『愛しいお題5より あたまなでたい(頭なでたい)』(三笠×和)
物凄く猫が好きな人。
そして、物凄く猫みたいな人。
でも、猫は猫でも、人に懐かない野良猫みたいな人だと思ってた。
大学に通うため、一人借りて住んでいるアパートの一室で。
「お、おも、い…!」
突然やってきた人物を出迎えるや否や、狭い玄関から部屋へと続く短い廊下にて押しつぶさん勢いで伸し掛かられ、とっさのことで避けることもましてや受け止める事もできず、結果その重さに潰されてかけて和は半泣きになっていた。
「三笠さん、お願いどいて下さいー!」
「……………」
和のところへ突然やって来たのは、友人である日織と出かけた欧州旅行で出会った三笠尉之。
鋭い眼光と人を寄せ付けない排他的な物言いに、初対面でこそ嫌われているのかと意気消沈していたが、三笠は和だけでなく基本的に単に誰に対しても愛想がなかっただけで。
出合った城で起きた事件のこともあってか、三笠は帰国した後も色々と和を気に掛けてくれているらしく。
和も頻繁とまではいかなくともそこそこに連絡を取り合い、時折(何故か)猫探しを手伝うようにはなっていたのだけれど。
「三笠さ…!」
「…聞こえているから大声を出すな、馬鹿者」
押しかけられただけならまだしも出迎えた途端に床に押し倒された挙句伸し掛かられ、驚きにどうにかして抜け出そうともがいても三笠は退く気配を見せる事はなく。
ただ三笠なりに気を遣ったのか、ちょっとだけ身体をずらして完全に伸し掛かることだけを止め、それでも後は床に押し倒したまま動こうとはしなかった。
「あの…どうかしたんですか?」
「何故そんなことを聞く」
「え、だって、いきなりこんなことになったら普通は理由を聞くと思うんですけど」
「なんだ、前もって『今から押し倒すぞ』と断れば良かったとでもいうのか」
「……………」
そういう問題じゃないです。
と、思いはしたが和は決して口にはしない。
したところでこの三笠相手では逆に言いくるめられるだけで、全く解決しないことなど既に学んでいる。
それに実のところ、三笠が和のアパートへやって来るのはこれが初めてではなく、幾度か休憩や仮眠の為に押しかけてきたことがあったから。
「えーと。三笠さん、もしかしてまた体力の限界なんですか…?」
「馬鹿者、わかっているなら聞くな」
だったら最初からそう言ってください。
三笠の奇行について思い当たる節といえばそれだけしかない和が確認を取れば、気付かなかったのかといわんばかりに不機嫌そうな答えが返って来た。
けれど。
「…責任を取れ」
「せ、責任っ?」
「本当なら、家か事務所に帰ればいいだけの話なんだ。なのに家に帰るより勝手に此処に足が向いた。それもこれも、お前の側が、酷く安心するせいだ…」
「へ?」
重さと背中の痛みに耐えられずもがき続けている和に、三笠はいよいよ抗いがたくなっている睡魔に白旗を振る前にこれだけは言っておくと断言して、後は家主そっちのけで眠りにおちてしまった。
「意味が判らないです…って、もう寝ちゃった…?」
言うだけ言って返事も聞かず意識を手放した三笠に、和は改めて彼の疲労困憊ぶりに気付いてもがくことを止め。
ただ、背中が痛くないようにしておこうと身体を動かすと、今度は腕に包まれるように三笠に抱き込まれてしまう。
「うわ…っ!」
まるで抱き枕の如くぎゅっと抱き締められたせいで小さな悲鳴を上げてしまうが、和が慌てて己の口を押さえ三笠を伺うと眉間に皺を寄せてはいるが起きる気配はなかった。
(…本当に限界だったんだ)
今更ながら三笠を間近で見てみれば、あの城の地下迷路で助けた時程ではないにしろ、随分と顔色が悪いことに気付き心配になってしまう。
それに気付くと同時に、和は辛うじて自由になる手を三笠の背中に回し、気を失うように眠りに落ちた彼を労わるようにゆっくりと撫でていた。
(なんだか、なあ)
第一印象は、怖そうな人。
それが色々話してみると、物凄く猫が好きで、そして彼自身が猫みたいな人という印象に変わって。
でも、猫は猫でも、人に懐かない野良猫みたいな人だと思ってたのに。
(距離を置かれてた野良猫に懐かれた挙句、家に押しかけられた感じがする…)
もの凄く猫が好きなその人は、性格もまるで猫みたいで。
しかもそれは飼い猫ではなく、野良猫の気性にも似て。
(なんか、あたまなでてみたい、かも)
三笠の寝息に彼の背中を撫でる和も睡魔に襲われながら、ぼんやりとした頭で思ったのはそんな他愛もないこと。
目を覚ました猫のようなその人が、和の望み通り頭をなでさせてくれたかどうかは…また別の話。
【あたまなでたい・完】