『愛しいお題5より あいをあげたい(愛をあげたい)』(日織×和)
待っているだけじゃ駄目なんだと。
与えられて当然だと思っては駄目なんだと。
判ってはいたけど、気付かない振りをして目を逸らしていたのはきっと僕の方。
「ね、日織」
色々ありすぎた欧州旅行から帰ってきて、暫く立った頃。
僕は相変わらず日織と一緒に居たけれど、そして日織も僕と一緒に居たけれど。
「一緒に日向ぼっこ、しない?」
「いいですぜ」
僕が旅行前と変わらない事を言えば、旅行前と同じ返事を返す日織は。
「ああ、久しぶりにいい天気ですねえ」
「………」
僕の誘いに直ぐに返事をして嬉しそうに側にやってくるのに、ただ側にやってくるだけで、前みたいに必要以上に僕に触れる事をしなくなっていた。
「どうしたんです和さん。俺の顔に何かついてますかい?」
そう言って柔らかく微笑むのに、それは僕が大好きな日織の笑顔じゃなくて。
「……ううん。ごめん、じっと見ちゃって……」
「いえいえ。和さんなら、好きなだけ見ててくれて構わねえですよ」
そう言って笑みを深くするけれど、それはやっぱり僕が好きなそれじゃなくて。
「今日の夕飯は何にしましょうか」
アンタの食べたいモノ作りますよって、そう言いながら向ける笑顔は僕の見たいそれじゃなくて。
旅行前は、僕が止めてっていってもあんなに構ってきたくせに。
どうして遠慮するんだよ。どうして、そうやって僕からおかしな距離を置くんだよ。
「食べたいものは、特にないんだけど…」
「けど、何です?」
「日織、抱っこ」
「…………は?」
「抱っこして、日織」
ただ僕の隣で座っているだけだった日織に自分から近寄って身を乗り出してそう強請れば、一瞬の間を置いて日織の笑顔が消えた。
「…駄目です」
「……」
「駄目なんですよ、和さん」
「なんで!」
制止の声を無視して日織の膝の上に乗り上げると、日織は反射的に僕の身体を抱きとめてくれたのに。
なのに、なんで。なんで駄目って言うのさ。どうしてそのまま前みたいにもっと抱き締めてくれないんだよ!
「今まで以上に、抑えが効かなくなっちまう」
「……え……?」
日織がもう僕が好きじゃないんだと思ったら悔しくて悲しくて、思わず怒鳴った後泣きそうになるのを堪えて日織の首にしがみ付いたら。
「アンタがそうやって俺を好きなだけ甘やかすから。俺は、アンタのそんな優しさに付け込んでもっともっと、どうしようもなくアンタが欲しくなるんです」
「日織?」
「あの旅行では、まさかあんな事になると思わなかったとはいえ、本当にどれだけ詫びても詫びきれねえことを体験させちまったし。
夏の事を思い出させて、怖がらせて、泣かせて、心配させて、不安にさせて。俺は、もうアンタに嫌われることだけはしたくねえんですよ…」
そういって、日織は本当に辛そうに、深くて長い溜息を一つ零した。
「決め付けるな」
「和さん?」
「強請ってるのは、僕だ。僕が、日織に強請ってるんだ。なのにどうして日織を嫌わなきゃならないんだよ!」
「…………」
僕は、日織に我慢しろなんて言ってない。
なのになんで今更そんなことを言うんだよ。今まで困るくらい僕に触れてきたくせに、そしてそれに慣れさせたくせに、今更そんな事を理由に僕に触れないなんてずるい。
「抱っこ、なんて可愛いことを言いますがね。アンタそれだけで済まないことを本当に判って言ってんですかい…?」
優しいくせに冷たい日織に対して悲しさよりも悔しさが勝って、僕はとうとう泣くのを我慢できなくなってしまったけど。
首にしがみ付く僕の腕を優しく、でも有無を言わせない力で外して、そしてぐっと音がしそうな強い力で掴んで拘束しながら、日織の方が泣きそうな面持ちで僕の顔を覗きこんだ。
日織のその表情に、僕はああやっぱりと、そう心の中で頷くことしか出来ない。
「判ってるから言ってるんじゃないか」
「和さん」
「いいんだよ、僕が日織に強請ってるんだから。僕が日織に強請ってるのに、どうしてそうやって人の顔色伺うんだよ。どうして真剣に僕を見ない?
大体何も言わないのは日織だ。僕が聞いてもはぐらかすばっかりでちゃんと答えてくれない、しかも僕のためって言って逃げてるのは日織の方じゃないか!」
「……和さん」
狂言殺人がばれたあの夜、日織は僕に怒っていいって言ったよね。
あの時は本当に、日織が無事でほっとして気が抜けちゃって、怒るって選択肢は僕の中にはなかったんだ。
でも。
「僕は、日織が好きだ。旅行に行く前も、行った後も、日織が好きだよ。好きなんだよ」
今は、心の底から怒らずにいられない。
僕の言葉が信じられないなら信じてくれなくていい。でも、頼むからそれだけは判れよ馬鹿日織!
「…あのさ日織」
待っているだけじゃ駄目なんだと。
与えられて当然だと思っては駄目なんだと。
判ってはいたけど、気付かない振りをして目を逸らしていたのはきっと僕の方。
だからもう逃げない。与えられるのを待ってなんかいない。もう自分の気持ちからは逃げないって決めた。
「僕は日織と一緒に居たいってそう心の底から望んだから、今こうしてここに居るんだ。
でも日織はどうしたい?もう僕と一緒に居るのは嫌?僕の顔を見ると辛い?悲しい?苦しい?一体どれ??」
「……和さん」
日織に僕があげたいのは、言葉じゃなくて。
ただ、言葉にできないくらいのあいを、日織だけにあげたいだけだから。
「僕はもう決めたから。あとは日織が選んで」
一世一代の告白と決心に、日織の膝に乗り上げたままの身体が緊張で震えだしてるのが判るけど、だからって僕は逃げたりしない。
ただそれを日織が自分のせいだと誤解しませんようにと、そう心の中で祈りながら日織に選択を迫る。
優しいだけの日織なんていらない。僕を気遣う振りして逃げてる日織なんて許さない。
…本当に、僕は言葉にできないくらいのあいを、日織だけにあげたいだけ。
「 」
日織を見下ろしていたはずがいつの間にか見下ろされていて、それは身体を入れ替えさせられて組敷かれたからだと気付くよりも早く。
「 」
とても大切な言葉を吐いた日織に、僕は力の限り抱きついた。
【あいをあげたい・完】