一緒に台所へ立っていた。
「はあ、僕って本当に駄目だなぁ」
きっかけは些細な事で。
書斎に閉じ籠りっぱなしの日織に何か差し入れをしたいから、簡単な料理を教えて欲しいと和が静奈へ声をかけたからなのだが。
「…ほんまに。僕もあんまり料理はうまくないけど、お兄さん見てたらまだマシやって痛感できるわ」
静奈が部屋を出れば当然鈴奈もついてきて、結果こうして三人仲良く台所に立っているのである。
「ただのパンケーキ、どうやったらこないな黒焦げになるん?」
そして手は出さないがしっかり口を出す鈴奈から、和は散々ダメ出しを食らっていた。
「さすが和たん。期待を裏切らない駄目っぷり」
「静奈ちゃんひどい…」
「でも。着流しさんなら何でも食べてくれる思うし、もうそれでいいんと違う?」
「うん。ビバレーツいけるんやから大丈夫。…そういう意味ならむしろ完璧?」
「建前でもいいからフォローしてよっ」
自分を挟んで顔を見合わせ、心底楽しそうに笑い合う双子に人選を間違えたかとうなだれる和だったが。
「料理はからきしだけど。……なら」
「なに?」
「なに?」
昔からこれだけは姉に誉められているのだとぽそりと言い返してみれば、案の定双子は同じ言葉と仕草で喰らい付く。
「じいちゃんとばあちゃんが喜んでくれるからって、ずっと僕が淹れてたからかな。自分で言うのも何だけど、お茶を淹れるのはうまいっていうか、好きだよ」
「…へー、意外。でもそれって着流しさんもうまいんと違う?」
「うん、淹れてもらったらすっごく上手だった」
「じゃあ意味ないやん」
「そうなんだよー。だから何か簡単な料理でも…って思ったんだけどね。あとはココアを作るのも得意だけど、日織ってココア好きかどうかわからないし」
「うーん、着流しさんはどうか分からんけど、暗石さんと執事さんは嫌がりそう。甘いの苦手そうやから」
「……」
はーっと溜め息をつく和と、その肩に手をかけてけたけたと笑う鈴奈だったが、一人静奈だけは手にしていたパンケーキのタネに視線を落としたままで。
「静奈ちゃん、どうかした?」
「和たん、ココア」
「え?」
「パンケーキはうちが焼いてあげる。だから、和たんはココアを作る」
「?わ、わかった」
それが突然和を押し退けるようにしてガス台の前に立つと、そのままフライパンを奪い手際よくパンケーキを焼き始めた。
「ミルク温めるから、隣のガス台借りるね」
「ん」
しかし和は何か言い返す事もなく、むしろそんな静奈をあっさりと受け入れて。
ミルクパンを手にしてから静奈の隣に回り込めば、彼女もまたすんなりと体をずらして互いが邪魔にならない位置につく。
「これでよし!」
程なくしてパンケーキが焼き上がり、それを己の作ったココアと共にトレーに乗せた和は、見事な円形で綺麗なキツネ色をしたパンケーキに対して素直に感嘆の声を上げるのだが。
「静奈ちゃん、手伝ってくれてありがとう。こんなに美味しそうなんだから、日織きっと喜ぶよ」
「どういたしまして」
「……」
いたって呑気な和と違い、気が付けば蚊帳の外になってしまった鈴奈は、姉の笑顔が妙に真剣味をおびていることによる微妙な空気を感じ取っていた。
「じゃあ僕、日織に差し入れしてくるね。すぐに戻って静奈ちゃんたちのも作るから。待ってて」
「いってらっしゃい」
「気を付けて」
そして嬉しそうにトレーを持った和が部屋を出ていったのを見送ると、鈴奈はすぐに姉へと向き直る。
「…お姉ちゃん、何考えてんの?」
しかし静奈は何も答えずただ弟に対してにこりと笑みを浮かべ、放置されたままの黒焦げになったパンケーキへ手を伸ばす。
「嫁と姑の仲が悪いと、和たんが可哀想やから」
「は?」
だが、産まれる前から共にあった姉の口から出た言葉を鈴奈はとっさに理解しきれず、静奈が黒焦げのパンケーキを頬張るのを止めることも忘れて硬直してしまう。
「着流しさんは、和たんの保護者いうより、おかん」
「……お姉ちゃん」
「息子がおかんを気遣うのは当たり前」
「…お姉ちゃんっ」
「そんな親孝行息子の嫁として、あれくらいは」
「おねえちゃん!?」
静奈の説明になっていない説明に、思い違いでもなんでもなく姉は本気で日織と張り合っているのだと知らされた鈴奈は、和本人の意思そっちのけで勝手に嫁姑バトルを繰り広げているらしい二人に開いた口が塞がらない。
「息子と嫁が共同で作った差し入れ、姑な着流しさんはよろこんでくれんと」
「何やのそれ…」
そう言ってにこりと微笑む姿は、弟の贔屓目抜きにしても十分可愛らしいものなのだが。
反面その際の思考回路はお世辞にも可愛らしいとは言い難いことを知り尽しているだけに、鈴奈は和を挟んであの日織と張り合う姉に男意気を感じてしまう。
「だから。鈴奈はうちと和たんはらぶらぶで息ぴったりやから、邪魔したらあかんよって着流しさんを止める役」
「僕、いつの間にそんな役になってんの?!」
さらりととんでもない配役を与えられて驚愕する鈴奈に、静奈はただにこりと綺麗に微笑んで黒焦げのパンケーキを頬張り続けた。
「……そうきましたか。やりますね静奈さん」
「ん?なんか言った?」
「いえ、心遣いありがとうございますって言ったんです」
「そう?喜んでくれて、良かった」
「あはは。うまいですねえ、このココア」
「…いやあの、メインはパンケーキなんだけど…?」
書斎では、静奈の思惑通り和からの差し入れに喜ぶ反面、静奈と仲良く作ったことを楽しげに話すことに微妙な面持ちになる日織が居て。
「ここを出たら、アンタの好きなものいくらでも作ってあげますから。楽しみにしていて下せえよ」
「ホント!?」
「俺だって負けてられませんからねえ」
静奈からの宣戦布告を値切らずきっちり買い取り、それを証明するかのように和へ飛び切りの笑顔を見せていた。
…さてはて勝敗の行方は如何に?
【共同作業・完】