『愛しいお題5より えがおにしたい(笑顔にしたい)』(成瀬×和)
一柳和は少々…というか、寧ろかなり困っていた。
「……あの、壮くん?」
「なんだ」
「どうしたのコレ」
「何がだよ」
「何がだよじゃないよ、こんなに一杯の果物どうしたの!」
それは、久々に和の部屋に遊びに来た成瀬が何故かすぐに出て行ってしまい、かと思いきや直ぐに戻ってきた際手にしていた大きな果物籠のせいだった。
「どうしたもこうしたもあるかよ、お前自分が今どうなってんのか判ってんのか?!」
「……………え、えと?」
「鏡見ろ鏡!ついでに体重計乗れ体重計ッ!ってーかメシ食ってんのかメシ!!」
しかし成瀬は質問に答えるよりもまず、たじろぐ和に物凄い剣幕で詰め寄って。
果物籠を傍らに置いて、珍しくも何かを察したらしい和の腰を逃さず「がっ!」と音がしそうな勢いで掴んでみれば、元々細いそれは服の上からでも更に細くなっていることが知れた。
「………………ごめん……………」
「誰も謝れなんて言ってねーだろ。つかお前は謝ることなんか何一つない」
「で、でも」
「謝る必要があるのは、お前がこんな風に食が細くなるくらいとんでもない目に遭わせたあの馬鹿であって、お前じゃねーんだよ。…お前は寧ろ、もっと怒れ」
「ん…それは、他の人にも言われた…」
そのまま腕を回して抱き寄せてから改めて腕の中に抱き込んでみれば、成瀬の記憶よりも和は細くなっているのが確認できて。
けれどその原因が和本人にではなく、日織に誘われ出かけた年末の旅行のせいであると聞かされているからこそ、成瀬は和を怒る事は絶対にしない。
「あの、でもね。それとこの果物って、どう関係するの?」
「………やっぱり一遍お前のことも怒ってもいいか」
「なんでっ?!」
しかし今ひとつ成瀬の憤り(というか心配)どころが通じていないせいで、和が腕に抱きこまれたままきょとんとして小首を傾げてみれば、当然の事ながら成瀬のこめかみに青筋が立った。
「お前に食わすため以外の何があるってんだよ」
「………僕?」
「ったり前だろうが。メシ食えてねーから細くなってんだろ、お前。だけどお前に食えって無理やり食わせても駄目なのは判ってるし。
だったらコレならちょっとずつでも色々食えていいんじゃねーかなって、そう思った」
それでも成瀬にとって和への心配の方が勝っているらしく、本人よりも気になって仕方がない和の目の下の隈に軽く舌打ちしながら直ぐに理由を明かす。
「……ありがと……」
だがそんな成瀬の気遣いに対して見せる和の笑顔は、いつもの花が綻ぶようなものではない、寧ろどちらかといえば花が散る前の儚さにも似て。
それがやりきれなくて、成瀬は改めてぎゅっと和を抱き締めた。
「…なあ、和」
「なに?」
「ちょっと目閉じろ」
「……?」
丁度いい位置に収まる和の肩口に頭を埋め、少しだけ落ち着いた成瀬がそう唐突に言えば、和は素直にそれに応じて目を閉じてみせるものだから。
「そのまま口開けろ」
「?……!」
自分の預かり知らぬところで辛い体験をしてきたくせに、しかも今でもそれに苦しめられているのに、和は成瀬の知る和のままなのが嬉しくて。
「ちょっとずつでいいから、食え」
「……う……うん……」
下手な同情は却って和を傷つけると思ったからこそ、あえていつもの調子でそう言っては傍らに置いたままにしてあった果物籠から葡萄を取り出して、ほれ、と催促しながら一粒和の口に含ませた。
「じゃあ次はこっちな。なんだか判るか?」
「…ん…と、苺…」
「じゃあこれは?」
「バナナ」
最初は何事かと戸惑っていた和も、成瀬が自分を心配して、かつ負担なく食べられるように気遣っての事だと気付けば、まるで彼の妹達への対応のようだと微苦笑が浮かんできて。
「おっし、食が細くても味覚はちゃんとしてんだな」
「うん、ちゃんと美味しいと思えるよ。ありがとう壮くん」
少量ずつとはいえ目を閉じて口に含まされるモノを当てる事の楽しさもあってか、微苦笑から和らしい笑顔が覗き始めたその矢先。
「……じゃあ、これはどうだ?」
「え?」
和の口の中に入り込んだのは、一番最初に食べた葡萄なのに。
それは間違いなくて、間違いないからどうだも何もないのに。
「……………」
「ほれ和。なんだか判るかよ?」
「わ、わかる、けど…んっ!」
言い澱む和に成瀬は意地悪く「しょうがねえな」と言い放って、そして、もう一度。
咀嚼して嚥下した直後にまた口内に入り込む葡萄と、それを押し込むものは。
「そ、壮くん、なに、してる、の」
「さあ?」
「−−−−っ!」
今度は果物と一緒ではなくそれ単品が口内に入り込んだため、驚いて思わず見開いた瞳に飛び込んできたのは、和の贔屓目でなくとも十分精悍な面持ちの成瀬のアップ。
「なななななな…」
「うん、お前には栄養、俺にはお前ってことで。…ほれ、まだもっと食わしてやるから目閉じろ」
果物を口移しで与えられた事を目視するや否や、ぼっと音がしそうな勢いで赤面する和にしてやったり顔になりながら、成瀬はわざと見つめ返して葡萄を自分の口に含んで見せた。
恥ずかしさにへにゃりと情けない顔になるも、結局はそれで十分慰められた和は。
「……ん、……」
「和、これは何だ?」
「………葡萄………と、壮くん」
「…………」
ちょっとだけ意趣返しのつもりでそう答えてそろりと瞳を開けば、その答え見事に硬直する成瀬と目があった。
「ありがと、壮くん」
それによって、漸く本当に和らしいふうわりと花が綻ぶような綺麗な笑顔が浮かぶ。
「………あー…お前がそう笑えるんなら、いいけどよ」
こんなのもたまにはいいよねと笑う和に、成瀬がどう答えたのかは…和だけの秘密。
【えがおにしたい・完】